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2011年8月14日 (日)

SLOFT通信・12

進行予定では(てなものあるのかナイのかほんとはテキトーなんだけど)日曜日までに、導線と立ち位置が決まればイイということだったが、その作業は昨日で終えた。当方が100%決めたワケではナイ。演技者のほうでも、ここかな、こう動くかなと、動くべきシーンでは、それなりに動く。そうすると、当方は、その動きのスピードと方向、停止位置を修正することで足りる。例えば、映画のバストショットが、相手に語りかけるか、何かを観ながらせりふをいうかするとき、基本的には、役者の向いている方向に広く空間がとられる。つまり、役者は右寄りにか左寄りにかになるのだが、役者の向いている逆に空間が広くとられるということは殆どナイ。構図の面でそのほうが観やすいからだ。しかし、こいつを見事に打ち砕く映像を創る監督もいる。堤幸彦監督などがそうだ。構築された既成の概念をデ・コンストラクションするという寸法だ。こういうマジックは、撮影しているその場で編集までやってしまう堤さんくらいにしかやれない。逆にいえば、それが出来るからこそ、可能な演出なのだ。
女2がサングラスをとって振り向きせりふをいうシーンがある。カッコヨクいきましょうと、そうするが、まだ、お笑いにしかならない。女2はサングラスをとるというmotion、カタチをカッコヨクしようと、カタチに囚われることになる。そこで、一旦、カタチをカッコヨクする場合は、ココロからと、カッコヨサをカタチからココロに切り換える。とはいえ、ココロでとは、どういうことなのか。ココロのある場所を指定する。呼吸器、息にだけ集中せよというmissionを出す。まだうまくいかない。稽古なんだからうまくいかなくてイイ。どうしてうまくいかないのかが、ワカルまで、このシーンは今日も当たれれば当たる。
予定が早く終了したので、残りの30分ばかりを今日からの立ち稽古に向けての質疑応答にする。最初は逡巡、躊躇していたお嬢さんたちだが、ひとり手を挙げるや、次々と幾つかの質問が来る。スムーズに答えられるものは答える。うまく答えられていないなと、感じるところのある部分は、立ち稽古で再度確認することに(勝手に自分で決める。急にいわれてもなあってのもあるんだ。文学的な表現について、何故といわれても、そうはたやすく返答出来ないノヨ)
出演はしないが、見学のオカモトからも、質問が。「カボチャで肉じゃがは出来ないとありますが、カボチャで肉じゃがを創るのが演技というものなんでしょうか」「違います。それは素材(実体・演技者)は表現に優先するということです。演技とは、あくまで、演じる技術(skill)のことです。演じることは子供でもおばはんでも出来ます。しかし、舞台で○○を演じる場合には、それなりの技術が要ります。コトバを換えていえば技芸です。兵法、剣法にそれぞれの技、流儀があるのと同じです。演技力というのは、ここで話すと時間がかかりますから、稽古途上で、レクチャーを入れます」
帰宅途上、演出の勉強に来ているトヤマにスーパーによってもらって(11:00までやってるところが近所にあるので)食材を仕入れる。「ぼくは、昨日、ミョウガで素麺を食べました」とトヤマ。「いいですね。私は大葉や生姜を入れたりします」「護摩なんかもいいですよね」「いいですいいです」
クーラーを入れずに稽古をしているので、水分の補給はしているというものの、帰宅してからのビールが美味い。

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