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2011年8月15日 (月)

SLOFT通信・13

導線と立ち位置を決めるということが、まるで演技者をロボットのように動かすことみたいだと誤解している同業者がいるはずだが、簡単にいえば、startlineとgoallineを決めなければ、走者は動けない。これだけのこどだ。演技者は、演出における絶対静止画像以外では、適当に演る。また、ふいにハズした導線がイイ場合は、そっちを採用する。何度もいうが、演出家というのは、表現者それ自体ではナイ。表現を交換するものだ。演出家に「そこで号泣せよ」といわれても「お前のためになんか泣けるか」と、演技者にはいう権利がある。「僕のためでなく、芸術表現としてだ」と、演出家にも食い下がる義務がある。「つまんねえ芸術表現だな」と、拒否する権利が演技者にはある。こういうことが起きないようにするためには、「説得力と納得」の関係が演出家と演技者のあいだに必要なだけだ。コトバを換えれば「説法と信頼」だ。もしくは、ハッタリと、まあ、それはそれ。
音響、作曲のノノヤマが、早速、音楽を持ってきてくれる。仕事が早いのは、私と同じ。遅いことなら豚でも出来る。全曲聞く。こちらからの訂正要求は一切ナシ。ホンを読めば、ここでこんな曲(これしかナイ)、というのは、ワカルのだ。照明は演技者の目にはみえないが、音楽は聞こえるので、感性に作用する。従って、音楽を早めに要求するのは、私の方法論だ。音楽の作用で、せりふの口調が変化したりすることも多いので。
女4は休みだったが、早速、音を入れてハナからあたってみる。女1はたいてい3度ばかりいうと出来るようになる。多少スイッチが入るのが遅いのだが、出来ればそれでイイ。女2はすでにcharacterをほぼ創り得ているので、細かい注文を出していく。この場合のダメだしは、ダメを出すというよりも、囲碁のヨセでいえば、反目得な部分を指定するようもので、常にせりふに対しての緊張感を保つために行う。女3は、仕事が休日らしく、早くから来て、練習している。こういうときに特別に何か助言するということはナイ。練習は練習、稽古は稽古。髪形のボサボサには注意しておいて、耳を出すように指導。こういうことだけでも、演技にチガイが出てくる。ノノヤマが来ているので、ラストシーン近くのウィスパーをマイクを通して稽古。うまくいかないので、ヒントになる口調の、ある指導をしてみる。それで女3は理解する。ハイ、上出来。

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