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2011年6月27日 (月)

恋愛的演劇論・19(改稿)

進化論者と創造説者とのあいだでは、いまなお論争らしきものがあるようだが、かつてほど喧騒でも盛んでもナイ。これは進化論の正しさが認められたということではなく、むしろその逆なのだ。進化論者と創造説者との対論においては、たいてい進化論者が敗退してしまう。敗退というのは大袈裟だが、もともと創造説は宗教であって、ポパーなどの提唱した「反証法」が用をなさない。創造説者の意見は一つだが、進化論者の考えはその研究や理論、派閥によって百花繚乱だから、あるところまでくると、まとまりに欠けるということになる。それでも、生命体の「進化」については、どの研究者にとっても動かしがたい事実であるというところでは一致しているので、進化論は昨今「進化学」と称されるようにもなった。その中に「定向進化説」というものがある。簡単にいえば、生物は一定方向に進化していく、その証拠が化石だというのだが、しかし、馬のように順序正しく化石が出てくるものは極微で、キリン(ジラフ)のごときものになると、首の短いキリンと、長いキリンの中間種の化石などは発掘されたことがナイ。
という長い前置きだったけど、『演技と演出』の序章を経て、本章に入る。第一章は『イメージを共有する』で、ワークショップを如何に始めるかが述べられている。ここで、私たちはおそらくちょっと躓(つまず)くことになる。
~~「ワークショップはたいてい、いきなり台詞に入るのではなく、さまざまなコミュニケーションゲームから始まります。これは、参加者の緊張をほぐし、リラックスした状態でワークショップを受けてもらうためです」~~(第一章『イメージを共有する』)
その最初のゲームが[仲間を集める]というゲーム。指導者は受講者に「好きな果物!」と指示すると、受講者は「メロン」「バナナ」と声を出して、同じモノをいった者どうしが集まる。この[主眼]は「大きな声を出す」ことで、声を出す楽しさを知ってもらうことに意義がある、となっている。ところが、困ったことがよく起きるらしく、それが、
~~ときどき、男の子たちが相談をし始めるという現象が起こります~~(略)~~これはちょっと、実際にその場に出会うと、ショッキングな風景です。だって彼らは、自分の好きな果物や色さえも、自分自身で決められないのですから。~~(同)
ここで、さりげなく子供たちの「主体性」の無さに触れられているのだが、それがショッキングかどうかは別にして、そこで、どんな指導をすればいいのか、指導者の指導をする場合に、指示の出し方について話し合いがなされる。
~~「ここでは例えば[生まれた月][星座]などにすればイイワケです。~~(同)
つまり、相談しにくい、指示を出すということだ。そうして、
~~「もちろん、これでも相談してしまう中学生はいるかも知れません。それはもう仕方のないことだと諦めます~~(略)せめて、小学校のときに、少しでも表現教育を体験していればな・・・」~~(略)~~「しかし一方で、そうなってしまった子供たちだからこそ、少しでも私たちのワークショップが、彼らの心に揺さぶりを与え、何人かが勇気を出して、自分の好きな色や果物を、大きな声で言えるようになればと思います~~(同)
「大きな声」を出すことは、リラックスの手段であったはずが、いつの間にか目的化していることについても、そう、とやかくはいわないでおく。それよりも私たちが疑問に感じるのは、「相談する」という受講者のコミュニケーションが何故ダメであるのか、子供たちが、ほんとうに、自分の好きな果物が自分で決められなくて相談をしているのかといった、指導者の持つべき素朴な問題への考察が語られていないことだ。推測に過ぎないが、子供たちが、普段の自分たちの領分ではない空間と時間で、「大きな声を出す楽しさ」をリラックスとして体感することは難しいことだと思う。(そんなふうに演じてはみせるだろうが)。彼らはおそらく学校や家庭で騒いだりすると「うるさい」と一喝されているはずだ。そうであるならば、その解放の場として、論旨も通るが、これらは「表現教育」とやらとは、まったく関係のナイことだ(というか、私にはこの[大きな声の出せる「表現教育」]というのが、どんな教育なのかが、よくワカラナイ)。子供が一定方向には向かないベクトルを原則としているのは、もちろん、これは彼らの「勇気」というものとも、まったく関係がナイ。それは単純に身体的(医学的)な循環器の未完成さからくるものだからだ。

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