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2011年7月19日 (火)

頽廃五衰

この『恋愛的演劇論』は、「現実」と「虚構」を考えるところから始まっている。その本質的な課題に答えていかねばならないのは承知している。いまのところ、それをかなり迂回していると考えてもらってけっこうだ。焦ることなく、いけるところまではいくつもりだ。ところで、白水社の『出版ダイジェスト』で、55回岸田賞受賞者の松井周氏が、『「虚構」と「現実」の世界で』という巻頭文を書いている。間違っているなどとだいそれたことはいえないが、(というのも、松井氏の戯曲も舞台も知らんけん)ただ、私とは考えがチガウというところだけは、行きがかり上、述べておくことにする。
松井氏の論は、まず此度の震災にコトバを寄せ、それに対して「演劇は如何に有効か」という問題をたて、結論として「演劇力を味わうイベントをすこしずつ仕掛けていきたい」と結んでいる。論理を追っていく。「演劇の効果として、演劇作品を味わうことによって、観客が身体や精神に溜まった凝りをほぐす」とある。私などのように観劇がストレスになって、途中退場する者にとっては、松井作品がほんとにそうなら、アリガタイことだ。(観ていないので、それ以上の追求はしない)。松井氏は演劇を[「現実」と「虚構」の混ざり合った、「間」の表現と考える]。この「間」というのは「現実」と「虚構」との「中間」のことをいうのなら、「夢現(ゆめうつつ)」ということになる。しかし、演劇は「夢現」ではナイ。単に「虚構」だ。演技者のカラダが生身のものであることは、まったく「現実」とは関係ナイ。演技者は舞台に降り立ったとき、役に転じたとき、すでに「現実」の者ではナイ。「虚構」の者だ。「観客は作品を味わいながら、自分の中の妄想や偏見の飼い馴らし方を考えたり、日常生活への適応の仕方などを準備し、ぼんやりできるという演劇の在り方」が「間」であるという論理になっているのだが、そういう観客もいるかも知れないとしかいいようはナイ。「観客は独りになることもできるし、皆と笑うことも出来る」ので「劇場」は「集会場の機能もある」にいたっては、どうしても師匠(平田オリザ)の提唱するcommunicationに演劇を設置させたいのだなと思うしかナイ。ただし、ここからは、まったく私とは考え方がチガウ。人間には「現実」と「虚構」とが混ざりあった経験があり、たとえば雲の形をみて人の顔を思い浮かべたり、幽霊を怖がったり、神様を信じたり、運命を呪ってみたり、そういう作業をしているところから、「現実」を「虚構」化してしまうフィルターのようなものだと、根拠を提示し、「人間はいつだって演劇的だ」という人間の持つ観念の存在を、「現実」と「虚構」とを混ぜ合わせ二重化する「演劇力」と規定する。この「演劇力」を楽しむのが「演劇」だというのがだいたいの論旨だ。そのイベントをもっとも簡単に行えるのが、「コスプレ」だとしている。他人の趣味に口は挟まないが、幽霊を怖がったり、神様を信じたり、運命を恨んだりすることは、たいていの人間にもあることで、それは「演劇」の「虚構」とはまったくチガウ、人間の持っている自然過程としての「観念」あるいはスピリチャルな作用だ。また、「現実」と「虚構」を混ぜ合わせることを二重化というふうには、私は考えない。そんなもの混ぜ合わせられるワケがナイからだ。私のいう二重化とは、「現実」として存在しているのに関わらず「虚構」としても存在している事象、現象、コトバをいう。「あいつ殺したいな」ということを私たちは思うだけなら(観念の中だけの作用でなら)いくらでも出来る。しかし、実際に人を殺して、これは私が混ぜ合わせたものです、とはいえないのと同じように、演劇における「虚構」は、その端緒がinspirationであっても、独りのドクサであっても、そういう心的表出を「表現」したものだ。運命を呪うだけでは表現にはならない。演劇としての「虚構」にはならない。また、表現は「現実」と「虚構」を混ぜ合わせたものでもナイ。演劇における「虚構」は意識過程としての「表現」だからだ。その表現(味わい方)が「机とかタンスとかに衣装を被せてその一生を思い」「鑑賞した後でそれを燃やす」というのには、私は表現というよりも一種のceremony、黒弥撤に近い儀式的なものを感じる。寺山さんの場合には、それは「現実」に対する、scandalで不敵な挑発であったが、松井氏のその「演劇力」の味わい方には、頽廃五衰の生理的な気色の悪い嘔吐感を持つ以外、何もナイ。

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