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2011年7月15日 (金)

夏の夜の夢

モヘンジョ・ダロに行ったとき、最も記憶に残ったのは、あの整然とした沐浴所でもなくストーパでもナイ、七層の井戸だ。まるでエントツのようにその井戸は地表に突っ立っていて、つまり、そこまで発掘されたということなんだけど、一目観て、七つの層がワカルのだ。煉瓦造りなのだが、最も下層が最も煉瓦が整っていて、美しく焼いた煉瓦で造られていて、次第に層を上がっていくに連れて、煉瓦はひどい焼き方になり、造りも乱雑になっていっているのがワカルのだ。
最下層の煉瓦は、最も古い時代のモノだが、それがイチバン美しく整っているということは、その頃の文明が最も繁栄していたことを物語っている。モヘンジョ・ダロ滅亡の要因については諸説あるが、文明が徐々に衰退していったことは、その井戸の層で歴然としている。そこで、文明というものは、こういう層のように積み重なっているものだという観方が出来ることになる。
私たちは、学校の教室にある年表などで、歴史や文化、文明が、横方向にシリーズでアナログのように過ぎていくのを刷り込まれているが、考古学では、地層で地球の年代を分別するから、それはシリーズでアナログなものではなく、突然変化したごとき、デジタルなものだということを知っている。
各々の時代は、引き続きというものではなく、江戸時代から明治は、カタストロフなデジタルな変貌なのだ。もちろん、縄文から弥生もそうであったろうし、戦国時代があって、豊臣から徳川に世が平定されたときもそうだったに違いない。
卑近なことをいえば、私自身の個人史も同じだという気がする。とはいえ通年して、年齢は加算されるから、次の私の個人史が新たに始まるというワケでもナイ。しかし、横長の方向に個人史が進んできたというよりは、地層の積み重ねのように、モヘンジョ・ダロの井戸のように、歴史というものは堆積してきたものらしい。人間総体の歴史もかくの如しだと、最初に述べたのはフーコーだが、それは歴史という観方に対する衝撃的な思想の導入だったと思う。
私は似たような方法で以前『ヴァイアス』という戯曲を書いて舞台化、上演したことがあるが、私の力のなさで、誰もその劇作法に気づかなかったようだ。(ただ、ひとり、ひじょうに変わった劇作法だというふうに評価した東京の新進演出家はいたが、まあ、その程度だ)
私はいま独り、この辺りの最もスラムに住んで、何の現実感も存在感もナイまま、生きるのはもうゴメンだなと思ったり、まあ、成り行きで生きてみるかと思ったり、宿痾による希死念慮と闘ったりしながら、熱中症にだけ注意して、何の仕事もナイので、駄文だけを書き綴っているが、まあ、いいや、1年でも2年でも、ほんとに錢の切れ目が命の切れ目だなあと諦めたり、何とか太宰治の短編小説を戯曲にして、舞台化したいなあと、企画書を書いてくれないかと、知己に電話してみたり、貧困ではナイが、貧乏をやっている。そこで、ああ、そうだな、40年前名古屋に来たときも、こんな奇妙な、漠然とした不在感に悩まされていたなあと、思い出したりしている。
ほんとうは何にも興味はナイのだが、壁に貼ってある、若くして先逝した者の写真や書簡を眺めながら、あんたたちも無念だったろうな、しょうがナイから、行けるとこまではいくが、ほんとは、犬と猫と縁側のある家で、ひっそり老いて死ねればなあと、今度の地震で死に場所を津波で流された不運なのかなんなのかワカラン運命にため息をついている。

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