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2011年7月 1日 (金)

Hysterie

鬱病の希死念慮を、今夜またなんとか切り抜けて、一息ついて、いいたいことをいわせてもらう。
東日本大震災、フクシマ原発事故。地震に津波は、地球の胎動だ。何処にもんくの持っていきようもナイ。自然というのは、「自ら然り」なのだから、絶対だ。
さて、原発だ。反原発に脱原発、自然エネルギーへの回帰、盛り上がる運動、ウソつく政府に東電。私にいわせれば、どちらもHysterieにしか過ぎない。一つだけ、知りたいことがある。フクシマは、人災なのか、科学的敗北なのか。いつだったか、そう遠くないむかし、マンションの設計施工の手抜き工事で、一騒動あった。あれは人災ではなかったか。ではフクシマはどうなのだ。また、日本にある原発50数基はどうなのだ。この世界には旅客機というものがある。ヒジョウに便利だ。ところが、こいつが時々墜落する。飛行機は墜落するから、廃止すべきだと、誰かいったことがあるのか。
人災ならば、その方向で真っ当にする手段があるだろう。科学的敗北ならば、科学は追いつかねばならない。ただそれだけのことではないのか。
止めると日本経済が打撃を、被害者には政治的配慮で、みんなで停電を阻止するために節電を、原発は安全ではなかった、原発などなくとも、やっていける、やはり原発を動かさざるを得ない、さて、どれがほんとで、どれがウソなのか、私は知らぬ。私が知りたいのは、繰り返すが、原発事故は、人災か、科学的敗北か、それとも、地震と津波による壊滅的打撃か。この根本的因果が不鮮明ないま、何をどうほざいても、単なるHysterieにしか過ぎないのは、自明のことだ。まったくひでえ、胡散臭い世の中だぜ。

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