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2011年4月22日 (金)

息抜きの仕方

今年に入って、すでに三本(正確には三曲という数え方をするのだが)戯曲を書き下ろしている。メイシアターの『オダサク、わが友』はauditionのときには、出来ていたので、それを公演用脚本に補足し、さらに若干の改訂をして、これは去年の話だ。今年書かれた三本というのは、順番からいうと、SLOFTの第二回公演用の『この夜の果てへ』、東京の劇団二十一世紀フォックス七月公演への書き下ろし『R&J』、ついこのあいだ書き上げたのが、夢野久作の『ドグラ・マグラ』を基にした二人芝居『DOWMA』。SLOFTの第二回公演は、来年初頭の予定なのだが、応募者には、第一回脚本『夕月~在るハムレット考』とともに台本を送付し、このようなものをやる演劇ユニットですが、本を読んでから、応募を考慮して下さい。というような募集方法がとりたかったからだ。二人芝居『DOWMA』は、ふいに思いついたもので、傍に中村憲司がいたのと、船戸、津久間の女優二人がともに私の『怪人二十面相・伝』を独り芝居で演じているところから、じゃあ、この二人で、何か書けそうだったらと、まあ、そういうことで。titleのDOWMAというのは、造語で、「DO」グラ・「MA」グラと、「W」O「MA」ン、が二人「W」、でというコトバの並び替えだ。もちろん、英単語辞書にはナイ。ナイけれど、物語の上では、意味づけをしなければならないので、女性の一卵性双生児の呪術用語というふうにしてある。本歌の夢野本では、女性は主立った役は一人もいないが(モヨコくらいかな)、『DOWMA』では、この女性の一卵性双生児というのが、key codeになっている。
私のような渡世は、その仕事が錢になるのかなんないのか、ハッキリしない場合のほうが多い。小説なんかはボツ(というコトバは出版社には存在しないのだが)になれば終わりだし、売り込んでも、本になるという確率はかなり低い。戯曲は書き下ろしの脚本料が低額でも、再演や、他のところの上演で著作権料が発生するので、scheduleのゆるすかぎりは書く。散文(小説・エッセー・その他)のように印税が入ることは、滅多にないが、何がどうなるか、成り行き次第だから、書きたいときに書きたいものを書いておく。私は遺書なんか書くつもりはナイ。その代わりに、およそ出版の見込みがなくても、ヒマがあったら小説を書いている。この渡世に明日はナイ。てなことをカッコヨクいっても、そういうことが日常化しているのが、韓国だ。ソウル演劇祭に招聘されたときも、翻訳者で通訳のパクさんが笑いながらいってた。「いつ北が侵攻して来るかワカラナイから、私たちに明日なんてナイの。だから、今日を楽しく生きるの」。生きているという実感は、常にいつ死んでもヨシとする覚悟と背中合わせだ。そう、たいそなこといわんでも、この時代、生きているだけで、息抜きが出来る。一休享年八十八歳、親鸞九十歳、を思えば、南無(どうかよろしゅう)阿弥陀(無量の)仏(悟ったおかた)、amen(然り、なさるままに)。息抜きするのは他力がいいかも。

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