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2011年5月12日 (木)

いいことあるぜ子猫ちゃん

まだ、work1『夕月~在るハムレット考』とwork2『この世の果てへ』のキャスティングをしただけなのに、これからのことを述べるのは、せっかちかも知れない。性分だから仕方がナイ。SLOFTについていえば、演劇の道場だと理解してもらえばイイ。とはいえ公演もある。何の道場かとさらに突き詰めれば、〔演技力〕をつけるための場だ。「演じる」ことと、「演技」と、〔演技力〕というのはチガウものだ。〔演技力〕というのは、ごくふつうにプロ・アマを問わず誤解されているように、演技の上手下手、その実力をいうのではナイ。たとえていうならば、ふつうの役者たちが、「演劇」という器にその身を投じるのとは逆に、自らという器に「演劇」を入れることだ。演劇という集合の要素として自らがあるのではなく、自らの集合の要素として演劇があることを〔演技力〕という。そのperspective(見通し)をいえば、まず、初回公演には、シェイクスピアを選んだ。これは、舞踊、舞踏、ダンスの何れの流派においても、その基礎がクラッシックバレエであるのと同じだ。まず、Shakespeareというコトバの壁を登ろうではないか。次の『この世の果てへ』のmotifは、とりあえず、いまは解説しない。work3は『デザートはあなたと』というミステリ劇だ。ここでは、それぞれのcharacterというものを鍛えてもらう。次の私の予定では『永遠が終わったらまた逢おうときみはいった』というdiscussion劇に挑戦してもらおうと考えている。ここらあたりまでで、三年目くらいになるかな、という算段だ。SLOFTは、加盟制だから、出自の劇団も現在の劇団活動も問わない。出演者でなくても、稽古に参加することは、出来る。道場だからだ。私はなにも、そこの道場主になって威張りたいワケではナイ。そんなことは、来てみればすぐにワカル。伊丹アイホールの戯曲塾『想流私塾』からは、この15年で150人以上の門下生が飛翔し、あちこちで賞とり合戦をしている。また、そこでも、演劇に身を投じるのではなく、自身に演劇をsectorするということがなされている。その塾で、戯曲という概念を根底から引っ繰り返されながら、ともかくも1年で戯曲が書けるようになった塾生は多い。だからといって、私は、演技の概念を引っ繰り返そうなどと考えているワケではナイ。さまざまないまふうの「演技論」に対しての、私の立ち位置を明確にして、私ならこういうふうに考えていると、小難しい小癪な論理や、輸入専門のインテリ演劇論や、いい線いってんだけど、もちっと考えろよ的演技論に、騙され続けている小羊たちを救おうとしているだけだ。「演劇とは、演技とは、ひとことでいえない難しいものだ」てなことなら、人生だって恋愛だって、料理だって同じじゃないか。ひとことで平易にいえなければ、意味ナイじゃん。私が演劇を学問することを始めたのは、そういうことが知りたかったからだ。
SLOFTへ、おいでなさいまし、子猫ちゃん。

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