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2011年6月

2011年6月29日 (水)

恋愛的演劇論・22(改稿)

η何が粋かよ 気が付くときは みんな手遅れ 吹きざらし~(東映・『沓掛時次郎 遊侠一匹』主題歌・主演・中村錦之介、監督・加藤泰)フランク永井が歌ったらしい。映画は観たが、記憶にはナイ。ところで、流山児との二人芝居で、『昭和残侠伝』はシリーズで8作創られたという私のせりふがあったが、あれは9作の間違い。ただし、花田秀次郎(高倉健)風間重吉(池部良)のcombinationは、内7作。
なんの関係もナイ前置きで恐縮だが、つづき。
~~架空のキャッチボールが難しいと感じるもう一つのポイントは、相手がどんな球を投げたかが、よく分からない~~(同)
~~相手がどんなボールを投げているか、重さ、スピード、コースなどを想像して、ボールを受け止める。これを私は「相手役とのイメージの共有」と呼んでいます~~(同)
およそ、この二つの文言は、キャッチボールの経験があれば、まったく意味のナイ杞憂、というに過ぎない。バタイユという哲学者はコミュニケーションについて、こういっている。「自己自身とは[コミュニケーション](相互交流)のつながり、主体と客体との融合のつながりだ」(つまり、自己とは単独で存在するものではナイといいたいのだ)。これだけ読めば、そりゃあ、ヘーゲル(の弁証法)じゃないのか、と思われそうだが、バタイユは、自己自身(私)は流れゆく事物(ヘーゲルにおける運動)の中の[停止したポイント]であると捉えているところだ。つまり、「架空のキャッチボール」にもどれば相手がどんな球を投げようとも、それを分析的に想像などしなくとも、受け止める「私」は、好きなように受け止めればイイのだ。もっとありていにいえば、そんなものは、受け止める側の「私」が勝手に決めればイイことで、そう考えれば架空のキャッチボールなど難しいものではナイ。例えば、相手が上空に放物線を描くようにして高く球を投げる。この球が落ちてきて「私」が受け止めるまでのあいだ、「私」は、相手役と数分、せりふのやりとり(お喋り)をしていても構わない。ボールの双曲線の微分方程式は「私」が決めればイイ。客が、相手役がボールを投げたことを忘れた頃に、落ちてきたボールをひょいと受け止めても、一向に差し支えない。何故なら、演劇は「虚構」だから。この場合のrealityは、ボールが確かにキャッチされたということにつきる。・・・そんなバカなことあるワケないよ・・・ですか。しかし、「相手役とのイメージの共有」は遵守されておりますが。

2011年6月28日 (火)

恋愛的演劇論・21(改稿)

次の「架空のキャッチボール」に入る前に、整理しておかねばならないことがある。
~~「人それぞれ、言葉から受けるイメージが違う」~~と、オリザ氏がいう場合、彼は「言葉から受けるイメージ」というものをどう考えているのだろうか。けして揶揄ではナイが「言葉から受けるイメージ」というコトバで、どういうことをイメージしているのだろうか。・・・それをこれから彼がレクチャーするんじゃないの・・・というご意見はもっともだとして、私たちが問いたいのは「言葉」に対する定義ではナイ。端的にいってしまえば、「言葉から受けるイメージ」というのは「虚構」ではないのかということだ。たとえば、眼前にバナナがあるとする。それは「現実」のバナナだ。たいてい私たちはそれを、「バナナという名前のついた果物」だということを知っている。知らなくても、そう教えられたら、たとえ目の前にバナナが無くとも、「バナナ」といわれれば、バナナというイメージがやって来る。『仲間を集める』ゲームのさい、「好きな果物」と指示されて受講者たちがまずやったことは、さまざまな果物の「イメージ」を思い浮かべるという作業だ。しかし、それらは「バナナ」や「イチゴ」にせよ「メロン」にせよ、受講者たちの勝手な「虚構」の産物だ。それが仲間を集めるということは、その「虚構」には、予め受講者たちの「仲間」のあいだで、共通規範がなければならないということになる。(何故なら「現実」の果物は、その場にナイのだから)。「人それぞれのイメージ」が「違う」のに、イメージするモノのは同じものでなければならない。これは矛盾ではないのか。いや、否、否否、田舎っぺ大将。そうではないことは、この小論文の(もう忘れられているだろうけど)頭んあたりで俎上にあげている。と、このへんを念頭において次に進む。
「架空のキャッチボール」は、一人ひとりのイメージの違い、その共有が如何に難しいかを実感させるためにやるものだとオリザ氏は述べる。まず3メートルほど離れて二列に並び、ボールを使わない「フィクション」のキャッチボールをやってもらう。次にほんもののボールを使ってキャッチボールをする。そうしたらまた架空のキャッチボールにもどって、ボールの感触のちがい考えさせる。・・・この後その裏付けのように認知心理学の講釈が入って、
~~架空のキャッチボールだと、どうしても小手先の動きになりますが、実際にボールを捕ろうとすると、全身、特に膝のあたりのクッションまでを使って受け止めていることがよく分かります。~~(中略)~~私たちが演劇と呼んでいる「近代演劇」は、戯曲の解釈や心理分析に重きを置いてきました。この方法論では、単純にいえば、重いものを運ぶときには、重いものを持ったときの気持ちを再現することが大事になります。しかし、実際には、気持ちだけでは、なかなかうまく「真似」をすることが出来ません。自分の筋肉の動き、重心の移動のしかたなどを、きちんと科学的に把握して、それを再現させる能力には俳優には要求されます。~~(同)
ごもっと、といいたいところだが、私には経験主義が行き着くところまでいきついたなという感じがする。「架空のキャッチボール」にせよ、実際にキャッチボールをしたことがある者、あるいは観たことがある者、まったくやったことのナイ者、と、振り分ければ、それぞれが違った架空のキャッチボールをするはずだ。認知心理学などを持ち出さなくとも、「経験」というのはその辺りまでだ。もし、両者のスタンスを近づければ、砲丸玉を投げ合っているワケではナイのだからそれなりに、また、遠投という距離をとれば、それなりに「架空のキャッチボール」も変容するのはいうまでもナイ。パラ位置からいえば、実際にキャッチボールをしてみても、巧く出来ない者は出来ない。運動能力の差というものがあるからだ。ここにこの作業の「観察力」や「想像力」という直感の欠如をみてとるのは、単なる横槍だろうか。(余談だか、オリザ氏のいうごとく、長い間、演劇の訓練にpantomimeが排除されてきたという歴史はある。つまり「カタチ」だけの演技はダメだという新劇系統の誤謬だ。これはスタニスラフスキーの否定した「紋切り型」の演技に倣ったものらしい)。

2011年6月27日 (月)

恋愛的演劇論・20(改稿)

女性の嘘を哀しいと思いはしない。しかし、同情はする。哲学上初めて、女性の本質、すなわち謎を解いたのはニーチェだ。「女における一切は謎である。しかし女における一切は、ただ一つの答えで解ける。答えはすなわち妊娠である」(『ツァラトゥストラ』・手塚富雄、訳)・・・他の訳では「妊娠」を「子供」としたのもある・・・ともかく十月十日、孕まねばならない。生き延びねばならない。たいていの女性は、自分の嘘を嘘だとは気づかない。そういう意味では女性は常に妊娠している。妊娠は女性にとって極めての「現実」であり、最大の「虚構」だ。姑息(その場しのぎのことで、狡いという通俗的用法ではナイ)に生きねばならないときもある。そういう女性の嘘に騙されてみるのも男の意気じゃないか、諸君。と、何の関係もナイ前説だが、始めます。
~~ワークショップでは他にも様々なゲームを使って参加者の身体と頭と心をほぐしていきます~~(同)
そういうゲームが多々存在するらしい。いろんな流派があるらしい。しかし、『仲間を集める』というゲームは「演出」においての重要なポイントとなるゲームだと、オリザ氏は語り、その幾つかを紹介するという手法で、論旨は進む。この章の主題は『イメージを共有する』だ。従って、[イメージを共有]することが「演出」における重要なポイントであるということが論理的な帰結にならねばならない。同様に「仲間を集める」ということは、同じ[イメージを共有]するものの集団をつくることだと、ワカルのだが、「身体と頭と心をほぐし」ていくことが、その作業と殆ど同じ扱いであることには気づいておくべきだろう。ここでは次に「ステータス」と称されるゲームが紹介される。各自、番号の書かれたカードを持ち、カードをみせあうことなくカップルをつくる。「番号の大きい人ほど、大きなモノを作っている会社・小さな数字は小さなものを作っている会社」という情報だけが与えられて、番号以外の情報を交換しあう。カップルが出来上がると、「作っているもの」と「番号」の発表となる。「ビルディングを造っています、45番です」「造船です、47番」と、これは互いのイメージが近い場合のカップル。「冷蔵庫です。37番」「えっ、僕は洗濯機です。14番」と、これはイメージに隔たりのあるカップルの例。
~~私はコミュニケーションの出発点は、「人それぞれ、言葉から受けるイメージが違う」という点にあると考えています。~~重要なことは、その作っているモノを、「相手が大きいと思っているのか、小さいと思っているのか」という点なのです~~(同)
つまり、このゲームを通して、受講者は如何に個々人の[イメージにはズレ]があるのかを「経験」することになる。ところで、
~~しかし、このゲームも、日本人が行うとなかなかうまくいきません~~(同)
という文言が唐突に、さりげなく、入り込んでくる。これは、日本人は、コミュニケーションが上手ではナイ。コミュニケーション教育が遅れている。というナショナルな意味を含みつつ、遠い到達点に、日本人には日本人の演劇があるのだということを(それが『現代口語演劇』であるということを)物語っている。ところで、私たちはこう問いかけてみることが出来る。その「日本人」とは何なのだ。誰のことなのだ。どんな人のことなのだ。それを「日本国民」と称してもいいが、私たちはいつから日本国民になったのだろうか。幾代か先祖を遡っていけば、自分が日本人である、日本国民である、という自覚などなかった、そう遠くない時空にたどりつけるはずだ。

恋愛的演劇論・19(改稿)

進化論者と創造説者とのあいだでは、いまなお論争らしきものがあるようだが、かつてほど喧騒でも盛んでもナイ。これは進化論の正しさが認められたということではなく、むしろその逆なのだ。進化論者と創造説者との対論においては、たいてい進化論者が敗退してしまう。敗退というのは大袈裟だが、もともと創造説は宗教であって、ポパーなどの提唱した「反証法」が用をなさない。創造説者の意見は一つだが、進化論者の考えはその研究や理論、派閥によって百花繚乱だから、あるところまでくると、まとまりに欠けるということになる。それでも、生命体の「進化」については、どの研究者にとっても動かしがたい事実であるというところでは一致しているので、進化論は昨今「進化学」と称されるようにもなった。その中に「定向進化説」というものがある。簡単にいえば、生物は一定方向に進化していく、その証拠が化石だというのだが、しかし、馬のように順序正しく化石が出てくるものは極微で、キリン(ジラフ)のごときものになると、首の短いキリンと、長いキリンの中間種の化石などは発掘されたことがナイ。
という長い前置きだったけど、『演技と演出』の序章を経て、本章に入る。第一章は『イメージを共有する』で、ワークショップを如何に始めるかが述べられている。ここで、私たちはおそらくちょっと躓(つまず)くことになる。
~~「ワークショップはたいてい、いきなり台詞に入るのではなく、さまざまなコミュニケーションゲームから始まります。これは、参加者の緊張をほぐし、リラックスした状態でワークショップを受けてもらうためです」~~(第一章『イメージを共有する』)
その最初のゲームが[仲間を集める]というゲーム。指導者は受講者に「好きな果物!」と指示すると、受講者は「メロン」「バナナ」と声を出して、同じモノをいった者どうしが集まる。この[主眼]は「大きな声を出す」ことで、声を出す楽しさを知ってもらうことに意義がある、となっている。ところが、困ったことがよく起きるらしく、それが、
~~ときどき、男の子たちが相談をし始めるという現象が起こります~~(略)~~これはちょっと、実際にその場に出会うと、ショッキングな風景です。だって彼らは、自分の好きな果物や色さえも、自分自身で決められないのですから。~~(同)
ここで、さりげなく子供たちの「主体性」の無さに触れられているのだが、それがショッキングかどうかは別にして、そこで、どんな指導をすればいいのか、指導者の指導をする場合に、指示の出し方について話し合いがなされる。
~~「ここでは例えば[生まれた月][星座]などにすればイイワケです。~~(同)
つまり、相談しにくい、指示を出すということだ。そうして、
~~「もちろん、これでも相談してしまう中学生はいるかも知れません。それはもう仕方のないことだと諦めます~~(略)せめて、小学校のときに、少しでも表現教育を体験していればな・・・」~~(略)~~「しかし一方で、そうなってしまった子供たちだからこそ、少しでも私たちのワークショップが、彼らの心に揺さぶりを与え、何人かが勇気を出して、自分の好きな色や果物を、大きな声で言えるようになればと思います~~(同)
「大きな声」を出すことは、リラックスの手段であったはずが、いつの間にか目的化していることについても、そう、とやかくはいわないでおく。それよりも私たちが疑問に感じるのは、「相談する」という受講者のコミュニケーションが何故ダメであるのか、子供たちが、ほんとうに、自分の好きな果物が自分で決められなくて相談をしているのかといった、指導者の持つべき素朴な問題への考察が語られていないことだ。推測に過ぎないが、子供たちが、普段の自分たちの領分ではない空間と時間で、「大きな声を出す楽しさ」をリラックスとして体感することは難しいことだと思う。(そんなふうに演じてはみせるだろうが)。彼らはおそらく学校や家庭で騒いだりすると「うるさい」と一喝されているはずだ。そうであるならば、その解放の場として、論旨も通るが、これらは「表現教育」とやらとは、まったく関係のナイことだ(というか、私にはこの[大きな声の出せる「表現教育」]というのが、どんな教育なのかが、よくワカラナイ)。子供が一定方向には向かないベクトルを原則としているのは、もちろん、これは彼らの「勇気」というものとも、まったく関係がナイ。それは単純に身体的(医学的)な循環器の未完成さからくるものだからだ。

2011年6月26日 (日)

恋愛的演劇論・18(改稿)

オリザ氏は、演出家に必要な要件として、五つ挙げる。
①世界観、②方法論、③構成力、④説得力、⑤リーダーシップ。次いで、これらをワークショップの流れに沿って、具体的に説明するのが『演技と演出』という書物の役目であると、した上で、ワークショップを次のように定義する。
~~「単なる知識や技術の伝達や習得を目的とするのではなく、演劇を通じて、身体表現や、言葉、コミュニケーションなどに興味を持ってもらおうと考える」~~(同)
①から⑤が、ワークショップにおいて具体的にいえば、身体表現や、言葉、コミュニケーションの生得において、どういう力を発揮するのかが、このアト展開されるということだが、もちろん、それは、オリザ氏の提唱する『現代口語演劇』というものを創るにあたってであることには、留意しておなくてはいけない。従って、何故、①から⑤までが演出家の必要条件なのかは、ここでは問うても仕方がナイ。むしろ、『現代口語演劇』というものがどういうものであるのかを先に知っておいたほうがイイと思われる。
『青年団』の主張するところを引用しておく。
「従来の日本演劇に対する平田の批判の中核は、西洋近代演劇の移入をもとに始まった日本の近代演劇は、戯曲の創作までもが、西洋的な論理で行われてきたのではないかという点にあります。このために、日本語を離れた無理な文体や論理構成が横行し、それにリアリティを持たせるために俳優の演技までが歪んだ形になってしまったと平田は考えてきました。「ときには聞き取れないような小さい声でしゃべる」「複数の会話が同時に進行する」「役者が観客に背を向けてしゃべる」(中略)これらの特徴はすべて、これまでの演劇理論を批判的に見直し、日本人の生活を起点に、いま一度、新たな言文一致の新鮮な劇言語を創造し、緻密で劇的な空間を再構成していこうという戦略にもとづくものです。人間は日々の生活のなかで、大恋愛や殺人事件ばかりを繰り返しているわけではありません。人生の大半は、これまでの演劇が好んでとりあげてきた大事件とはまったく無縁な、静かで淡々とした時間によって占められています。(中略)人間が存在することは、本来が驚きに満ちたことであり、その存在自体が劇的です。人間の生活はそれ自体が本来、楽しく、優美で、滑稽で、間抜けで、複雑で豊かな様相を内包しています。私たちは、その複雑な要素を抽象化しながら舞台上に再構成し、その静かな生の時間を、直接的に舞台にのせようとする試みをつづけています。(中略)平田オリザと青年団は、こうした実践的で新しい演劇理論にもとづいて、これまでになかった演劇様式を、一歩一歩着実につくりあげてきました。私たちは、「現代口語演劇」が、そのすべての完成をみたときに、現代日本社会の錯綜する精神状況を映し出すことのできる真の「現代演劇」が誕生するのだという自負をもって、日々の創作をつづけています」。
当方に不都合なところを中略したワケではナイ。それにしても、えらく突っ張らかしてるじゃないか、兄ちゃん姉ちゃん。と半畳入れたくもなる。というか、私ゃユーゲント(青年団)かと思ったぜとでもいうべきか。私は日本の演劇が、現代演劇としてだけの水脈で発展してきたとは考えていないということだけを述べるに止める。つまり、「西洋近代演劇の移入をもとに始まった日本の近代演劇は、戯曲の創作までもが、西洋的な論理で行われてきた」などということは、まったく信じていない。もし、それを起点に『現代口語演劇』があるならば、それは、-破産した神話の上に-建物を建てようとしているようなものだ。もちろん、日本近代演劇も、近代西洋演劇と日本のアジア制(西欧の支配と従属に対するアジア共同体の在り方。歴史的な概念であって、空間的にアジアというものではナイ)との葛藤と闘争の中に、生成されてきたとみるべきだ。

2011年6月25日 (土)

恋愛的演劇論・17(改稿)

「経験」に対するカントの部分がねえ、そうよ、難しいのよねえ。という声もありそうなので、少々ヤバイ例えだが、「先験的」なものと「経験」をいまふうにこう応えておく。目の前にパソコンがある。パソコンのliteracy(リテラシー・機能、能力)はアルゴリズム(algorithm・ごく簡単に定義すれば計算能力)だ。このアルゴリズムをコントロールするのがプログラム(program・ここでは、命令の順序)だ。ところで、この能力、機能は、パソコンがその「経験」によって会得したものではナイのはいうまでもナイことだ。また、今後そのパソコンが、何かの「経験」に因って、より高次の機能を持つということは有り得ない。ハードディスクのバイト容量(gigaとか、いうあれね)やbit数(基本的二進数・8bit、16bit、32bitとかいうあれ、ね)が増えない限り、パソコンのアルゴリズムリテラシーは向上しない。外から「更新」しなければ、自らを更新していくということはナイ。つまりパソコンの能力は「先験的」なものと似ている。しかし、パソコンは、人間の脳と同じではナイ。人間の脳の模倣だ。そこで、もう一つ例をあげる。一匹の小犬がいるとする。その犬が「好き」であるか「嫌い」であるかは、「経験」からくるものではナイ。(噛まれたから嫌いになったとかは別にしてね)これはそのひとの持つ感性の問題だ。哲学的にはこれを「直感」という。「直感・感性」は「先験的」なものだ。沸騰した鍋を触って、沸騰した鍋は素手で触ると熱いと学習するようなものではナイ。その学習作用は、「悟性」であり「経験」と称して差し支えナイ。犬の場合、その犬をそのまま「好き」の部類入れるか「嫌い」の部類に入れるかの振り分けを[私が考えて]する作用も「悟性」という。パソコンでいえば、データをどのファイルに入れるかは、パソコンに命令さへすれば(マウスをクリックして、アイコンを選べば)、アトはパソコンが処理する。これがおおまかにいうと「認識論」というものなのだ。(ちょっと比喩がヤバイのは覚悟して)
さて、本論にもどる。
~~私たちは、日常生活の中でも、時間や場所に応じて、服を着飾ったり、化粧をしたり、また言葉遣いを変えたりして、自分を「演出」します。(中略)こう書くと、「でも、それは、演出ではなくて、『演技』でしょう」と考える人が多いと思います。たしかに、俳優は自分自身を演出し演技をします。ですから、この二つの境界は曖昧です。(中略)実はそこら辺のところを、本書を通じて私は考えていきたいと思っているのです。なぜなら、いままで書かれた演劇論、演出論では、その理論が俳優自身の演技のためのものなのか、あるいは演出家が、自分の好きなように俳優を動かすためのものなのか、そこのところが明瞭でなかったと私自身が感じているからです。そして、この点が古今東西の「演出論」を分かりにくくしている原因ではないかと、私は考えてきました。~~(同)
この着眼点が、どうもむず痒くてしっくりしないのは、論理の位相の構造が錯綜しているからだ。つまり、最初[日常の演出、演技]として捉えられたものが、一足飛びに[演じられる劇の俳優の演技と演出]に近傍され、あたかも普遍的な視線に着地したかのように「演出と演技の境界は曖昧だ」と結論づけられているからだ。
私たちの考えでは、演出と演技の境界は、明確に分けようとすれば、明確に分けられるものだし、曖昧でイイのならそれでも構わない。古今東西の「演出論」をワカリニククしているのは、「その理論が俳優自身の演技のためのものなのか、あるいは演出家が、自分の好きなように俳優を動かすためのものなのか、そこのところが明瞭でなかった」からではなく、「演じられた劇」としての演劇と、「書かれた劇」としての戯曲との「区別」と、それを架橋するものが何なのかを、演出家も俳優も論理的に理解し得なかったためだ。コトバを変えていえば、「書かれた劇」としての戯曲を「演じられた劇」にする場合、俳優(演技)と、演出家(演出)が、戯曲というものをどう「了解(何であるのか)」し、戯曲とどのような「関係(どう用いるのか)」を持つのかが、安直にされたままで、演劇が成立させられてしまっていたからだ。

2011年6月24日 (金)

恋愛的演劇論・16(改稿)

オリザ氏も予め(でも、ないか、後書きでだから)ことわっているように、この『演技と演出』は、オリザ氏のワークショップの方法を軸に展開されている。序章の書き出しはこうだ。~「演出」とは何でしょうか?~。ここで「?・questionmark」が必要なのか否かについては、単なる疑問の「強調」と受け取っておけばイイ。(なんで、こんなことに拘泥するのかは、別の機会に述べる)。たしかに、「演出とは何か」と問われて、「こうだ」とまともに答えられる演出家も、俳優も、評論家もそうはいない。それがこの国の(というよりも、外国だって、そうなんだけど)演劇の学に対するlevelというものだ。
~~「とにかく演出家だけが演出をするのではないし、演出家がいなくても演劇は創れるという点だけは、まず確認しておきたいと思います」(同・序章)~~。
この観点には、演劇関係者においては、常識的に納得出来る部分もあれば、出発点としてアトラクト(引っ張り込み)の強い部分だと、深読みする読者もあるはずだ。後者の部類は、柄本明氏の独特のワークショップを知っている者にとっては、違う意味で、そこを納得するに違いない。柄本明ワークショップでは演劇の一つの構造を「観るもの」と「観られる者」に振り分けて、目の前の椅子に演出家が座っていようと、小学生が座っていようと、この関係は変わらないというところに受講者を運んでいくが、オリザ氏の場合、この関係は「変容」もしくは「欠落」していくからだ。それは彼の理論上の帰結であるとしかいいようはナイ(その点についてはのちに「コンテクスト」の部分で考える)。とはいえオリザ氏の「演出家がいなくても演劇は創れる」という命題は確認してみることにする。
~~「まず議論を分かりやすくするために、便宜上、俳優が自分を制御して何かの振る舞いをすることを「演技」と名付け、外から与えられるものを「演出」と名付けたいと思います。さらに、この演出を与える人を、「演出家」と呼びたいと思います」~~(同・序章)
これは、議論をワカリヤスクするための便宜上の扱いとなっているが、帰納的な命題としてもワカリヤスイものになっている。何故なら、アトは、ここから、演技や演出や演出家を演繹していけば、いいのだから。(「今日は雨がふる」というのを帰納的命題とするならば、演繹的とは、「だから傘を持っていく」「出かけるのをやめにする」になる。逆に「傘を持っていくのは今日雨がふるからだ」「出かけないのは雨になるからだ」という演繹から「今日は雨がふる」という帰納命題を求めることも出来る)。しかし、この本のモチーフであり、テーマは、ワークショップは如何にして「役者」を創っていくかだ。これをパラ位置からいえば、「役者」を創るためのワークショップの指導は如何にあるべきかになるが、私たちのほんとうの興味は、かくして創生されたる「役者」と、その「演じられる劇」は如何なるモノになるのか、だ。

2011年6月23日 (木)

恋愛的演劇論・15(改稿)

出来るだけ『演技と演出』に書かれた順を追って、私たちはオリザ氏の演劇論(演技論・演出論)を考察していくつもりだが、せっかちなものだから、ともかくこの本のオリザ氏のワークショップの手法が何をbackboneにして書かれているのか、推察だけをしておく。たいていの表現者にはそれなりに影響を受けた思想的な人物、書籍というものがあるはずだ、という原則を用いるワケだ。(あくまで推測ですがね)
オリザ氏の場合、おそらく、本書の中にもひょいと出てくるのだが、彼のワークショップの基本的な理念になっているのは『社会契約説』で知られるイギリスの哲学者、経済学者のジョン・ロックだとしておく。つまり、ジョン・ロックの提唱した「経験主義」というものだとアタリをつけておく。ロックの経験主義について詳細に説明出来るほど私には学問がナイので、単にこうとだけいっておく。「経験主義」とは、読んで字の如く、人間は経験によって成長していくというものだ。ワークショップというのは「経験」が主だから、それは短絡過ぎやしないかという懸念は、あたってはいない。私の中ではワークショップというのはけして「経験」ではナイ。さて、ロックの認識論(「経験主義」)については、[われわれの心はいわば白紙(タブラ・ラーサ、羅:tabula rasa)として生得観念(innate ideas)を有していない。観念の起原はあくまでも経験であり、我々の側にあるのはせいぜいそれらを認識し、加工する能力だけである](というふうにGoogleにある)。というのがワカッテいれば、たいていは充分なはずだ。なぜたいていは充分なのかといえば、これはドイツ観念論において、カントの『純粋理性批判』で超克されていると、私は理解しているからだ。(カントは『純粋理性批判』の第二部門「先験的論理学」でこう述べている。「[感性]はいわば受動的な働きであり、[悟性]は自発的、能動的な働きである」)。次に(「純粋論理学」と「応用論理学」に「論理学」を区分して、前者だけが学問として成立するとする)としている。ここでいう「応用論理学」とは「悟性」の用い方に該る。これを「主観の偶然的条件によって規定された悟性使用」)・・・と、いうのだが、なんか難しいので、解説を入れておくと、カントにいわせると、[注意力やその結果、間違いの原因、疑問、確信などの状態がどんな具合であるのかを考察すること]、これがいわゆる「経験」に該る。いわゆる「経験」とは、「悟性」の「使用法」でしかナイというワケだ。もう一つカントのコトバを付け加えれば「『私は考える』という意識が、私の一切の表象に伴いうるのでなければならない」ということだ。意識はココロの作用、表象というのはイメージというふうに思っておけばイイ。つまり、どのような認識も、他人が考えているのではなく「私」(ただ一人のワタシ)が考えている、という対象識知(リンゴならリンゴをリンゴと理解すること)の基本原則がなければ、つまり、「自分のもの」として「考えること」を統べることが出来なければ、そこいらじゅうにたくさんの自己が存在することになる。なんだか面倒(というかアタリマエのこと)をいっているようだが、理屈ではそうなる。「先験的」とは文字通り、経「験」の「先」に在るものだ。例えば、ものごとの「原因」という概念を「必然的なもの」として考えるとしよう。そうすると、この「必然的なもの」は、「経験」をどう転がしても取り出せはしない。どういうことかといえば、この「必然的なもの」の例として「数学の類」を考えてみれば、納得がいきやすい。認識の原則を「経験」とするならば、普遍的な識知である数学は「経験」による認識ではナイということになる。とはいえ、「人間は経験を通して考えるのではナイか」という反問が飛んできそうだが、それは、半ばいいがかりというものだ。考えることが出来なければ「経験」など出来ないからだ。いくら金槌で頭を叩かれても、それが金槌で頭を叩かれているのだと[私が考え]なければ、「経験」にはならない。このブログの主旨に沿ってこういう例を提示しよう。東京在住の元劇団員女優が、私にこういったことがある。「想さんは、女性というものは、あだち充のマンガに出てくる、ああいうふうなものだと思っているでしょう。でも、それはまったく間違ってます。あんな女性は存在しません」・・・たしかに私自身の経験でも存在しなかった。とはいえ、romanticistの私としては、何度、恋愛を経験しても、ああいう女性が存在すると[私は考えている]のだ。ロマンチストけっこう、でなければ、戯曲など書けるワケがナイ。さて、講釈はこれくらいにして、本筋に入っていく。

2011年6月22日 (水)

恋愛的演劇論・14(改稿)

『演技と演出』(平田オリザ・講談社現代新書・2004年)を吟味、考察しつつ、疑問の幾つかも提出しながら読んでいく。ただ、そういう営為は「いま」私たちに、ある憂鬱に近い躊躇を持たせる。それはたぶん、一時の「静かな演劇」のブレイクの後、私たちがこれから行おうとしていることなど、すでに各方面からいいつくされているか、あるいは、もう世間は、演劇政治家平田オリザに関心があるのみで、彼の演出論や演技論などは、どうでもよくなっているのではないかという、こういうご時世の持つお決まりの通時的な変遷のせいだ。これは、私の伊丹想流私塾(アイホール主催の戯曲塾)の師範を務めたこともある中村憲司のブログ『中村駅長日誌』にいみじくも書かれたように「この十年で、平田オリザさんの作品がスタンダードになったような気がする。客席に背中を向けるのも、同時多発ダイヤログも王道のように感じる」という文章によく現れている。この「王道のように感じる」という印象は重要だと思う。世間の若いひとのあいだでは、すでに演劇たるや、平田オリザ式のものが現代演劇の主流で、アトは、antiオリザか旧式演劇の反動的復活のように受け止められているのではないか、とここもまた屈託の要因だ。
平田オリザ氏は、自らの演劇を「静かな演劇」と謳ったことはナイ。彼の主張は『現代口語演劇』というものだ。それは、(彼のコトバをそのまま使うなら)従来の新劇でも、アングラ・小劇場演劇でもナイ演劇だ。そうして、それは、文字通り台頭してきて、現在にいたっている。ところで、幸か不幸か、私は、オリザ氏の政治的動きに対する批判を耳にしたことはあるが、彼の演劇論に対する真っ当な批判は聞いたことがナイ。(主な原因は私の閉じ籠もり-出無精その他による怠慢からだろうが)もちろん、それらは楽屋や酒の席では語り尽くされているのかも知れない。例えば、私のよく知っている関西の女優が、何かのきっかけに「青年団の芝居はなんか変やねんけど、そのなんかがようワカリマセン」と、私にもらしたことがある。また、北九州の小劇場で、私の作品の終演後、受け付けで、上演台本にサインを入れている私の仕事が終わった直後、唐突に私に「今日の作品の最後の詩は谷川 俊太郎の引用ですか」と質問した若い女性がいたのだが、「いいえ、あれは私のオリジナルです」と答えると「 私、谷川俊太郎さんが好きなんもので」と、踵を返して名も告げず去っていった。ちょうど、劇場のスタッフがいたので、「あのひとは何だか妙なお客ですね」と怪訝にいうと、「彼女は観劇もしたようですが、純粋な観客じゃなくて、最近バイトでスタッフをやってるもんですよ。元、青年団にいたもんですから(しょうがないですよ)」と、ちょっと呆れがち、諦めがちにいうのだ。で、さもありなんというふうな空気があって、この空気はなんだろうなと、その時はそう感じたのだが、似たような雰囲気を体験することが何度もあった。つまり、「あれは、元、青年団だから」という、何だか、芸能界の学会隠しみたいな、この如何にも「青年団崩れ」とでもいいたげな雰囲気は何なのだ、という、空気である。(この理由は、著書にある「旅ですか」という問いかけの仕方で、後ほど、ああ、そういうことかと納得出来る)さて、酒席のネタにはなっているかも知れないが、昨今『劇場法』とやらで騒がしい彼の演劇政治姿勢などはとりあえずどうでもいいとして、彼の思想を知るには、彼の演劇論を知るのが手っとり早いと考える。『演劇入門』『現代口語演劇のために』も読んではみたが、ともかくは、この『演技と演出』を読んだ私なりの考えを、書き留めていく。例によって、私の脳の出来具合から、思考、発想が電子の運動のように(あっちゃこっちゃと軌道なく、ということ)なることを許容していただくことを予め述べておいて、やれるだけやってみる。

2011年6月21日 (火)

恋愛的演劇論・幕間

さてと、以上が、私の大法螺、嘘、インチキの寺山修司小論だ。ロラン・バルトの『表象の帝国』ってのには、自分でもおそれいったけど(正しくは『表徴の帝国』)。「表徴」なんてコトバ使わないもんなぁ。私なんかず~~っと「表象」だと思っていたので、だって、エクリチュールでしょ、書きコトバが孕む記号的多義性なんだから「表象=image」のほうが、しっくりくるんじゃないのかねえ。寺山さんが、バルトを読んだかどうかは知らないが、私は、本屋で立ち読みしただけですから。もう10年くらい前ですが。
とはいえ、なんとなく、テラヤマ論ふうにはなっていたのではないでしょうか。
寺山さんのところにいて、批判的にそこを脱け、ほんとに天才的に活動したのは東由多加だと思ってます。東京キッドブラザースです。大阪にも、横山ホットブラザースというのがいましたが、こっちも面白かったですけど。
寺山さんは、いろんな文化人と影響しあったと思いますが、若者に強く影響を与えたのは東由多加と、その劇団、東京キッドブラザースのほうでしょう。私は、彼のミュージカルが何故、世間にもマスコミにも無視されつづけたのか、よくワカラナイでいるんです。あのmusicalは、和製ではあったけど、Japanではなく、何処の国にもナイ、しかし、演じられる時間(年数)が限られているという運命を背負った、つまり、東由多加の弁でいうと「30歳を過ぎた大人は信用するな」のmusicalでしたから、若さってのは儚いもんだぜという、宿命がありましたから。それだけでも、せつないmusicalでした。qualityでいえば、いま日本のあちこちに大劇場がある、大ミュージカル劇団なんか目じゃない。
でと、話は飛びますが、私ゃ訊きたいですな。石原裕次郎ファンに。あの石原裕次郎が、次第に年齢を重ねて、ムード歌謡なんて唄うの、ほんとに良かったですか。私は晩年近い裕次郎さんが、映画『影狩り』で、満足にカラダの動かない殺陣をやるのを観て、こんなふうになるまで、やんなくていいよ、もういいから、と、泣けました。
東由多加は、寺山さんの「故郷」やら、実験劇やらを、かなり冷やかに観ていたんじゃないでしょうか。寺山さんにこういいたかったんじゃナイでしょうか。「あんたさ、ほんとに傷ついてみろよ」。しかし、寺山さんは傷つくどころか、満身創痍の病気のひとでしたから。相米慎二監督が、寺山さんの映画の助監督やってたことがあります。そのときのことを私に話してくれましたが、「あの野郎は、これからって時に、今日はこれで終わりますって、8時頃に撮影、やめやがんだ。ふざけんなだよ」。いや、毎日酒くらって、煙草ばかすか吸って、肺ガンで、相米さんも早死にしましたが、寺山さん、カラダきつかったんだろうなあと、私は、この一点だけは、寺山さんにシンパシーを感じます。
私なんかも、稽古時間は極めて短いです。ですから、無駄な稽古はしません。何故、短いのかというと、眼ですね。毛様体が硬くなって、水晶体も同様に鈍くなって、1時間ばかりすると、もうピントが合わなくなって、役者の顔がぼやけてきますから。で、アトはたいてい、せりふを聞いているという感じかなあ。
では、そろそろ、幕開けです。

2011年6月20日 (月)

恋愛的演劇論・13

東京人は、およそ四つに分けられる。東京土人(土人というのは、古くから住んでいる土地のひとという意味だ。差別用語などではナイ)、故郷を棄てたひと、故郷に棄てられたひと、故郷と密通しているひと。大阪や名古屋の場合でもそうだが、資本制文化というものは(この反対を伝統文化ということにして)、たいてい土人の創ったものではナイ。大阪土人などは、表にすら出てこない。東京資本制文化もみな、日本各地のいわゆる地方からやって来た者たちが創ったものだ。いまの若いひとにはワカラナイだろうが、むかしは、「東京にいけば何とかなる」という風潮が日本にはあった。その逆に「東京は生き馬の目も抜く」という戒めもあった。「僕の恋人、東京にいっちっち」なんて歌もあった。東京は中央集権で、文化も集中している。このことは否めない。いわば東京というのは典型的な縮小都市だ。大阪がいま、関西圏としての拡張という都市計画を持っているのは、その正反対だと思えばいい。ここでいう「縮小」というのは、たとえば、新宿の裏側を歩いてみるといい。ラブホテルの真ん前に、小道を挟んで能楽堂がある。巨大ビルの中の大資本の会社に入れば、一歩も外に出なくとも生活していける。宿泊施設は基より、カフェがあり、レストランがあり、酒場があり、ゲームがあり、カラオケがあり、温泉があり、各種宗派の礼拝堂まで揃っている。
しかし、テラヤマの観た、故郷の恐山のごとき地獄まではナイだろう。また、柳田国男の記した天下の奇書『遠野物語』の深層風景を、日本の各地から、東京という虚構の街に上京してきた人々は、東京という虚構の許容の中に、埋めてしまっている。そうした故郷失踪者にテラヤマはいう。「掘ってみろ、キミのココロの畑からは、母親の真っ赤な櫛が出てくるんじゃないのか」。テラヤマの企みは、自身の故郷や少年時代の過去を「嘘」という「虚構」で描くということによって、逆に東京の「虚構」を逆写像しようというのだ。これは映画『田園に死す』の持つ、paradoxだ(だいたい、タイトルのネーミングからして、そうなんだから)。「家出」をすすめるという過激な誘惑の裏には、「キミの家出など、簡単至極な嘘なんだぜ」という、例の含み笑いがみえるのだ。東京にうごめく地方人たちに突きつけた、テラヤマの「東京、そんなものはナイよ。あるのは、トウキョウという虚構だけだよ。キミたちが東京というとき、それは、トウキョウという存在しない他者のディスクール(言説)だ」という鋭い逆理だ。
コトバという「虚構」で創られた街「トウキョウ」に、テラヤマは、もう一つの強い共同幻想である「故郷」を、あたかも「虚構=嘘」のようにみせながら、「トウキョウ」という「虚構」の解体を試みたのだ。『田園に死す』のラストシーン(これは、もともと、川島雄三が『幕末太陽伝』のラストシーンの構想として持っていたアイデアだが、主役のフランキー堺の猛反対て実現しなかった)で、青森の旧家が屋台崩しで壊れていき、新宿の街が現れる、あのshockingなシーンに、観客は故郷の旧家が消失してしまうのを観たのではナイ。むしろその逆に、自身の中で忘れ壊してしまったはずの故郷とは「虚構=嘘」に他ならなかったという、深層をえぐられる、驚きだ。つまり、東京文化人、そうして東京の地方出身者は、テラヤマのscandal性や表現そのものに翻弄されたのではなく、テラヤマが背負って引き連れてきた「故郷」が驚異だったのだ。
しかし、テラヤマもまたロラン・バルトの『表象の帝国』を賛美するようになると、逆にトウキョウは、「虚構」から離れある種の「現実」となっていく。

2011年6月19日 (日)

恋愛的演劇論・12

寺山修司も、また、故郷青森を離れて東京に出るときは、あるいは、その東京に立ったときは思ったに違いない。「東京も、またトウキョウという虚構ではないか」と。

  東京も開いてみれば街の本ページめくれば虚なる空

ここで「も、また」というのは綺羅、星のごとき天才たち、太宰治、石川啄木、高村光太郎、宮沢賢治、と同様にという意味ではナイ。また、川島雄三ともチガウ。寺山修司にとって東京は、たった一歩で征服すべく街だった。そのたった一歩は「虚構」という力であり、その根源には彼が終生棄てなかった故郷があったように思う。

 ふるさとの訛りなくせし友といてモカ珈琲はかくまでにがし
 かくれんぼ鬼のままにて老いたれば誰をさがしにくる村祭

その虚構の力は、市街劇という特異な演劇を生み出した。市街で劇を演じるのではナイ。市街を劇場に観立てるのだ。これはテラヤマの仕掛けた、東京の「現実」に対する「虚構」の挑戦状だ。scandal性の高いこの「虚構」は、大きく海外でも成功するが、時代の変遷とともに、不幸な終息を迎える。寺山の死の3年前、1980(昭和55)年7月中旬に起きた彼の「のぞき魔事件」だ。当時の朝日新聞の記事はこう記している。
《劇作家で前衛劇団「天井棧敷」の主宰者として知られる寺山修司(44)=東京都港区元麻布3丁目=が、7月中旬、渋谷区内の他人のアパートの敷地内をうろついていて付近の住民につかまり渋谷署に突き出されていたことが31日明るみに出た。寺山は住居侵入の事実を認め、2日後に釈放、罰金の支払いを求める略式起訴をされた。渋谷署の調べによると、寺山は7月13日午後10時ごろ、渋谷区宇田川町8丁目、「八幡荘」=小林要さん(70)経営、木造モルタル二階建て、4世帯入居=の敷地内に入り込み階段付近をうろついているところを階下に住む小林さんの長男の重正さん(37)に見つかった。重正さんは、数年前から同一人物がうろついているのに気付いており、110番するとともに渋谷署に突き出した。アパートは路地の奥まったところにあり、通り抜けはできない。二階の3部屋がアパート、一階が重正さんの自宅となっており、重正さんが気づいた時、寺山は外から二階に通じる階段の上り口付近でキョロキョロしていたという。「何してるんだ」と問いつめると、寺山は「散歩している……」といったまま、しゃがみ込んでしまった。5年ほど前もしばしばこのアパート付近をうろつき、一度は警察ざたになったこともあったため、また来たと思って警察に届けたという。「天井棧敷」の事務所の話では、本人は現在、映画のロケで香港各地を移動していて連絡がとれず、日本に帰国するのは8月下旬の予定という》
この事件には、尾ひれがついて、噂は大きくなる。しかし、テラヤマの弁明によると、ほんとうは、出版社から書き下ろしで刊行する『路地』のために実地調査をしていたのだ。「オルグレンという作家のルポルタージュ“Division Street“に触発された。彼は自分のアパートの近くにあるひとつの小さな路地を毎日、意味もなく訪ねて行って、そこの住人たちと、とりとめない会話をしては記録しておいた。それも20年以上にわたってつづけたんだよ。膨大な記録を整理したのがその本で、(中略)一軒ずつの家の生成と消滅とか、飼い犬の歴史とか、ゴミ箱の位置の変更とか、犯罪事件とか、じつに細部にわたって書きこまれている。かれはその行為を〈日常生活の冒険〉と呼んでるけど、とにかくおもしろい本だったんだ。それが今度の企画のヒントのひとつになった。で、ある一定の期間、うちの座員にその町に住んでもらって、実地調査をするというフィールド・ワークも考えてるんだ。これは〈天井棧敷〉がやってきた市街劇の一種だといってもいい」
しかし、この「虚構」はもう、いまの「現実」では通じない。私たちはいまの「現実」というものが、フーコーの述べたように「監視」というまったく「意味の変わった観客」を登場させたと認識しなければならない。

2011年6月18日 (土)

恋愛的演劇論・別記

『流山児祥オフィシャルブログ0617』に転載されている広瀬隆氏の〔「電力会社が自家発電をフルに利用すれば電力不足が起こらない」、この事実を国民に知られると、産業界からも、一般消費者からも、「送電線を自家発電の民間企業に解放せよ!」という世論が生まれる。「送電線を すべての日本人に解放せよ!」という声をあげることが、即時の原発廃絶のために、まず第一に起こすべき国民世論である。〕についていうべきは、そのコストと、リスクと、猫に鈴の問題だけだ。べつに流山児ブログに水をさすワケではナイが、たしか、送電線については、以前、広瀬隆氏は、そのロス(放電によって、30%程度の電力が失われる・・・とか、だが、私はこの点については資料も持ち合わせていないし、専門でもナイので確かな事実ではナイ)について原発を東京に造れと主張されていたような記憶がある。広瀬氏の著作は最もブレイクした『危険な話』を主に読んで、と学会の山本弘氏の広瀬論批判を読んだことが、ずいぶんむかしにあるが、かなりの部分、山本氏の論評(広瀬氏の誤謬についての指摘)に分があったと記憶している。
コストとリスクについては、いうまでもナイが(つまり資源輸入国の日本にあっては、原子力は経済的に安上がりだという算盤がある。とはいえ、この算盤は、フクシマ以来、再検討されているようだ)。猫に鈴というのは、誰が、どういう手段方法と責任を持って、産業界(というのが、具体的にどういう業界かワカランのだけど)に掛け合うことを請け負うのかだ。〔「送電線を自家発電の民間企業に解放せよ!」という世論が生まれる」〕保証などいったいどこにどんなふうにあるのか。これは広瀬氏の「虚構」にしか過ぎない。つまり、この一文はいわゆるagitationだ。かなり良心的にみても、問題提起という部類だろう。まあ、早い話、あんた(広瀬氏)が先頭に立ってやったらどうなんだ、というところだ。運動というものに随伴、煽動するintelligentsiyaに感じる焦燥感は、いつも同じだ。

『異邦人』(AAFリージョナル・シアター2011~京都と愛知・京都舞台芸術協会プロデュース公演・作、山岡徳貴子・演出、柿沼昭徳)について。西田聖の深遠な森と、幾何学的な小屋の見事な舞台美術をまるでジャングルジムとお砂場のある保育園のようにダメにした責任と、それぞれが達者な個性ある役者の演技を、悪しき高校演劇のレベルに貶めた恥辱は、すべて演出にある。悪しき高校演劇のレベルというのは、具体的にいえば、下手なのに観客慣れがしているように、つまり媚びた演技をしているかのように、役者がみえてしまうことだ。山岡もすでに手練の者なのだから、ちゃんと、きちんと、しっかりと(これ、国会で最も多く政治家が使うコトバだけど)こういうときは新作を書くぐらいでナイとアカンですよ。なんだ京都ってこんなもんかって思われますよ。

2011年6月17日 (金)

恋愛的演劇論・11

そもそも商品(自身も含めて)を売るという行為の半分はインチキなのだ。アメリカのセールスマンの合いコトバは「誇張はすれどウソではナイ」であり、これはいつの間にか日本でも面接のときの自身の売り込みの心構えとして定着している。いまでは、多少このコトバは変容して「効果には個人差があります」というのが主流になった。つまり、サプリメントが大量にあふれるこのご時世に、効果のほどは、サプリメント自体の問題ではなく、それを用いる個人の問題となったワケで、これは、発売元のハナっからのイイワケ、逃げ口上、つまりいうなれば、インチキ紙一重だ。テキヤも薬事法で薬品は売れないので、サプリをそれらしい高価な薬品のごとく売る場合があるが、買った客には名刺を渡す。何かクレームがある場合は、そちらまで、というワケなのだが、もちろん、住所も名前も電話番号もデタラメだ。
映画も演劇もインチキをしている。キャッチコピー(惹句)の他に、最近では、識者、有名人の感想がひとこと羅列され、その映画がいかにスゴイかと煽るのだが、週刊誌などの雑誌に書かれる寸評はもとより、新聞におけるわずか2~3行の文句にも、ちゃんと原稿料が支払われている。これもまあ、観るひとの個人差だから、いくらひどい映画でも、問題は映画のほうにではなく、個人に帰せられる。
最近は映画も演劇どうように、ハズレの確率が高くなってきたので、(その理由は意外と簡単だ。錢と時間がナイ、これにつきる)演劇も肩身の狭い思いをすることがいくらかは少なくなった。それでも、映画のように特割1000円dayを増やすことは出来ない。どうしたって2000円以下での上演は無理だ。一回の公演で30万円の赤字が出て、劇団員が10人であれば、一人頭3万円の持ち出しになる。5人ならば、6万円だ。そこへきて、チケットノルマが重なれば、2回ばかりの公演で、劇団は瀕死の状態を迎える。極端に思えるかも知れないが、これは殆ど「現実」なのだ。「虚構」で稼ぐしかナイのだが、あいにく「虚構」には使用価値もなく、交換価値も定まったものではナイ。これは「虚構」というものに、等価形態や相対的価値形態という、およそ商品にあるべき価値形態が確立していないからだ。そこで、人寄せパンダか、いまを花の若手芸能人の使用価値を物証化させていくしかナイ。この物証化(人と人との関係であったものが、あたかも、モノとモノとの関係に替わること。モノそのものが最初から価値が在るモノとして、他のモノと関係すること)こそは、一つの「虚構」であるのだが、「効果には個人差がある」ものでなく、なんびとにも、ある程度の効果を与えるのだから、あながちインチキとはいえないのだ。「虚構」の持つ力ではあるのだろうが、さて赤字で瀕死の劇団が第三回公演に、赤字脱却作戦として、「女優が全裸で出演します」という惹句をチラシに出した。で、料金を上げて(こういう場合は高くしたほうが信憑性が増す)の、特効公演だ。で、客は、来るのである。この場合は「女性の全裸」が物証化している。しかし、これは「虚構」といえるのだろうか。「必然性があるのなら、私は全裸も厭いません」と、ある高名な女優がいったとき、「必然性なんてなくても、私たちゃ脱ぐんだよ」と、ポルノ映画の女優がせせら笑った、という話は有名?な逸話だ。

2011年6月16日 (木)

まずは、つれづれに

「真理はあるのか」というより「何故、真理があるのだろう」という問いかけを私は好みます。たいてい、私の自問自答、思考の方法はそれです。

communicationについては、のちにまた論じますが、煎じ詰めていうと、communicationをとる最も簡単な方法は、「自分をワカリヤスクする」ことです。この辺りは、自身の虚構化というカタチで論じられると思います。
東京というところは、「自分をワカリヤスク」しないと生きにくいような街です。もちろん、これは感想批評でしかありませんが。ここには、communicationが、相互理解というよりも、許容というカタチで露出します。これは、表現者になると、「私はこういう表現方法・手段・技法、で表現するものだ」ということを業界、世間に知らしめる能力を要します。「誰々は、こういう者だ」という許容と了解が相手方(業界や世間)にナイと、ここではcommunicationは成立しません。これはcommunicationの意識過程にみえて、すでにそれが転化した自然過程とみることが出来ます。communicationにも、自然過程と意識過程があるのだということ、これは、communicationを考える場合にタイセツなことです。
その辺りからも平田オリザ氏のコミュニケーション論を考察していくつもりです。

〔一人の人間が「蒸発」するという事件はしばしば起こるが、一人の余分な人間が「勃発」するという事件は前代未聞である〕(流山児祥オフィシャルブログ、0616)この時代、一人の人間が「蒸発」、消えようと、その逆に「勃発」、出現しようと、そんなものはどちらも事件でも、前代未聞でもありゃしません。「勃発」の場合、いまではこれを「不審者」と称するだけです。私は寺山修司の短歌や映画は好きですが(特に短歌には影響を受けています)、詩や演劇にはまったく興味はありません。この時代、何故、寺山修司なのかが、まったくワカラナイ。もちろん、寺山修司研究家にとっては、時代を越えてテラヤマなのだろうけど。「書を捨てよ街へ出よう」たって、書なんて、いま持ってる(読んでる)の、いるのかな。みんな街へ出てるじゃん。
いきなり無関係な人間が、見知らぬ男(女)の狂気によって、街中で、多数刺殺傷害されるこの時代に、街頭演劇は、事件(虚構)たりえるのか。事件なら、万引きで足りる。店頭5mまでは、犯罪にならないから、まず訓練に、本でも、果物でも、ギリギリ店頭5m以内まで、盗み出すってのはどうかな。

女性の5割は男性にはワカラナイ。残りの5割においては男性は絶望している。それでも女性を恋慕するのは何故なのか。「ひょっとしたら、このひとはチガウのではないか」という根拠のナイ希望が、幻想があるからだ。演劇の5割はワカラナイ。残りの5割については絶望的だ。なのに何故、私たちは演劇を追い求めるのか。「ひょっとしたら、何か秘められた財宝が隠されているかも知れない」と、まるで『紅孔雀』のように自分の宝物をみつけたいからだ。もちろん、それは「自分さがし」などではナイが、多くのものは、この「自分さがし」でさへ、「そんなのはもう流行おくれだ」という水準で、本質を放逐しつつ忘却しているだけだ。「自分さがし」でいいから、SLOFTにいらっしゃい。迷える子猫ちゃん、小羊くん、ちゃんと「自分」を教えてあげるから。

2011年6月15日 (水)

どうでもいい話がつづきます

紫綬褒章というものが、どういうものなのか、この年になって、知らないでいたので、調べてみたら、なるほど、勲章なんだ。しかし、野田くんには似合っても、柄本明さんが、あんなの首からぶら下げるかねえ。

銀輪は勾配深きをものとせず一気に登るきみは美し

こっちはゆっくり自転車ひいて歩いてるんだからなあ。そういや、高校生の頃、あちきも自転車で通いました。長い勾配のある坂でしたが、一気にいきましたねえ。ホモっけがあるのかないのか、男子諸君の若さがまぶしく美しいですな。(いろいろですけど、中にはそういうのがいまするの)。ところが、セーラー服のほうは、どういうワケか、みな子豚ちゃんです。これから美しくなるのかなあ。この辺に、男女の成長の差があるようです。女性は、異性によって美しくなります。男性は、おのれの生き方次第です。高校生あたりまでは、男性がリードしているんですが、大人に近づくと、女性に抜かれます。女高生で自身のブスに嘆いているひと、そんなの、すぐに綺麗になりますよ。男性は、たいていがどんどん凡人になりますな。イケメン、あんなの、何処がええんです。私は何の興味もござんせん。
風邪の後遺症のだるさが残っております。まだ、脳は論理的にも、感性鋭くにも働きません。tourと引っ越しの疲れで、カラダのあちこちが痛みます。にも、関わらず、ここぞとばかりに(どこぞかは知りませんが)昼間っから、飲んでるんですねえ。アルコールは独りでしか飲みませんから、ひとさまから「暗い酒」だなといわれます。面倒なので「そうよ、暗い酒だよ」と答えておきますが、他人に気を使うこともなく、騒ぎながらというストレスもなく、とにかく話をしないですみ、さらに、自身の思考、妄想、に静かに酔うことが出来る、これ至高の独り酒。複数では、ほんとに飲めないんですな。ビール一杯で気持ちが悪くなりますから。ですから、割り勘なんぞで飲みに行くのは、他人の酒代払っているよなもんです。
何処で死んでもいいんです。いつ死んでも仕方ないでしょう。こればっかりは自由になりません。錢の切れ目が命の切れ目てなこといいながら、錢、欲しいなあ、と思う自分を軽蔑します。しかし、自分を軽蔑することからしか、始まらぬ真もあるのです。私はそっちの真のほうを信用しているだけですな。

2011年6月14日 (火)

風邪にて、休憩中

予定どおり、風邪をgetしたため(風邪などひかずにすまそうと思えば、出来ないことではないのだが、風邪をひくくらいでないと、ゆっくり休むという方法を知らないので、tourと引っ越しが終われば、ひく予定だったワケ)、また、引っ越しそのものは順調に終えたが、住環境を創るのに、意外に手間取って、つまり、ソーメンを食べようとして麺を茹でたまではいいのだが、そこで笊のナイのに気づくとか、物干し竿を買いにホームセンターに出向くため、引っ越しを手伝ってくれた女性の一人に地図を書いてもらったのだが、女性に地図なんて書かせてはいけない。位相幾何学的に、近傍にマチガイがある。私は三度、地図どおりに(といっても、地図どおり行けなかったのだが)ホームセンターに向かって、たどりつけず断念した。で、翌日、断念した地点まで行くと、遠くに看板がみえるのだ。そうか、ここで断念せずに右に曲がれば良かったのかと、笊と物干し竿を買い、帰り道、来るとき右に曲がったのだから、左に曲がればもどれるハズだという、常識的判断をして、そうしたら、何がどうなったのか、迷子になった。私は自身の脳のcompassには自信があるので、まあ、何とかなるさと、進んでいくと、見覚えのある大きな池の公演に出た。こりゃあ、かなり、チガウということはワカッタ。次第に汗まみれになる、そこへきて、便意をもよおす、風邪ひいてんだから、意識が遠のく、自転車がふらつく(物干し竿持ってんだもの)、こういうときのコンビニはありがたい。さっそくトイレを借りて、次に帰るべき場所を訊いて、だいたいの方向を教えてもらう。で、goal inしてshowerにビール。こんなふうに書くと、けっこう難儀しているように思われるだろうが、これが意外に楽しい。つまり、ロールプレイング・ゲームを実体的にやってるようなもんだ。
この辺りは、かつては山だったところだ。そこを宅地造成して、大きなものは中学校、高校、さすがに背の高いマンションはナイが、コーポや新築の一戸建てが並んでいる。最寄りの地下鉄からは、山ひとつ越えねばならない。この坂道が尋常ではナイ。朝早く、馴染みの喫茶店まで歩いて、モーニングを食す。そこで、新聞を読んで帰りかけると、登校する中高生の群れに出くわす。チャイムが鳴ってる。遅刻に走るヤツなんざいない。けっこうそのあたりは、ゆるくなってんだろ。高校のグラウンドの真横が、坂道で、ここを通ると、正門あたりにいつも教師が立っている。煙草を喫いに出てきているのだ。
私の住居のコーポは、10世帯分あるが、入居しているのは8世帯だ。その8世帯がすべて、何か決まりでもあるかのように表札を出していない。ご挨拶代わりに、ビール券を持ってまわったが、まだ4世帯と出会ったきりだ。面倒なのと、こんなものは縁のものだということにして、アトは知らん。ドアは閉じられたままだ。私は、ドアを全開にして、風を通している。やや高台にあるので、風は心地よく涼しい。
買い物に行くと、毎度千円札が財布から出て行く。預金通帳とにらめっこしては、錢の切れ目が命の切れ目、3年ならなんとかなりそうだが、5年はきびしいなと、思いつつ、しかし、3年前もそう思っていたワケだから、まあ、ことは成り行き、ケチケチせずに、やっていこうと思う。クラモチくんの享年62歳あたりまで生きていければ、充分だ。娑婆には、何の未練もナイ。つまらねえ人々、くだらねえ世間、こういうときはですな、ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』を読むのがイチバンですぜ。

2011年6月 7日 (火)

語り得るものは語らねばならない

この通信を終えると、引っ越しのため、しばらく開店休業となる。流山児★事務所の二人芝居tourを終えて、ずいぶんと勉強になることがあった。ある意味ではアポリア(難問)に遭遇したともいえる。そのことも含めて私たちの『恋愛的演劇論』は続くはずだ。べつに出し惜しみするようなことではないので、そのアポリアについて述べると、これは、私が劇団を営為していたときから持っていた、冗談のようなdilemmaで、「芝居をやるために劇団を存続させているのか、劇団を存続させるために芝居をやっているのか」というものだ。私は、結果的に、自らの芝居を選びたかったので、劇団営為を中止した。私はこのとき、「解散」というコトバは一切用いていない。(マスコミは、それが常套なので、そういうふうに書き立てたが)。「劇団というもので芝居することをやめる」というnuanceで、そのあたりのことは述べたつもりでいるが、適当なコトバがなかったので、「劇団はやめる」というふうないいまわしにしかならなかった。これは、私の語彙のなさの罪だ。ただ一人、劇団員として残った小林隆朗は、ナビロフトという小屋を存続させながら、今度、私とともにSLOFTを立ち上げることになった。その辺りの事情は、異論のある元劇団員もあるだろう。しかし、結局は、さまざまに、劇団を終えて、次のstageに立ったのだから、それはそれで、意義のあることだと思う。要するに、私たちは、ここで、そういった「劇団論」というものにも足を踏み入れる必要があると、課題を背負いこむだけだ。
もう、一つ、SLOFTを私は一種の「道場」ですと、他に説明している。伊丹アイホールでは、戯曲の塾を15年やってみて、自らのスキルから戯曲に関する考え方すべて、これを伝えていくということが、私自身が思っていたより重要であると悟った。ならば、このSLOFTでは、俳優・役者を創造することに、自らの演劇論の思想をすべて、投げ出そうと考える。かつて、熱き演劇論が闘わされ、あまりの熱さに殴り合いにまで発展した時代があったが、そういう時代を経て、かくなることはかっこ悪いことで、みっともないことで、大人のするべきことではないことで、演劇人たちは日常、演劇を語らなくなった。その代わりに怪しげなワークショップとやらがハバを利かせているのだ。また、真っ向からstraightに演劇を語る、平田オリザ氏の言説にイカレてしまう若者が多いのも当然といえば当然だ。つまり、オリザ氏の演劇論は、高校生程度のものなのだが、そのぶんワカリヤスイのだ。また、オリザ氏に対する反撥も、その政治性に対してであり、彼の演劇論に対してのまとまった批判は聞かない。しかし、批判すべきは真っ当に批判しておかねばならない。私たちは、演劇について、けして酒の席ではなく、ワークショップなどというあらたまった場所ででもなく、日常で、語り合ってもいい時代に、すでに生き始めているのではないのか。演劇を始めた若者は、演劇に生きてきた者たちに、演劇について話を訊きたがっているのではないのか。シニア演劇もよろしかろう。老人ホームで歌を唄わされるよりはずいぶん、マシだ。熟年女性の演劇もいいだろう。韓国俳優にうつつをぬかしているよりは、マシだと(ブーイングを虞れずに)いっておく。しかし、私は演劇を始めた若者たちに、演劇を語るつもりだ。それが、恋の秘密を語るかのように語れなければイケナイと思っているのだ。logicをromanticに語るのだ。論理でromanceを解くのだ。
ムンクやゴッホは、自らの経済的存続のために絵を描いたか。生前一枚の絵も売れず、かつ、精神に変調まできたしながら、絵を描き続けたゴッホのような闘いが、私たちにも始まる。たとえそれが、Don Quijoteと、嘲笑されようともだ。

2011年6月 6日 (月)

暫く

昨日、tourを終えて帰ってきました。いろいろと、勉強になりました。そのことも含めて、引越が終わったら、また、書き始めます。もう少しお待ちください。

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