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2011年6月23日 (木)

恋愛的演劇論・15(改稿)

出来るだけ『演技と演出』に書かれた順を追って、私たちはオリザ氏の演劇論(演技論・演出論)を考察していくつもりだが、せっかちなものだから、ともかくこの本のオリザ氏のワークショップの手法が何をbackboneにして書かれているのか、推察だけをしておく。たいていの表現者にはそれなりに影響を受けた思想的な人物、書籍というものがあるはずだ、という原則を用いるワケだ。(あくまで推測ですがね)
オリザ氏の場合、おそらく、本書の中にもひょいと出てくるのだが、彼のワークショップの基本的な理念になっているのは『社会契約説』で知られるイギリスの哲学者、経済学者のジョン・ロックだとしておく。つまり、ジョン・ロックの提唱した「経験主義」というものだとアタリをつけておく。ロックの経験主義について詳細に説明出来るほど私には学問がナイので、単にこうとだけいっておく。「経験主義」とは、読んで字の如く、人間は経験によって成長していくというものだ。ワークショップというのは「経験」が主だから、それは短絡過ぎやしないかという懸念は、あたってはいない。私の中ではワークショップというのはけして「経験」ではナイ。さて、ロックの認識論(「経験主義」)については、[われわれの心はいわば白紙(タブラ・ラーサ、羅:tabula rasa)として生得観念(innate ideas)を有していない。観念の起原はあくまでも経験であり、我々の側にあるのはせいぜいそれらを認識し、加工する能力だけである](というふうにGoogleにある)。というのがワカッテいれば、たいていは充分なはずだ。なぜたいていは充分なのかといえば、これはドイツ観念論において、カントの『純粋理性批判』で超克されていると、私は理解しているからだ。(カントは『純粋理性批判』の第二部門「先験的論理学」でこう述べている。「[感性]はいわば受動的な働きであり、[悟性]は自発的、能動的な働きである」)。次に(「純粋論理学」と「応用論理学」に「論理学」を区分して、前者だけが学問として成立するとする)としている。ここでいう「応用論理学」とは「悟性」の用い方に該る。これを「主観の偶然的条件によって規定された悟性使用」)・・・と、いうのだが、なんか難しいので、解説を入れておくと、カントにいわせると、[注意力やその結果、間違いの原因、疑問、確信などの状態がどんな具合であるのかを考察すること]、これがいわゆる「経験」に該る。いわゆる「経験」とは、「悟性」の「使用法」でしかナイというワケだ。もう一つカントのコトバを付け加えれば「『私は考える』という意識が、私の一切の表象に伴いうるのでなければならない」ということだ。意識はココロの作用、表象というのはイメージというふうに思っておけばイイ。つまり、どのような認識も、他人が考えているのではなく「私」(ただ一人のワタシ)が考えている、という対象識知(リンゴならリンゴをリンゴと理解すること)の基本原則がなければ、つまり、「自分のもの」として「考えること」を統べることが出来なければ、そこいらじゅうにたくさんの自己が存在することになる。なんだか面倒(というかアタリマエのこと)をいっているようだが、理屈ではそうなる。「先験的」とは文字通り、経「験」の「先」に在るものだ。例えば、ものごとの「原因」という概念を「必然的なもの」として考えるとしよう。そうすると、この「必然的なもの」は、「経験」をどう転がしても取り出せはしない。どういうことかといえば、この「必然的なもの」の例として「数学の類」を考えてみれば、納得がいきやすい。認識の原則を「経験」とするならば、普遍的な識知である数学は「経験」による認識ではナイということになる。とはいえ、「人間は経験を通して考えるのではナイか」という反問が飛んできそうだが、それは、半ばいいがかりというものだ。考えることが出来なければ「経験」など出来ないからだ。いくら金槌で頭を叩かれても、それが金槌で頭を叩かれているのだと[私が考え]なければ、「経験」にはならない。このブログの主旨に沿ってこういう例を提示しよう。東京在住の元劇団員女優が、私にこういったことがある。「想さんは、女性というものは、あだち充のマンガに出てくる、ああいうふうなものだと思っているでしょう。でも、それはまったく間違ってます。あんな女性は存在しません」・・・たしかに私自身の経験でも存在しなかった。とはいえ、romanticistの私としては、何度、恋愛を経験しても、ああいう女性が存在すると[私は考えている]のだ。ロマンチストけっこう、でなければ、戯曲など書けるワケがナイ。さて、講釈はこれくらいにして、本筋に入っていく。

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