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2011年6月27日 (月)

恋愛的演劇論・20(改稿)

女性の嘘を哀しいと思いはしない。しかし、同情はする。哲学上初めて、女性の本質、すなわち謎を解いたのはニーチェだ。「女における一切は謎である。しかし女における一切は、ただ一つの答えで解ける。答えはすなわち妊娠である」(『ツァラトゥストラ』・手塚富雄、訳)・・・他の訳では「妊娠」を「子供」としたのもある・・・ともかく十月十日、孕まねばならない。生き延びねばならない。たいていの女性は、自分の嘘を嘘だとは気づかない。そういう意味では女性は常に妊娠している。妊娠は女性にとって極めての「現実」であり、最大の「虚構」だ。姑息(その場しのぎのことで、狡いという通俗的用法ではナイ)に生きねばならないときもある。そういう女性の嘘に騙されてみるのも男の意気じゃないか、諸君。と、何の関係もナイ前説だが、始めます。
~~ワークショップでは他にも様々なゲームを使って参加者の身体と頭と心をほぐしていきます~~(同)
そういうゲームが多々存在するらしい。いろんな流派があるらしい。しかし、『仲間を集める』というゲームは「演出」においての重要なポイントとなるゲームだと、オリザ氏は語り、その幾つかを紹介するという手法で、論旨は進む。この章の主題は『イメージを共有する』だ。従って、[イメージを共有]することが「演出」における重要なポイントであるということが論理的な帰結にならねばならない。同様に「仲間を集める」ということは、同じ[イメージを共有]するものの集団をつくることだと、ワカルのだが、「身体と頭と心をほぐし」ていくことが、その作業と殆ど同じ扱いであることには気づいておくべきだろう。ここでは次に「ステータス」と称されるゲームが紹介される。各自、番号の書かれたカードを持ち、カードをみせあうことなくカップルをつくる。「番号の大きい人ほど、大きなモノを作っている会社・小さな数字は小さなものを作っている会社」という情報だけが与えられて、番号以外の情報を交換しあう。カップルが出来上がると、「作っているもの」と「番号」の発表となる。「ビルディングを造っています、45番です」「造船です、47番」と、これは互いのイメージが近い場合のカップル。「冷蔵庫です。37番」「えっ、僕は洗濯機です。14番」と、これはイメージに隔たりのあるカップルの例。
~~私はコミュニケーションの出発点は、「人それぞれ、言葉から受けるイメージが違う」という点にあると考えています。~~重要なことは、その作っているモノを、「相手が大きいと思っているのか、小さいと思っているのか」という点なのです~~(同)
つまり、このゲームを通して、受講者は如何に個々人の[イメージにはズレ]があるのかを「経験」することになる。ところで、
~~しかし、このゲームも、日本人が行うとなかなかうまくいきません~~(同)
という文言が唐突に、さりげなく、入り込んでくる。これは、日本人は、コミュニケーションが上手ではナイ。コミュニケーション教育が遅れている。というナショナルな意味を含みつつ、遠い到達点に、日本人には日本人の演劇があるのだということを(それが『現代口語演劇』であるということを)物語っている。ところで、私たちはこう問いかけてみることが出来る。その「日本人」とは何なのだ。誰のことなのだ。どんな人のことなのだ。それを「日本国民」と称してもいいが、私たちはいつから日本国民になったのだろうか。幾代か先祖を遡っていけば、自分が日本人である、日本国民である、という自覚などなかった、そう遠くない時空にたどりつけるはずだ。

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