無料ブログはココログ

« 恋愛的演劇論・13 | トップページ | 恋愛的演劇論・14(改稿) »

2011年6月21日 (火)

恋愛的演劇論・幕間

さてと、以上が、私の大法螺、嘘、インチキの寺山修司小論だ。ロラン・バルトの『表象の帝国』ってのには、自分でもおそれいったけど(正しくは『表徴の帝国』)。「表徴」なんてコトバ使わないもんなぁ。私なんかず~~っと「表象」だと思っていたので、だって、エクリチュールでしょ、書きコトバが孕む記号的多義性なんだから「表象=image」のほうが、しっくりくるんじゃないのかねえ。寺山さんが、バルトを読んだかどうかは知らないが、私は、本屋で立ち読みしただけですから。もう10年くらい前ですが。
とはいえ、なんとなく、テラヤマ論ふうにはなっていたのではないでしょうか。
寺山さんのところにいて、批判的にそこを脱け、ほんとに天才的に活動したのは東由多加だと思ってます。東京キッドブラザースです。大阪にも、横山ホットブラザースというのがいましたが、こっちも面白かったですけど。
寺山さんは、いろんな文化人と影響しあったと思いますが、若者に強く影響を与えたのは東由多加と、その劇団、東京キッドブラザースのほうでしょう。私は、彼のミュージカルが何故、世間にもマスコミにも無視されつづけたのか、よくワカラナイでいるんです。あのmusicalは、和製ではあったけど、Japanではなく、何処の国にもナイ、しかし、演じられる時間(年数)が限られているという運命を背負った、つまり、東由多加の弁でいうと「30歳を過ぎた大人は信用するな」のmusicalでしたから、若さってのは儚いもんだぜという、宿命がありましたから。それだけでも、せつないmusicalでした。qualityでいえば、いま日本のあちこちに大劇場がある、大ミュージカル劇団なんか目じゃない。
でと、話は飛びますが、私ゃ訊きたいですな。石原裕次郎ファンに。あの石原裕次郎が、次第に年齢を重ねて、ムード歌謡なんて唄うの、ほんとに良かったですか。私は晩年近い裕次郎さんが、映画『影狩り』で、満足にカラダの動かない殺陣をやるのを観て、こんなふうになるまで、やんなくていいよ、もういいから、と、泣けました。
東由多加は、寺山さんの「故郷」やら、実験劇やらを、かなり冷やかに観ていたんじゃないでしょうか。寺山さんにこういいたかったんじゃナイでしょうか。「あんたさ、ほんとに傷ついてみろよ」。しかし、寺山さんは傷つくどころか、満身創痍の病気のひとでしたから。相米慎二監督が、寺山さんの映画の助監督やってたことがあります。そのときのことを私に話してくれましたが、「あの野郎は、これからって時に、今日はこれで終わりますって、8時頃に撮影、やめやがんだ。ふざけんなだよ」。いや、毎日酒くらって、煙草ばかすか吸って、肺ガンで、相米さんも早死にしましたが、寺山さん、カラダきつかったんだろうなあと、私は、この一点だけは、寺山さんにシンパシーを感じます。
私なんかも、稽古時間は極めて短いです。ですから、無駄な稽古はしません。何故、短いのかというと、眼ですね。毛様体が硬くなって、水晶体も同様に鈍くなって、1時間ばかりすると、もうピントが合わなくなって、役者の顔がぼやけてきますから。で、アトはたいてい、せりふを聞いているという感じかなあ。
では、そろそろ、幕開けです。

« 恋愛的演劇論・13 | トップページ | 恋愛的演劇論・14(改稿) »

演劇」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/558792/52005045

この記事へのトラックバック一覧です: 恋愛的演劇論・幕間:

« 恋愛的演劇論・13 | トップページ | 恋愛的演劇論・14(改稿) »