黄昏の浜辺にて
さあ もう泣かなくていい 大きく息を吸って吐きなさい
悪かったのは私たちなのだ いや私たちとて そんなに悪くはない
私たちは この浜辺で、火を焚いて 笛を吹き 太鼓を叩いて ギターを鳴らした
舞い踊り 詩を吟じ 歌をうたって せりふを語った
きみたち幼い兄妹は それを最後まで観ていてくれた
きみたち幼い兄妹が 私たちに差し出した 代価の 貝殻は
この浜辺で きみたちが拾ったものだということは 私たちはみんな知っている
大男の役者が怒ったのも無理はナイ 彼は空腹だったのだ
ずいぶんと 空腹だったのだ
私たちのすべてが空腹だった 誰も彼もが 腹を減らしていた
だから すっかり忘れてしまっていたのだ
私たちの拙い芸を 最後まで観ていてくれたのが、きみたち二人だけであったのを
ごらん あの大男は海に投げ捨てた きみたちの代価を捜して 海の波をかき分けている あれが あの大男に出来る 精一杯の きみたちへの償いだ
笛吹は 筒を磨き 太鼓叩きは皮をなめし ギター弾きは弦の張りを直している
詩を吟じた者は湯を沸かし お芝居をしたものは 汗を拭いている
私たちは今夜ここにいるが 明日はもういないだろう
きみたちは 私たちについてくるつもりだったろうが 私たちはもういないのだ
私たちがいなくなったからといって また泣いたりしないでおくれ
さあ 涙をぬぐいなさい 幼い兄妹
私たちは忘れないでおこう きみたちが私たちの芸を観ていてくれたことを
私たちとともに 私たちの芸もまた消えてゆくのかも知れないが
きみたち幼い兄妹の瞳に残ったその影は ちょうどきみたちが そう
きみたちが おとなというものになって 私たちに差し出した貝殻に変えて
貨幣というものを手にするまでは 残るに違いない
私たちの命も きみたちの命も 時の流れは惜しみなく奪うだろう
だから 惜しみなく与えればいい
さあ 帰りなさい さようなら さようなら さよう なら
もう一度だけ いっておく あの大男は悪くはナイのだ
ただ 空腹だったのだ
この世の中で もっとも怖いもの それが空腹だと おぼえておきなさい
そうして くうふくは こうふく と一文字チガウだけだということも
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