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2011年4月

2011年4月30日 (土)

恋愛的演劇論・6

たとえば私たちは自分が「ほんとうはどんな人生がおくりたかったのか」と振り返ることがある(もしくは出来る・・・こういうのを実存主義と、まあ、いってるようです)。このとき、振り返った人生というのは「現実」なのだろうか。それとも、過去を美しく、あるいは後悔の念で苛む「虚構」なのだろうか。私には、高校一年のとき、ずっと1年間、同じクラスで片思いをしていた女生徒がいた。二年生になったくぎりに、love letterを書いて、みんごとふられた。彼女の実家が牛乳屋さんだったということもあり、「今朝は遅刻しそうだったんで、店の牛乳だけ飲んできちゃった」なんてせりふを耳にしている。で、私はストーカーのように、自転車で駆けずり廻ってその牛乳店をみつけ、なんだか嬉しくなった記憶がある。それから、三十有余年、彼女が結婚して、関西にいることを知った私は、伊丹アイホールの公演に、招待した。彼女は娘と一緒にやってきた。彼女のほうは、もう30年の歳月で、まったく違う印象になっていたが、娘さんのほうがだいたい、その当時の年齢で、面影が強く、ああ、きっとこのひとだと思って、挨拶をした。それから、1年間の片思いの話や、牛乳店のことなど語ったのだが、意外にも、彼女の実家は牛乳店ではなかったし(私は当時、表札まで確かめたのだが)、それを根拠に、自分が1年間も私に思われていたことなど、冗談でしょと、相手にしないのだ。まあ、こんな私の恥ずかしき青春物語はどうでもイイ。いま、死の床にあるひとでナイ限り、これからの人生を、どんなふうに生きようかということについては、「ほんとうはどんな人生がおくりたかったのか」という過去を参考にする。(これをキルケゴールやハイデガーは「反復」というふうに称している)しかし、「これからどんな人生をおくろうか」は、まぎれもなく「等価原理」に置かれる。つまり、「現実」であり「虚構」である。やって来るのは「現実」に違いない。正しくはやって来るのを「現実」と称さねばならない。ある程度の資産も出来た家も新築した、子供たちは独立した、犬を飼った、さあ、この先の人生は、と、思った瞬間に、グラッときた。これは加速度ではナイ。地震だった。次は津波だ。そうして放射線だ。何もかも失って、佇んでいる「現実」。少なくとも将来、未来に夢を持っていた。それはimageという「虚構」だ。夢というものは叶えば終わる。「恋」というものもそれと似ている。あるひとが「魚釣りが生涯の趣味として最も素晴らしいのは、恋と同じだからです」といった。魚釣りは、魚を釣るまでが楽しいワクワクで、釣り上げてしまえば、アトは、釣った魚を自慢するところで終わる。恋はそこまでだが、魚釣りは、そのような行為を続行出来る。何度でも。釣れるかも知れない、どんなのが釣れるだろう、というのは「虚構」だ。「恋」は成就すれば、その場で終わる。何度でも続行というのは、ままあるだろうが、そんなにあるワケではナイ。恋多きなんとやらといわれたところで、人生の可限から知れたものだ。
皮肉なことに、「こういう人生がおくりたかった」というのは、過去の「現実」に強く依拠しているが、「こういう人生をおくりたい」という未来へのperspective(パースペクティブ・見通し、或いはニーチェは、たぶん、自身の存在を世界に適合させるために、他の存在者(対象)を類別して、自分の認識や表象(image)に繰り込んでいくことをいったのだと思う)は、ともかくは「虚構」だ。ただ、この場合の「虚構」は過去の「現実」に影響されているということに過ぎない。
そうして、過去の「現実」おいて、幾度も「恋」に失敗したので、今度は失敗しないぞとヤッちゃう「恋」が、けして成功するとは限らないのは、何度繰り返しても、「恋」は等価原理の中に在るからだ。恋愛初期において、「このひとを一生離しはしない」と思うのは誰しもそうだが、けっきょくは綾小路きみまろ漫談のネタになってしまうのも、また誰しもそうなのだ。従って、ひとはいつも「こんな人生ではなく」「ああいう人生が」というふうに「虚構」を繰り返し、ついに、「私は、生まれた時代が悪かった。江戸時代なんかが良かったな」と、そういうことを思うようになるから、昨今のごとき「時代劇」「時代小説」ブームの到来となる。それはもう紛う事なき「虚構」である。

恋愛的演劇論・5

「恋」というものは「愛」と同様、手の上に乗せて差し出せる類のもの(概念)ではナイが、それが実在しないものではナイことを、私たちは「先験的(教えられなくても)」に知っている。だって、私たちは、誰しもひとを恋しく思い、愛しく想い、身を焦がしたり溺たりなんてことをしているからな。最悪の事態では恋愛問題のもつれからの逆恨みの殺人や、失恋自殺なんてのもあるんだから。結ばれぬ恋に悩み、愛するひととの別れに涙したりと、まあ、枚挙に暇は無い。しかし、ほんとうならば、如何ような「恋」や「愛」あってもイイのだ。ただ、時代や共同体における、意識的な、あるいは無意識的な縛りや括りによって、「恋」や「愛」が「こうしたものである」と、さまざまにシフト・・・方向転換かな、ベクトルの向きといってもいいんですけど・・・(フーコーに依っていえば、ディスクール「言説・・・その時勢を支配する権力の言語活動による主流社会状況、とでもいうのかな」とかエピステーメー「その時勢の社会における共通規範、かな」などがありますが)されてきたに過ぎない。コトバを換えていえば、そのように漠然と思わされてきた、それに従ってきた、だけだ。そうして、それが、一つの「現実」として扱われてきたものだ。しかしながら、「恋」も「愛」も、「コトバ」のうえからだけ考えてみれば、それはそれ自体がすでにfictionであり、metaphorだということは明白だし、「二重化」された意味での現実性(reality)を同時に含んでいる。このとき、「二重化」された恋や愛は(その「コトバ」は)現実の方向にも向かうことが出来るし、虚構の方向へ向かうことも可能だ。これをいうのに、双方向性というよりも、むしろ、「等価原理」として扱ったほうがワカリヤスイように思える。
「等価原理」というのは、アインシュタインの一般相対性理論から導きだされた、考え方だが、それほど難しいものではナイ。「慣性質量と重力質量」は同じ(というか、判別がつかない)というもので、まあ、待ちなさい。ここで、う~んというほどのものでもナイことを、とりあえず示すから。「慣性質量」というのは、電車なんかに乗っていて、電車が動き出すとき、その反対にグラっと引っ張られる「慣性」からきている。「慣性」(かんせい)とは、ある物体が外から何らかの力を受けないとき、その物体の運動状態は静止を続けることをいい、運動する物体に力が働かないとき、その物体は慣性系(これは一種の座標系、つまりある座標に置かれた運動体と思えばイイ)に対し運動状態を変えず、等速直線運動を続ける。これを慣性の法則(運動の第1法則)というんですが。ニュートンがいったワケです。だから、電車でグラッは電車の加速度による物体の変化と考えたほうがよくワカル。「重力質量」というのは、アインシュタインの提唱したもので、重力のあるところでは、その影響で(引っ張られて)光も屈折するというものだ。(まあ、どっちも「引っ張られる」という体感でイメージすりゃイイ)。さて、いま宇宙空間でロケットに乗ってると想像する。で、このロケットが加速を始めると、電車のときと同じ、反対方向に引っ張られる。「慣性(加速度が止まっている物体に対して影響した)質量」が働いたという。ところが、ロケットが密閉されていた場合、そのロケットはたまたま、重力の大きな天体の傍に近づいたので、その天体の「重力」の影響を受けて、引っ張られたのかも知れない。ロケットは密閉されているから、中の人間には、引っ張られている原因は、ロケットの加速度によるものなのか、天体の重力によるものなのか判別がつかない。また、この引っ張られる力が等しいものだから、「慣性質量と重力質量」は等価であるとみなしてイイことになり、それを「等価原理」という。と、そういうことなんですが、これを「コトバ」の持つ「二重化」に適応してしまおうというのだ。「二重化」は「コトバ」の宿命である「現実性」と「虚構性」だった。「愛」も「恋」も、それを同時に所有している。そこで、これを整理していうと、「恋」や「愛」は「コトバ」のうえでは等価原理であり、現実とも虚構とも「何れにも」とれる、ということになる。

恋愛的演劇論・4

まず、「恋をする」「恋心を持つ」というところから、それが種族を遺す性愛を基底にしているという動物的、植物的な部分はエポケー(括弧に括る)ことにする。もし、そこに何かが生ずる場合は、それは二義的なものとして扱う。つまり、生殖本能、性欲についてと、「恋」するココロについての幻想は別個に扱って差し支えないという、前提、帰納的命題を置きたいからだ。この前提、帰納的命題は、恋愛抜きでもひとはいくらでもsexすることが可能だという、逆理からきている。
恋の謎は、宇宙の謎よりも深く難解だ。ここでは、そういう難問について何か述べることを目的とはしない。いうなれば、その恋心(幻想)に現れる「コトバ」と対の当人同士の変容を、現実と虚構の視点で追ってみたいだけだ。幸いにも、日本には、和歌・短歌という優れた恋の文学(虚構)がある。『百人一首』から、ポピュラーなものを選んでみる。

「忍ぶれど 色に出にけり わが恋は 物や思ふと 人のとふまで」(平兼盛)

などは解釈の必要もナイ歌だ。また、

「あひ見ての 後の心に くらぶれば 昔は物を 思はざりけり」(中納言敦忠)

も、よく知られて、解釈の必要がナイ。この和歌に共通するのは、どちらも、即自的(自分が自分に述べている)なことだ。これに対して(諸説はあるが)法然に恋をしていたとされている式子内親王の

「玉の緒よ 絶えねば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りをもする」(玉というのはたいせつなものの意、玉の緒とは命、つまり我が命よ絶えるなら絶えよ、生きればいきるほど、恋を隠しおおせる力が弱まってくる、という解釈になる)

は、対自的(何かに対しての自らの変容を述べる)になり、この二人の交わした和歌

「露の身に 結べる罪は 重くとも もらさじものを花の台に」(式子)

にたいして、法然は

「露の身は ここかしこにて 消えぬとも こころは同じ 花の台ぞ」

と返歌している。これは対他的(他のものに対して述べたもの)だ。ここで「台」というのは「うてな」と読み、本来は高台の意味だが、極楽浄土の蓮の花の台座というふうに解釈する。そう解釈すれば、現世では無理だが、極楽で契りましょう、ということになる。このとき、対自的な、最初の式子内親王のものは、自ら発したコトバによって自らを変容させていることになる。これは前回述べた、〔「語る側、書く側」が語ったもの、書いたものは「語る側、書く側」に対して逆に変容を強いることはナイのだろうか〕に呼応するところだ。つまり、自分が自分に向けたコトバによって自分を虚構化しているとみてイイ。このときの虚構化というのはナニなのかといえば、現実の「私」はたしかに存在するのだが、それに対して、変容した自分もいるのだ、という「二重化」を示す。つまり、ここでは「コトバ」は二重化されていることになる。これは、先述した短歌の「コップ」が、現実のコップでもあるが、虚構においてmetaphorを持った「コップ」になっているのと同じことだ。この二重化は、「コトバ」の持つ、一つの宿命のように思われる。

恋愛的演劇論(『現実と虚構について』・改題)・3

タイトルを改題した。なるべくワカリヤスク(ワカリヤスクというのは、身の丈、身近でそれを考えることが出来るということなのだが)したいからだ。しかし、この小論で私が述べたい、考えてみているのは、「現実」と「虚構」との関係についてだということに変りはナイ。「現実は虚構ではナイ」「虚構(fiction・metaphor)から現実は生じない」「然らば、現実と虚構はどう対峙するのか」ということについて、私の主に関わっている分野(territory)である演劇から、それをいいたいだけだ。ここにおいて、なにをアタリマエのことをいまさら、という感想と、そんなことならすでにポスト構造主義思想はいってるよ、という輸入専門店の門前の偽インテリ小僧のいう声を聞くことも出来るが、私は演劇においては、まったく輸入の演劇論を信用していないので(といって、国内の演劇論・・・そんなものがあればだが、それも信用していないので)、私なりに、稚拙であるにせよ、少しずつ前に進みたいだけだ。
絵画や文学や音楽と違って、演劇が現実のものと誤解されやすいのは、もちろん演じられる劇において生身の役者が舞台で役を演じるからだ。映画はscreenの中の出来事だ。たとえ、役者が観客席に降りてきても、観客席から登場しても、それは現実ではナイ。ただし役者が演技の途中でほんとうに死んでしまえば(心臓麻痺とか脳卒中とか)、それは現実のことだ。演じられる劇が街の中で行われようと、現実ではナイ。
しかし、唯一、例外が存在する。それがいまこの小論でとりあげている言語、「コトバ」だ。私たちは、日常でもコトバを使うし、それは戯曲において書かれる劇においても、舞台で演じられる劇においても、意味を崩さないようにみえる。
ここで、前回立てた問題〔「語る側、書く側」が語ったもの、書いたものは「語る側、書く側」に対して逆に変容を強いることはナイのだろうか。もう一つ、「もの」は、「語る側、書く側」の心的表出に忠実に、語られ、書かれているのだろうか。言語にかぎっていえば、表現は心的表出に正しく従っているのだろうか〕を改題したとうりの「恋」ついてあてはめてみる。少し回り道をしているようにみえるが、日常的(現実的)に最も虚構に近いと思えるのは「恋」であるし、先述したように当人にとって最も現実的(real)な問題はほかならぬ虚構に近いromanceだという目星をつけて、その類似性、もしくは同義性から、現実と虚構に接近する。つまり、ここに男女の対がある。のっけから好いた惚れたはナイとして、何れかが、何れかに想いを寄せるというところから、いうなれば恋の発端から、この現実と虚構を考えてみる。

2011年4月26日 (火)

現実と虚構について・2

結語めいていえば、現実を「語ること」という行為がすでに演劇なのだ。何故ならば、コトバというものは、すべてメタファーを含んでいると考えてイイからだ。心的表出が言語(書き言葉にせよ、音声にせよ)という表現に置き換えられるとき、そこには、必ずメタファー(比喩・譬)があるのだから。写実的表現、リアリズム演劇、そこにも、メタファーがあふれている。現代演劇の黎明期において、リアリズム演劇と距離をおいた岸田國士の戯曲が、どれだけ多くのrealityを持っていたか、彼の現実を観据える眼が、如何に優れていたか。彼は演劇における戯曲の優位性を説いた。(演じられる劇に対して書かれた劇が単にそのprocessとしてしか扱われていないことに異議を申し立てた)それは昨今のワークショップやら演技メソッドのシステムやらが戯曲との関係性を無視するか、あるいは関係づけられずにいるか、関係づける能力がその指導者にナイかに対する異議申し立てと何のかわりもナイ。
現実というのは、すべてがカントの述べた「もの自体」だから、その「もの」をコトバで語るとき、あるいは文章で書くとき、「もの」に対しての語る側、書く側の表現(心的表出)が含まれる。カントは『純粋理性批判』では先験的な対象と、悟性的な対象は仕分けているが、これは彼が概念として仕分けた先験的なものに対しても同様になされる営為だと考えてマチガイではナイ。たとえば、彼が先験的対象の概念であるとした「空間」というものも、それが言語化するや、必ず、表現(心的表出)を含むからだ。。「もの」と語る側、書く側との関係や了解が、そこで終われば、ほとんど問題はナイ。何故なら、語る側、書く側は、語ること書くことによって、「もの」を「もの」として手に入れたこと(識知したこと)になる。さて、やっかいなのはここからだ。「もの」を手にした語る側、書く側は、「ものを手にした語る側、書く側」へとの変容を余儀なくされる。識知した対象によって、識知した者が変容する。これがヘーゲルの弁証法と称される運動だ。さらにこの観念論的弁証法を唯物論的弁証法に、つまりマルクスふうに進めると、「もの」を手にした語る側、書く側によって、「もの」は、語る側、書く側に従うように「人間化」される。つまり身体か観念の延長上に変容される。例示すれば、ハサミは指の変容であり、グローブは手の変容であり、コップは掌の変容であり、靴は足首から下の変容であり、このパソコンは人間の計算能力、脳のアルゴリズム・リテラシーの変容だといえる。これらの事象も、とりたてて問題になることではナイ。ずいぶん便利だなですんでしまう。素手でパスタを食べるより、フォークがあったほうが便利だからだ。
そこで、こういうふうに問題を立て直してみる。問題は二つある。「語る側、書く側」が語ったもの、書いたものは「語る側、書く側」に対して逆に変容を強いることはナイのだろうか。もう一つ、「もの」は、「語る側、書く側」の心的表出に忠実に、語られ、書かれているのだろうか。言語にかぎっていえば、表現は心的表出に正しく従っているのだろうか。たとえば、「コップ」と「いう」、あるいは「書く」、このときの「コップ」はどんなコップのことなのだろうか。どのような言語も表現されたときには、fiction、metaphorを含んでいることは先述した。現実的にコップなるものは、私が「コップ」といっても、誰かが「コップ」といっても、差し支えない程度の普遍性を所有している。どちらも同じことをいっている(書いている)ように思える。これは、ウィトゲンシュタインの前期言語学に至っては、ある言語に対応するものが、この世界には存在するという、根拠になっている。けれども、
  きみがいま飲みのこしたる水割りのコップみつめる恋の終わりは
という短歌に示されたコップは、単なるコップではナイ。その「コップ」はmetaphorを多く含んでいるし、この短歌自体は虚構である。しかし、それでもコップは現実のものでしかナイ。そうすると、ここでコップをみつめているこの短歌の作者は、「コップ」→「コップとそれをみつめている私」→「コップとそれをみつめている私とコップ」という変容の運動から「コップ」という現実と、「私」という現実の、「関係と了解」を心的に表出して言語として表現したことになる。このとき、初めてコップは(普遍的にウィトゲンシュタインがいうような対応ではナイ)「私」と対応するmetaphorとしての「コップ」という「コトバ」となる。~心的に表出して~という行為が文学的に過ぎる(解りづらい)と思われるのならば、単純に「操作・function」してといい換えてもイイ。何れにせよ、ここで述べたいのは、コップという現実と、「コップ」という表現があるという、そういうことだけだからだ。そうして表現されたコップは、すでに現実のものではナイ。作者との「関係と了解」よって、変容されたmetaphorであり、fictionだということだ。

現実と虚構について・1

前述の映画がつまんなかったので、没頭出来なくて(というかstressがきつくて)、いま考慮中の「現実と言語、その虚構と比喩」について、どうしても脳が動き出して、映画を観ている自分とごっちゃになり、客席で発狂するんじゃないかとほんとに心配した。
理論は理論、創作は創作だから、必ずしも理論上導き出されたとおりの作品を書く(それが書ける)ということではナイ。また、そんな必要はなく、意に応じて書きたいモノを書けば、創作(表現)はそれでイイのだ。双方が違った方向に進んでも、添いあっても、それはそれで、いっこうに構わない。矛盾というものを「あれも、これも」として捉えて進むのは、私の表現営為の最高綱領だから。
現実という概念(category)は、必ず「誰々にとって」という条件なり前提を含む。さらにもう一つ、それが先験的であるのか、結果的事象であるのかという二つのcategoryを持つ。後者の場合の現実は「誰にとっても」ということともいえる。たとえば、今日の天気がある地域で雨なら、その地域のひとの空模様の現実は、誰にとっても、みな雨だということだ。東日本大震災は、地震と津波によって多くの犠牲者が出たが(原発事故はあくまで二次災害であって地震災害ではナイ。防ぐことは出来たからだ)、地震も津波も、自然現象だから、それ自体には善悪も摂理も罪もナイ。宗教的諸派の解釈(ローマ法王は、少女の質問に対して、私にも何故そういうことを神がなさるのかワカリマセン。いずれワカルときがくると思いますが、と正直に答えている)を聞き流しておけば、プレートのエネルギーによる地殻変動に過ぎない。人命を奪うことを目的として起こったものではナイ。これが先験的な現実だ。しかし、親を奪われ、子供を奪われ、家族を奪われ、愛するひとを奪われ、住む家も土地も奪われ、職場さへも奪われ、呆然と佇むしかナイというのは、結果的事象を目の当たりにした現実だ。
次に、何れの現実にせよ、「現実というものはメタファー(比喩・譬・metaphor)でもフィクション(虚構・fiction)でもナイ」ということを忘れぬことだ。東日本大震災が何かのメタファー(たとえば「国難」とか「天罰」とかいう言辞はその類だ)で起こったものではナイのは明白なことだ。演劇という表現もこの現実から始まるのだということを了解していないと、演劇の非日常性や虚構性やそのメタファーを勘違いしてしまうことになる。勘違いというのはどういうことかというと、演劇が非日常や虚構や、ある種のメタファーから生まれた(表出された)表現だと思ってしまうことだ。これは、演劇が原初に持つ祭儀制から観据えると、その通りなのではないかと安易に納得、了解、スルーして考えてしまうところだが(事実、私もそのあたりでかなりの脳髄の混乱錯綜と闘ったのだが)、そこがもっとも「現実と虚構」についての考察において、重要な主題になる地点であることだけは確かなのだ。この錯誤は、いまの若いひと、特に劇作家や演出家に多くみられるマチガイでもあるように感ずることがよくある。いま、たとえてこれだけいっておけば、「無意識」というのは「意識」があるゆえに生ずるものだし(ユング派の考え方はチガウが)、不条理劇というものは、条理があるから書く(演ずる)ことの可能な戯曲(演劇)だ。
誰のコトバであったか、現在における最も現実的(real)な出来事は恋愛だ、というのがあった。恋愛は創作の上ではromanceだ。しかし、現実に生きている対の当人たちにとっては最もrealityのある事象に違いない。(この謂いを使えば、演劇というのは、realityを用いてromanceを創る営為だ)。これをふつうひとは、自身の恋愛から学ぶはずだ。どのように、如何様に、現実をメタファーで修飾しようと、それは覚めれば消えるただの夢でしかナイ。メタファーでしか現実を観られない罪がそこにある。

秒針のmonologue

わたくしは いくつかの世界に生きていますので
ひとからは 狡いとかいわれ また
正直だといわれます

わたくしは いくつかの次元をわたり歩いていますので
ひとからは 頑なだとか また
バランスがいいとかいわれます

わたくしは いくつかの位相に棲んでいますので
ひとからは ワカラナイといわれ また
貶されたり 褒められたりします

わたくしの魂は 分裂せず 融合しますので
あるときは軽く あるときは重いのです

わたくしは いろいろなひとを好きになりますので
いろいろなひとが 去っていくのだと思います

ここまでわたくしが 生きのびたのは
たぶん わたくしのきまぐれではなく
わたくしが かってにそういうふうに
決めてしまっただけなのでしょう

わたくしの時間は アト少しですが
わたくしの 生きたむかしをふりかえると
もうすでに わたくしの歴史はなくなっているものと
考えられます

わたくしは それだけのことを
新しく買ってうでにした時計にむかって
つぶやきました
とくに意味のナイ独りごと でありました

GANTZ PERFECT ANSWERというチャンバラごっこ

この映画は、子ども向けの映画だと思えばハラもタタナイということだ。つまりチャンバラ映画なのではなく、チャンバラごっこ映画だということだ。ストーリーは原作マンガがあるので、originalなんだろうが(あたしゃ、原作は読んでません)、映像動画についてや、脚本についてはたいていが、どっかで観たパクリのようにしか思えない。セーラー服の少女に日本刀なんて、韓国映画だったかでもう観たぞ。plotもそうだ。星人とかいう(得体の知れない、というより正体が明かされない・・・ということが、従来のお話しにナイ特異さかも知れないが、それすら、もう古いんじゃねえのか)が「おまえたち(人間)はなぜ戦う」てな倫理的な問いかけをするところなんざ、いやもう使い古されていて、同様に星人に向かって「おまえたちこそなぜ戦う」といってしまえば、それですむことだ。問題は、というか、お話しはそこから進めなければならないんだぜ。星人が前編では異形のもので現れ、後編(今回作品)ではなんで人間の姿をしているのかが、なんの脈絡もなく、そうなってんだけど、もっとも、なんでもアリなんだよ、といわれればそれまでだらしょうがナイ(そこが「ごっこ」だといってんだよ)。黒い小さな球は、前編では何も触れられていないというのもアンフェアだ。クロダ(二宮)に思いを寄せる少女、タエが、何か重要な役どころになるということは、たいていの鑑賞者には、前編で察しがついている。それを、単純に黒い小球を持っている(何で持ってるのか、持たされたのかの説明もナイ)というだけで、終わらせるというのは、脚本家の想像力と創造性の貧困でしかナイ。ともかくは、松ケン・二宮のW主役で、興行収入を稼いだだけ、だな。

2011年4月24日 (日)

ぼくがこどものころ

ぼくがこどものころ ちいさなみちをはさんで
となりにてっこうしょがあった
あさからおおきなおとがしていたのだけど
なにをやってるのかぜんせんわからなかった
がしゃんがしゃん しゃああんしゃああん
いちにちじゅう てっこうしょはおとをたてていたけど
うまれたときにはもう そこにあったから
なにもうるさくなかった
ずっとうたをうたいながら しごとしてるひともいた
ゆうがたになると てっこうしょのひとのしごとはおわる
というより てっこうしょのしごとがおわると
ゆうがたになって てっこうしょのひとは
みな ぬかとせっけんでてをあらってわらっていた

ぼくがこどものころ おとうさんもおかあさんもいなかった
おばあさんだけが はたけしごとをしていた
よるになると おとうさんもおかあさんもいて
よにんはひとつのたたみのへやで
ひとつだけあるでんきゅうのしたで
ラジオをきいていた
ぼそぼそとなにかしゃべっていたけど
なにをしゃべっていたのか おもいだせない

ぼくがこどものころ ばんごはんのおかずは
おとうさんと ぼくたちとはちがっていた
おとうさんはテキというのをたべ
まぐろのおつくりをたべた
ぼくはまいにち おとうさんになぐられたけど
おとうさんは ぼくをなぐっても
テキやおつくりがたべられるからいいなと おもった

ぼくがこどものころ ぼくはこどもだった

愛は追憶の中にしかない

2011年4月23日 (土)

私のドクサとして

20日の夜の大阪ウイングでのトークイベントについても報告しておく。主要なテーマは二つ、「オダサク・・・」と「大阪演劇状況」。観客の殆どはオダサク出演者。なんか喋ったナ、と。私のトークなんざ与太とハッタリが多くて、まあ、ほんとのところは3割。そのアト、近所の居酒屋に流れて、小堀氏の計らいで、「オダサク」女優連中の中に座らせていただく。綺羅、星のごとく(「綺羅星のごとく」といういい方は誤用。「間髪を入れず」が誤用で、正しくは「間、髪を入れず」というのと同じ)女優たちに交じって、なんだか、真面目な話もちょっとしたみたいだけど、「どういうタイプの女性が好きなんですか」という話題が中心。「相楽ハル子」といったが、誰も記憶している者はいなかったようで、どんどん今様人気女優の名前を挙げていってもらうが、「そのひとパス」「何故ですか」てな問答があって、まあ、適当なのに落ち着かせる。エライと思ったのは、質問者が「この中では誰」というような仁義無用をしなかったこと。酒席でも、みなさん、心得ていらっしゃる。多くの女優たちが、私のブログ読者であるというのが、ありがたかった。「大阪の演劇情況」については殆ど知らないが、私の観る限りの、大阪の役者たちのコンビネーションとアンサンブルの良さは東京芝居をしのいで余りある。名古屋では、まだ、そういうものが出来ていない。SLOFTの目的は、そこんところのようにも思える。「天使が徒党を組んで悪事を成す」。徒党は仕事が終わればそれぞれに去っていく。かくして「集まるものは、集まるべくして集まる」、と、それが演劇だ。
ブログのアクセス歴をみると、地震と演劇について書いているところで、急激に800人をこえるところまで増加。そのアトは、いつものように100~150人。あのブログをまとめたところに補足したものは、『悲劇喜劇』(早川書房)の次号に特集で入る。
地震について書いたので、またまた天皇皇后両陛下の被災地訪問について書く。今度も直接、被災地の茨城県北茨城市、大津漁港。倒壊して死者がみつかった民家に向かって二度の黙礼。あたしゃ、テレビで観てて、また涙ぐむ。これは右翼、左翼の信条思想主義運動とは何の関係もナイ。江戸時代、私たちのような芝居・芸能もんが、河原でしか居住出来ず、それゆえ河原者と称されたように、それがいまでは、皇居という場所にすり替えられただけのことで、河原という外に出された私たちの近縁の者の総元締めである天皇は、皇居という「外」に在るだけのことだ。近世、江戸時代、「乞胸(ごうむね)」という者が存在した。これは江戸時代の大道芸人をさす。曲芸師、猿若(コメディアン)江戸万歳、辻放下(つじほうか・皿回し)、操り(人形まわし兼手品師)、浄瑠璃、義太夫語り、能役者や歌舞伎役者や鳥や獣の物真似芸人、説経節語り、そして講談師等々、さまざまな雑芸を演じて門付けしてまわる芸人たちのことだ。彼らは江戸時代では、仁太夫(にたゆう)という乞胸頭(ごうむねがしら)の支配下にあった。仁太夫にいくらかの金を払って鑑札をもらい、芸をして、日本全国の祭礼(タカマチ)を廻ったのだ。これに香具師や的屋(マトヤ)露天商などを加えて、総称を「テキヤ」という。その創始は、田植えや刈り入れのさいに、笛や太鼓で歌い踊り、これを囃して祭儀とした「神人(じにん・しんじん)・・・まれびと」になる。
陛下は、昼食に「地元で捕れた魚料理」を召し上がり、「コウナゴは入っていますか」と問われ、あれば食すという姿勢までみせられた。陛下の偉さは、避難所のお見舞い訪問のさいも、政治家のようにけして登壇されることなく、被災者のひとりひとりに膝つきで面談されるという、一対一対応の方法をとられていることだ。総理大臣の避難所訪問のさいには怒声、怒号が飛ぶが、天皇皇后両陛下に対しては、避難民はある「やすらぎ」をもって慰められる。ほんとうの天皇制というものは、かくなるものだ。

2011年4月22日 (金)

息抜きの仕方

今年に入って、すでに三本(正確には三曲という数え方をするのだが)戯曲を書き下ろしている。メイシアターの『オダサク、わが友』はauditionのときには、出来ていたので、それを公演用脚本に補足し、さらに若干の改訂をして、これは去年の話だ。今年書かれた三本というのは、順番からいうと、SLOFTの第二回公演用の『この夜の果てへ』、東京の劇団二十一世紀フォックス七月公演への書き下ろし『R&J』、ついこのあいだ書き上げたのが、夢野久作の『ドグラ・マグラ』を基にした二人芝居『DOWMA』。SLOFTの第二回公演は、来年初頭の予定なのだが、応募者には、第一回脚本『夕月~在るハムレット考』とともに台本を送付し、このようなものをやる演劇ユニットですが、本を読んでから、応募を考慮して下さい。というような募集方法がとりたかったからだ。二人芝居『DOWMA』は、ふいに思いついたもので、傍に中村憲司がいたのと、船戸、津久間の女優二人がともに私の『怪人二十面相・伝』を独り芝居で演じているところから、じゃあ、この二人で、何か書けそうだったらと、まあ、そういうことで。titleのDOWMAというのは、造語で、「DO」グラ・「MA」グラと、「W」O「MA」ン、が二人「W」、でというコトバの並び替えだ。もちろん、英単語辞書にはナイ。ナイけれど、物語の上では、意味づけをしなければならないので、女性の一卵性双生児の呪術用語というふうにしてある。本歌の夢野本では、女性は主立った役は一人もいないが(モヨコくらいかな)、『DOWMA』では、この女性の一卵性双生児というのが、key codeになっている。
私のような渡世は、その仕事が錢になるのかなんないのか、ハッキリしない場合のほうが多い。小説なんかはボツ(というコトバは出版社には存在しないのだが)になれば終わりだし、売り込んでも、本になるという確率はかなり低い。戯曲は書き下ろしの脚本料が低額でも、再演や、他のところの上演で著作権料が発生するので、scheduleのゆるすかぎりは書く。散文(小説・エッセー・その他)のように印税が入ることは、滅多にないが、何がどうなるか、成り行き次第だから、書きたいときに書きたいものを書いておく。私は遺書なんか書くつもりはナイ。その代わりに、およそ出版の見込みがなくても、ヒマがあったら小説を書いている。この渡世に明日はナイ。てなことをカッコヨクいっても、そういうことが日常化しているのが、韓国だ。ソウル演劇祭に招聘されたときも、翻訳者で通訳のパクさんが笑いながらいってた。「いつ北が侵攻して来るかワカラナイから、私たちに明日なんてナイの。だから、今日を楽しく生きるの」。生きているという実感は、常にいつ死んでもヨシとする覚悟と背中合わせだ。そう、たいそなこといわんでも、この時代、生きているだけで、息抜きが出来る。一休享年八十八歳、親鸞九十歳、を思えば、南無(どうかよろしゅう)阿弥陀(無量の)仏(悟ったおかた)、amen(然り、なさるままに)。息抜きするのは他力がいいかも。

2011年4月21日 (木)

『孫文の義士団』革命未だ成らず

19日に『孫文の義士団』の試写を観たいために名古屋へ、で、ついでに(というとイカンのだけど、こっちの予定がアトだったので)中日(東京)新聞の記者から、連載インタビューの取材をヒルトンで。こういう取材は、たとえ900円の珈琲を飲んででも、ヒルトンクラスにしたほうがいい。ともかく、うるさくない。豪奢な応接セットにたった二人でふんぞりかえりがら、楽ちんこの上ナシ。
二時間半の取材を終えて、マスコミ試写室へ。この映画、やたら長くて2時間20分。しかし、よく中国でこんな映画が創れたなあと、感心至極。話の内容はいたって簡単。孫文が革命蜂起の同志との会議を香港で行う1時間。清朝からは、それを阻止するために西太后の命を受けた500人の孫文暗殺団が送り込まれる。従って、これと、孫文を守るための8人との闘い、そんだけ。と書くと、いつものカンフー武侠映画かと思われるのだが、そうではナイ。これはこれで、一つの「革命」の映画なのだ。ナントならば、革命資金の援助をする商人と、その息子で孫文の革命思想に影響を受けている二人以外は、自分たちが誰を守って(いや、何かを守って)いるのかさへ知らない。ドニー・イェン演じるところの男は、スパイ警官で博打狂いがために8年添った妻に離婚され、その妻だった女性は(サントリーの烏龍茶のCMで稼ぎながら、いや、これは、まあ、あのCMでお馴染みということネ)その商人の息子の妻になっている。幼い娘がいる。ドニーに夫を守って欲しいと頼みに来る。もちろん、ドニーは断るが、娘が自分の実の娘だと知るや、娘のために、その仕事を引き受ける。孫文のことなど何も知らない。レオン・ライ演じるのは、クンフーの達人だが、父の後妻を愛してしまったため、いまでは乞食となって、阿片を吸っている。これに阿片の金を恵んでやっているのが、かの商人。レオン・ライは、その商人からの依頼で、1時間の仕事を引き受ける。いわゆる恩返しと、死に場所を求めて、だ。彼ももちろん孫文のことは知らない。商人のところで車引きで働くニコラス・ツェー、この男は文盲だ。だが、恋している写真屋の娘とのあいだを商人が金を積んで取り持ってくれたこと、それまでの恩、息子との友情で、孫文の替え玉の車を引く仕事を買って出る。それが終われば、写真屋の娘と結婚なのだ。孫文の「そ」の字も知らない。クリス・リーは、父親を暗殺団に殺されて、復讐のためにこの任につくが、彼女もまた孫文の思想もへったくれも何も知らない。メンケ・バータルにいたっては、豆腐屋だ。ニコラスとの友情だけで、この仕事の仲間に入る。孫文、知るワケがナイ。で、この、何も知らない人民は、1時間の孫文を守り抜いて、全て死ぬ。だいたい、暗殺団はプロなのだから、豆腐屋や車夫が相手になるワケがナイ。ここにこの映画の描く「革命」のオモシロさが潜んでいる。また、革命とは何かという問いかけと、答えの一つが現されている。つまり、「革命」のためには、かくなる義士たる人民もまた必要不可欠な条件であるという比喩だ。「革命未だ成らず」と、いい遺して孫文は歴史の上では死んでいるが、この映画のラストシーンは孫文のアップ、涙ぐむアップだ。清朝は倒れた、そうして孫文の国民党は台湾へ追いやられた。その後、毛沢東を経て、おい、いまの中国だぜ。たしかに、革命未だ成らず、じゃないのか。

2011年4月18日 (月)

今日の原発

東電が原子炉事故終息への工程表を発表した。むろん、これは技術的なものであって、原発30㎞以内に設けられた「避難区域」「屋内退避区域」「計画的避難区域」「緊急時避難準備区域」という、住んでるものも、報道された側もワケがワカラン被災者に対する収束とはまったく関係がナイ。(被災者の帰還は早くて半年後という官房長官の発表はあったけれど)それどころか、管総理はこの期に及んで、フランスのサルコジ大統領と会談、オバマ大統領と会談、おまけにクリントン国務長官が来日ときた。つまり、政治的には原発促進をストップさせる気はナイようだとみるのが、素人の床屋政談ではあるが、まず、マチガイナイ。フランスとアメリカが「原発やめようか」などというはずがナイ。
東電の収束ステップをみると、「水棺」方式がとられるようだ。ここから推し量るに、格納容器自体の破損はなく、配管から放射性物質が漏れだしているという判断らしい。また今後の水素爆発も、さほど格納容器に別状はナイと判断したいるようだ。そうなると、問題は、配管修復のための「決死隊」ということになってくる。チェルノブィリ級のレベル7を東電も政府も認めたが、それは事故直後の放射線量であって、現在は外部の放射能汚染濃度は下がりつつ落ち着いている。「週刊現代」による「今日も数テラベクレルずつの放射性物質が放出されている」は、何かのマチガイだ。配管のどの部分が破損しているのかを調べるのは、ロボットで出来ても、修理に入るのは人間だ。2号機に誰が入るのか、ここが問題の第一点。次に、格納容器を水棺にするとして、今後もマグニチュード・7クラスの大きさを含む余震は5年はつづくようだから、あの巨大な格納容器が、水をほぼ満タンにして、その地震に持ち堪えられるのか、その耐久性は、まったくワカッテいない。さて、もうひとつ騒がれている、東京大停電。本日4月18日のサンケイ新聞朝刊に、オモシロイ記事が出ていた。谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を持ち出して、夜というものの暗さに対する、日本人の再発見だ。闇と夜は違う。かつて唐十郎さんは「日溜まり」に対して「闇溜まり」という造語をよく使った。そういえば、私も自作の『ザ・シェルター』で、台風の夜、蝋燭一本の灯の中での家族の、なんだかわくわくする談笑を書いた。夜というものも、その暗さというものもそう悪いものではナイ、とこの記事は書いている。見出しは「東京の夜は明るすぎた」だ。
とはいえ、大停電が起きると困るのは確かなのだが、奇妙なことに、というか、これも姑息な政府のやり口には違いないのだろうが、大停電を煽っているのは、他ならぬ政府なのだ。これは、翻って考えれば、原発がなくなるとタイヘンなことになりますよという、脅しではないか。ほんとうに大停電があるのか、反原発派の諸氏は、ここでこそ、その力を発揮すべきではないのか。原発なんかなくても大丈夫、大停電などアリマセンと、その資料、数値を喧伝すればイイ。中日(東京)新聞の本日朝刊には、小水力発電として、河川利用の発電を紹介していた。この発電潜在能力は500万kilowatt、原発4~5基分に相当する。知名度が低いのと、手続きが面倒なので、あまり取り上げられていないが、現在全国に四百七十四箇所、存在する。また、今週号の『週刊ポスト』」では、どうやって調達したのか、「厳秘」である『東京電力の設備出力及び地震による復旧・定期検査等からの立ち上がりの動向』という資料を入手、七月の供給電力には盛り込まれていない「揚水発電」を取り上げて、これを導入すれば、ピーク時を外せば900万kilowattの余裕があることを弾き出している。
たしかに、原発は政治的利用され過ぎている。まず、悪質な原発を駆逐すべしだな。敦賀原発だって、北朝鮮から、一発撃ち込まれたら、琵琶湖の水資源はパーになるからな。ペットボトルどころの騒ぎじゃないからな。何が「もったいない」のか知らんけど、現知事も、「原電」が提示した安全性アップなんかに頷いてないで、過去のトラブルや、老朽化や、事故隠蔽の前科があることを、もう少し憂慮したほうがええのでないのけ。

現代日本・誤・百科の「誤」/4月18日

別に退屈でもヒマでもナイのだが、偏執狂なので、気になることは、気にしておく。こないだもいったが、普段はthroughするのだが、そりゃ、ナイでしょというのだけは、こないだと同じようにやっておく。
・・・「布団」は「敷く」ものだが、敷くときに引っ張るので「布団をひく」というひとも多い。電話線や水道管は線上に長くつながるから「引く」という。・・・この解釈が常識的にマチガッテいるのは、広辞苑さへ「引ければ」(多くのものの中から取り出すに該るかと思われる)すぐにワカル。「敷く」よりも「引く」のほうが、用いる意味が多いのだ。たとえば、ギターを弾くは「引く」でもいい。弦を手前に「引く」からである。「弾く」は「はじく」ことだから、ギター演奏でも用いられ、このように書かれるようになった。しかし、演奏行為としては、「弾く」と「引く」によってなされる。電話線や水道管のような細長いものを長くつなげる場合は「引く」でイイ。ただし、平面的なものを広げる場合、平らにする場合は「引く」が用いられる。この学者のいうように・・・敷くときに引っ張るので「布団をひく」というひとも多い・・・というのは、単なるこの学者のドクサ(思い込み)にしか過ぎない。その方言を問わず、日本人は「引く」も「敷く」も同様(同意のものとして)に用いてきている。それから、・・・「ひく」と「しく」は形が似ており混同されやすい・・・の場合、この学者は「形」というコトバで、何のカタチを指示しているのか、不明だ。音声、音感であるならば、他に似たものもある。形態であるならば、この学者はそれを否定している。文字のカタチ、まあ、幼児が間違える程度になら似ていなくもナイ。

2011年4月17日 (日)

ドイツと日本

新聞の報道によると、東電の福島原発に対する安全対策が如何にずさんであったかが、よくワカル。これを期に、他の数多ある原発もさらなる安全対策(「想定外などナイ)をとるのはアタリマエのことだ。たとえば、原発に旅客機が墜落するなどということも笑って「そんなバカなことは・・・」とはいえないのだ。「フクシマ」では、有り得ないとされたことが起こったのだから。
ここにきて、もうひとつ、新聞報道によると、ドイツの原発促進がストップされ、見直しから、廃止へと動いていることが、大きな記事ではナイがちょくちょく出てくる。そこでドイツの原発(あるいはエネルギー事情)について調べてみた。
その前に、原発エネルギーの材料であるウランの埋蔵量というのが、どの程度あるのかをみてみると、推定資源を合わせて、2007年の時点で、84,3年だ。100年もたないことは現時点でもマチガイないだろう。つまり、次々世代にまでは原発はエネルギー源を全て失う。(海底・南極・資源については不明)よってプルトニウムを再処理する、プルサーマルが考えられ、一部実施されているが、これはリスクが高すぎる。
次いで、ドイツの原発は2009年の時点で17基、日本は69基。単純に廃炉にするにせよ、この数はあまりに差があり過ぎる。では、ドイツはエネルギーを何に頼っているのだろうか。IEA(国際エネルギー機関)2009年の統計では、日本のエネルギー自給率において第一次(石炭・原油・天然ガス)エネルギーの割合は17,6%、ドイツの場合は41,4%で、ここも断トツの差がある。もう一つIEAの統計によれば、日本の地熱・太陽光・風力・などの二次エネルギー発電は石油換算すると、359t、ドイツは421t、ほぼ似たような程度だが、CRW(薪・炭・バイオエタノール・農産物の残留物利用・動物の排泄物利用・都市廃棄物利用)においては、日本が738t、ドイツは2240tとここはずいぶんと差のあるところだ。原油の供給だけをみると、原油自給率0,1%の日本は産出が29万t、ドイツは336万tで、ドイツの場合はそのうち69万tを輸出している。もちろん、どちらも輸入に頼っているのだが、日本の輸入における中東への依存度が87,4%であるのに対して、ドイツの中東への輸入の依存度は3,3%で、その多くをノルウェーなどの政情が安定している国に依っている。総発電量は日本もドイツも原子力発電の占める割合(2007年)は同じ22,1%だが、日本は11950億キロワット、ドイツは6371億キロワットとほぼドイツは日本の半分だ。原子力発電は、チェルノブイリ以降、総電力に占める割合が下がっているが、近年はまた上昇しているから、この程度とみていいのではないだろうか。
だから、どうだというのではナイ。ここには、経済的な、あるいは政治的なcategoryも入り込むので、資源としての比較だけをしてみた。それだけのことだ。いい添えれば、ドイツは賢くて、日本はバカだといわれるのが癪だったに過ぎない。

迷える子供たち

「新宿のマカーマ1」 流山児☆祥-時代・が本日開催されるようだが、演劇を酒の肴にするというのが、いまの若い演劇人にある余裕なのか、ほんとうに「劇場から街へと出て行った演劇の歩みは、どのような必然性から、何処を目指し、何を実現しようとしたのか?芸術・運動、いやそんな区分に拘泥するまでもないけれど、何かしら行動を起こそうにも、はてこれからどんな青写真を作って進んだらいいのか、自分だけで考えても分かんないから、迷子になっちゃいそうな僕たち私たちは、とりあえずせんぱーい!話聞かせてほしいっす!!!」なのか、どちらにしても、彼らが、「自分だけ」で、何をどれだけ「考えた」のかくらいは、流山児には訊いてきてもらいたいものだ。持ち上げられて風呂敷広げるよりは、「喝ッ」と一発入れてもらいたいもんだ。私はこの主催者の甘えた文言を読んで、新宿のギャルの集いかと思ったぜ。
少なくとも、流山児は、この40年の小劇場業界において、その権威(いるんだ、そういうのが)に対抗しながら、自身の独自の演劇活動を続けてきたし、その発言(暴言)、行動力は、scandalous(にまではいかないんだけど)寺山修司や唐さんの嫡男(ではないけども)love-childではあった。
彼が、演劇で「食ってきた」というのは、エライもんだと思う。せめて、演劇の経済学、劇団経営の方法という、地道な部分に、ここに集う諸君は耳を傾けるべきだ。
ついでに、彼が何故、共産主義者同盟叛旗派(青学)であるのかもよ~く聞くといい。たぶん、彼の演劇活動の指針、主張、方向性はこのときに形成されている。
流山児も池上彰じゃないんだから、容赦なく、持論を展開して、情況論を、迷える子供たちにぶつければイイと思う。「これを手掛かり足がかり、くすんだネオンの繁華街、花の東京、ここ新宿はラヴァンデリアでグラスを掲げあなたとともに核融合?できますことを幾分望んでおりまする~☆主催たち☆」
グラスを掲げるのもいいが、要するに、流山児のところにせめて2~3年、修行にいったほうがイイんじゃないのか。

2011年4月16日 (土)

映画感想 『ツーリスト』

結末が結末なので、まだ観ていないひとは、読まないほうがいいかも知れない。が、観に行ったほうがイイ。

いやあ、ヤラレた。お見事な映画です。久しぶりに劇場で観る映画でしたが、ジョニー・デップということで、これを選んで正解。大正解。昨今、やたらと小難しいミステリが多いんですが、裏の裏をかくといったものや、どんでん返しに次ぐどんでん返しとか、ネ。これね、そういうのナシ。観客の裏をかいて、そんだけ。そんだけなんだけど、このタイトルからして、もう観客はハメられてんだなあ。storyはいたって単純。ゆえに騙されてしまうんですね。plotも、ドタバタしてないし、ドンパチもナイ。単なるsuspense romanceかなと思ってるととんでもナイ。まさに息を飲むラストシーンでした。観終わって、ツッコミどころもなし。すこぶる気分よく、これが正統派の脚本だなと感服しました。晩飯はカップラーメンとおにぎり。こういういい映画を観たアトは、もう何食ってもいいんです。ただ、同業者としては、こういうのが書けるようになるまで修業しなくちゃなあと励みになりました。なんか、すごくいいときのヒッチコックを観たよな感じ。あたしゃまだまた運がイイみたいです。 

2011年4月15日 (金)

今朝4・15の中日(東京)新聞のハチャメチャから

30面の『特報』。大見出しが「原発建設 現場ハチャメチャ」・・・なんともはやなタイトルだが、この記事については、内容ともども、これを書いている記者(佐藤圭氏)にも、物書きとしての提言する。最初の一行、つまり本文に入るまでの、数行の最初だが、「原子炉格納容器の鉄板が作業員の立ち小便で腐食する」とある。本文の体裁は、元技術者である、菊地洋一さんへのインタビューをまとめたものになっていて、本文にもその箇所は登場する。総論は、原発の安全は設計段階までで、施工技術は未熟だということで、そのずさんさのひとつが作業員の格納容器への立ち小便だ、なんだけど、その理由が、トイレまで上がっていくのに時間がかかって面倒だから、というのは、施工技術の未熟さではなく、作業員の業務に対する姿勢、自覚の問題だ。ビル建設にしても、原発建設にしても、未熟な作業員はいるだろうし、「一日の仕事を終えて早く帰りたいひとがたくさんい」るのは、アタリマエのように思える。現場の業者が工事ミスをメーカーや東電側に伝えると、煙たがられ、次からは使ってもらえないので、報告しない、というのも、どういう事例があったのか、菊地氏は現役ではナイのだから、名指しでどの工程でかを公表し、それをこの記者は記事にすべきだ。また、菊地氏自身がみつけたという配管の欠陥についても、同様に公表したほうがイイ。「原子炉がいったん、暴走したら守ることは出来ない」という諫言も、「暴走」ということが施工技術者からみて、何を示唆しているのかを、記者は訊かねばならない。締めくくりの浜岡原発について「もし事故が起きれば、ひとたまりもない。福島以上になるだろう」にも、直下型地震における事故としているが、直下型地震においては、原発の設計者は安全に自身を持っており、福島でも、地震そのものに対しての損害は報告されていない。菊地氏のいいぶんは、原発の施工技術が追いついていない、ということに集約される。これについては、施工技術者の技術が、原発というものと、他建築物とでは、どのような違いがあるのかを、記事として説明すべきだ。で、なければ、この記事は殆ど、一人の元技術者の感想で終わってしまう。まして、「原子炉格納容器の鉄板が作業員の立ち小便で腐食する」という、単なる惹句のような文言を主軸に、記事内容を展開するのは、「原子炉格納容器の鉄板は、鉄板焼きの鉄板よりも、もろいものかよ」と、どう考えても、信じがたい。この文言のエビデンス(根拠)が、どこからきているかは、尿の成分と鉄との化学反応に依ることにマチガイはナイ。尿(小便)の成分の95%は水だ。しかも弱酸性で、その酸性度は、人肌と同じだ。問題はミネラル成分の塩化ナトリウムということになる。たしかに塩化ナトリウムは鉄の腐食を助長する。とはいえ、それが、格納容器を腐食させるというのはオソロシク短絡に過ぎる。格納容器は、それほどヤワには造られていない。格納容器破損の虞れは、もっと違うところにある。しかしながら、こういう単に興味半分な記事でも、充分に、私たち庶民大衆は不安、困惑するのだ。この時期、原発関連の記事は、慎重を要することをたとえ大新聞の記者であろうとも、心してもらいたい。

2011年4月13日 (水)

原発の報道

正直にいうと、私は反原発派の人々が何を(どんな運動を)やっているのか知らない。唯一、目撃したことのある運動は、中部電力本社社屋の前に多数で陣取り、「原発反対の車はklaxonを鳴らして下さい」という看板を立てて、気勢をあげていた光景だ。残念ながらというか、中部電力本社社屋(当時)には、原発の部署はなく、別の社屋で業務していたのだが、その人々が、そういう情報すら知らなかったことに、彼らの情報網の脆さを思っただけだ。
私の希薄な記憶では、原子炉自体(格納容器を含めて)は、地下に建設されるはずだ。それで、いま、ネットを手繰って、そういう構造図がナイかどうか当たってみたのだが、検索軒数の多い『原発がどういうものか知ってほしい』をヒットしてしまい、それを読んでええっと、驚嘆した。この驚嘆は「そんなバカなことはナイだろ」という驚きで、他のサイトで、これがかなりの(というかまるっと)如何わしいモノだと知って、そうだよな、常識は生きてるよなと、胸を撫で下ろした。
しかし、原子炉(格納容器を含む)が、どの程度地下にあるのかは、ヒット出来なかった。ただ、私の知っている限りでは、原発の場合、岩盤に打ち込まれる地盤固めの杭は、1m間隔になっている(普通の建造物、ビルなどは5~10m間隔)この杭と、実際の原子炉の建築構造の関係が知りたかったのだが。
テレビ報道では、建屋の崩壊した映像を上から映しているが、格納容器のようなものは目に入らない。そうすると、やはり、原子炉自体は、完全でナイにしろ、相当、地下部分にあるのではないのかな、と、素人ながら考える。それが津波被害を受けるというのはどういうことだろうというのが、私の素朴な疑問だ。
素朴な疑問をもう一つ。反原発派の大きなデモが最近あって、流山児は、これが報道されないことを憤っていたが、・・・べつに彼が反原発派であろうと、そのsympathizerだろうと、そんなことはまったく私たちの演劇とは関係のナイことだ。もちろん、私は反原発派でもないし、促進派でもナイ。ただ、科学を無化するのは科学だけだと、単純に思っているだけだ。つまり、原発より効率良く、安全なエネルギーを開発すれば、現在の原発は駆逐されるのは当然で、それは、核融合発電(いまのところの可能性として)だろうと考えているだけだ・・・ で、その疑問とは、反原発派の諸氏は、この原発事故に際して、直截被害を受けている現地被災者に対してどんな支援をしているのかということだ。まさか、てめえらも、ペットボトルの買い占めに走ったり、風評被害を真に受けて、大丈夫な生産物を買い控えるなんてことなんて、やってねえだろな。東京でデモするのもいいが、計画避難とかいう政府の無計画な避難指示に右往左往し、被災地避難民となるやも知れぬ被災者に対して、すぐさま出来るべく行動を起こしたらどうなんだ。やってんだったら、それをやっているということを報道しない、報道mediaはダメだといえる。流山児も、70年代のようなことを声高にいってると、せっかくの劇団アジール(避難所)論と寺社廻りの機動的劇場論が、単なる運動論だと思われてしまうんじゃないのか。

今朝(4月13日)の中日(東京)新聞のデカ文字を読む

幾つか書いておく。ただし、私は門外漢なので、そのつもりで、その程度でと心してもらいたい。
まず、28面の特報記事のデカイ活字『水蒸気爆発一番怖い』で示された「水蒸気爆発」について。 「フクシマ」においては、私たちはいろいろな爆発を連想してしまうようになっている。これはメディアの責任でもある。まず、核爆発(いわゆる臨界と同様、核分裂のエネルギーによって生ずる)、「フクシマ」の場合、臨界は制御されている。再臨界する可能性はナイに等しいが(幾つか条件が揃わないと臨界にはならない)、あったとしても、核爆発に結びつくエネルギー反応はしない(原発とはそうしたものだ)。次に水素爆発、これは、何らかの原因で原子炉格納容器から漏れだした水素が、空気中の酸素と反応して起きる爆発のことだ。燃料棒に使用するジルコニウムは1100度を超えると、水と反応しやすくなる。その反応の結果できた水素が、何らかの原因で格納容器の外部に漏れだし、空気中に含まれた酸素と反応して爆発すると、水素爆発になる。水素と酸素の化学反応で水が出来る実験を、私たちは、たぶん、中学生のときにやってみているはずだ。これは「水爆」とは何の関係もナイ。水爆なら、空をみ上げればイイ。太陽は核融合反応で燃えている。水爆もその原理だからだ。さて、お次は大見出しの「水蒸気爆発」だが、インタビューに答えているのは、小出・京大助教(助教というのは、准教授の別称ではナイ。助手だから、大学内での地位は低い。何故、1949年生まれの小出氏がそんな地位なのかは、反原発派だからだ。科学の分野、学問の分野はかなり政治制が強いのだ。科学の客観性も、ポパーのいう反証主義、クーンのパラダイムもあったもんじゃナイ)。氏のいいぶんによると、「メルトダウンが進むと高温の溶融物が下部の水と反応して水蒸気爆発が起き、桁違いの放射性物質が飛び出す。これが一番怖い」さらに圧力容器も、その外の「最後のとりで」の格納容器も破壊する。となっている。ここで「下部の水」というのは、メルトダウンの際に緊急用に張られる格納容器の水のことなのかどうか、ワカラナイが、格納容器の水であれば、当然、溶融された燃料棒は、この水に落ちることになっている。そこで、当然、水蒸気爆発が起きる。焼け火箸を水につけたら、ジュバッとなるのと同じことだ。もし、格納容器で水蒸気爆発があったということは、緊急用の水は、格納容器に張られたということになる。たぶん、いま事故現場で必死でやられていることは、圧力容器(炉心)内での溶融物の水蒸気爆発をくい止める作業だろう。これは燃料棒を冷やすしか手はナイ。再臨界しないのに燃料棒が高熱になるのは、β崩壊という、量子崩壊に生ずるエネルギーが熱に変わるからだ。このエネルギーは、宇宙にある四つのエネルギーである、重力、電力、磁力、核力のうち核力に該り、最も大きい。
さて、しかしながら、この小出助教の答にも、エビデンスが不足している。いきなり、チェルノブイリとの比較で、福島から二百~三百㌔離れた東京も危険(汚染される)という警告になるのは、東京都民に対して、虞れと不安の材料をもたらすだけだ。水蒸気爆発の確率と規模(エネルギー)、その際に放出される放射性物質の予測量、汚染される際の被曝量、格納容器が破壊されるという根拠(格納用気の堅牢性については何も触れられていない)。また、末尾に、原発が推進されるのは、「核兵器のためのプルトニウムを保持しておけるからではないか 」という言にも、疑問が残る。何故、反原発ではなく、科学者なら、反核分裂原子炉、という道筋をとらなかったのか。重水素とヘリウムを使う核融合原子炉が始動するのは早くて2050年といわれる。この太陽と同じエネルギーに対しての、科学の道を閉ざしてはならない。いま反原発をいうのはイケイケでドウダ、ソレミタコトカ、だろうが、此度の地震災害復旧に対して、自衛隊の活動を報じられるにつけ、自衛隊への観方が、私たちはずいぶん変わったはずだ。それは米軍との共同作戦においてもそうだ。要するに私たち庶民大衆は、『七人の侍』の百姓と同じなのだ。「おさむれえさまぁ~」と同じく「自衛隊さまさま」になった。感情的、心情的、煽動的に反原発をいうのは易いが、問題にすべき原発の核心を見失わないことだ。

2011年4月12日 (火)

その春はいまだ遠く

今朝イチバンにブログを書いて、次は、五月の流山児事務所の二人芝居のツアー経路を追いながら、路線を選んで一応print outしておく。あちらは劇団なので、集団で動くだろうが、当方は、仕事の都合上、単独で現地入り、現地出立という可能性を考慮して、その場合のためだ。もちろん、その場合の交通費は自費で賄うことに決めている。盛岡・仙台については、5月に入ってからもう一度調べなおさねば、現在の復興情況も余震の都合によって、どう変わるかワカラナイ。仙台公演については、ブログでも書き、メールでもいいたいことはいったので(さぞや、気分を害し、機嫌を損ねたろうけど)、アトは、一宿一飯(具体的にいえば、カレーライスと豚汁とmonthly-mansion)の渡世の義理だ。あちらの方針に従って動くことにしている。しかし、自分たちは震災の最前線で演劇を成したなどと喧伝し、そを我が身の功とはすまじこと、心得て然るべし。
果たすべき仕事はこなしている。午後には、中日(東京)新聞の『エンタ目』4月28日分を書いた。担当の芸能部の記者氏が10回くらいの連載でインタビュー記事をとのことで、19日に名古屋で、まず、と、電話での打ち合わせ。引越の案内状を作成、印刷屋さんに100枚依頼した。えらく早くからと思われるだろうが、scheduleを調整していくとそうなるんだから、しょうがあんめえ。荷物も5月のツアーの前に梱包しないとイケナイことになっている。SLOFTの読み合わせauditionやら、想流私塾の次期面接もあり、要するに貧乏ヒマナシなのだ。それでも、仕事を追っている感触だからまだイイ。
「ひとさへひとにとどまらぬ」といった宮沢賢治のコトバが身に沁みる58歳と10カ月の身の上だ。預貯金(私財)を計算して、まあ、なんとか3年は家賃の心配はしなくていいなと、これでも、懐を気にもしているのだ。実家は井戸水だから、ペットボトルはなるべく買わない。今年ほど、春が遠いと感じた年はナイ。

今朝(4・12)の中日(東京)新聞から

「九つの人九つの場を占めてベースボールの始まらんとす」(正岡子規)の短歌で、一面の『中日春秋』は締めくくられている。東北大震災の復興で、いま各々に出来ることは、各々のポジションでのまっとうな仕事だという主張だ。 ベースボールを「野球」という日本語に訳したのは、たしか子規だ。この短歌は、私たち演劇屋には、ヒジョーによくワカル。ただ、日本の小劇場演劇は、仕込みやバラシの段階で、演出家や役者がともに仕事をする。アタリマエのことのように私たちは思っているが、そういうことは、日本だけらしい。これは、野球に例えれば、攻める場合は一丸となって、ということになる。さて、子規の歌の九つに入っていないものがあるとすれば、政府、行政だろう。ここでも、行政はその不手際で、復興の邪魔にしかなっていない。だいたい指示が大雑把に過ぎる。そこまでアホとは思わなかったが、管総理は、三陸沿岸の被災地に「エコタウン」なるグランド・ビジョンを表明した。ほんま、アホちゃうか。そうじゃないだろ。いまは、仮設住宅だろ。このひと、気が狂ってんじゃナイのか。現状では、仮設住宅の着工が遅れ(それを瓦礫撤去のせいにしているが)軒数が目標に達するのに1年かかる。つまり、避難所被災者は、1年、避難所生活を強いられることになる。エコタウンなどというお気楽な話は、キリスト教信者の方々に反感を持たれるのを覚悟でいえば、死んだら天国に行けるから、現実は我慢しなさい、と同じじゃナイか。ともかくも、政府、行政は復興の邪魔をしないこと、復興を利用しないこと、釘、刺すぞ。
くだらねえから、読み飛ばしているのだが、『現代日本誤百科・ひもとく』(町田健)の本日の「圧巻の一言」については一言いっておく。「一言は簡単な言葉という意味だが」は明らかに間違った解釈だ。ここは「一言」が「簡単」だけではなく「簡潔」な、という意味合いも持っていることを、いや、逆に、そういう意味合いで用いられていることのほうが多いということを、いわねばならない。また、「一言」というのは、たいてい「一言ではすまない」ことのほうが多いということも、日常的事実だ。さらに、たとえば「諸行無常」や「会者定離」はひとことだが、これを「簡単な言葉」というのかどうか、この学者がいう「簡単」という一言は何なのか、さらにいうなら、こういう重箱の隅を突つくようなコトバに対する対峙の仕方を、この学者は原稿料を懐に入れながら、どんな目的で続けているのか、一言でいってもらいたいもんだ。

2011年4月11日 (月)

ゆっくり考えるのが正しいとは限らない

本日は引っ越し業者に見積もりをとってもらうべく、まずネットを検索。いやあ、便利だなあ。一件ずつではなく、いっぺんに5業者にこっちのデータを送れるサイトがある。このサイトを2つ活用して、重なっている業者もあるのだが、一挙にデータ送信。すぐさま返信がある。ここから五つばかり絞って、てなことをしているうちに、『引っ越しのサカイ』から、もう電話が入る。一時間後の12時に伺いますとのこと。他の業者の0120ダイヤルで、送信されてきた情報について訊いていると、『アリさんマークの引越し社』のほうから、やはり、12時から12時半に伺うという。それではサカイさんとバッティングしますよ、と、一応述べると、そういうことはいつものことなので、来るという。さらに数件電話すると、「送信されたのは、コンピュータの弾き出したモデルですから、おって、伺える日を連絡します」が一件、「明日伺います」が一件。で、12時、一番乗りが『アリさんマーク』。その場で、荷物をみせて、説明するてぇと、と、すぐ見積もりに入るンだナァ。で、見積書が出来る。料金が四つに区分されている。「通常」「即決」「当日」「後日」の順で、「即決」だと、通常見積もりより1万7千円ほど安くなる。これって、サカイさんとバッティングしていたら、競り合いになっていたのに、間違いない。ただ、惜しいかな、サカイさんから「伺うのが1時になります」という電話。「何処の業者でも、この程度ですと、2tトラック一台、二人勤務ということになりますが」とアリさん。そりゃあ、そうだナ。そこで、1t一人という最安値の業者は外す。まず、二階から大きめのデスクを一人で運び出すのは無理だ。で、私が選んだのは「即決」。安いということよりも、私の性格、資質からして、即時対応、即断という営業マンの速度をヨシとしたワケだ。費用は7万くらいをみていたから、5万2500円に収まったので、不満はナイ。しかし、こういう業者というのも、ほんの少しのところで差がつくもんだナ。サカイさんが早く来ていれば(時間どおりに来ていれば)たぶん、そっちになったと思う。演劇渡世にとって、現場での1時間というのは、かなり貴重なtimeなのだ。
そのアト、『週刊ポスト』を買いにコンビニまで。今回は『週刊現代』は買わず。この週刊誌二誌は、原発事故に関する記事が対立していたが、今週号の『ポスト』は名指しで、その欺瞞、無知を批判している。さて、『現代』はそれに反論出来るかナ。私からすると『ポスト』誌のほうが、冷静沈着で科学的に納得のいく記事を書いている。また、同誌は、避難所被災者の「性」問題にも筆を入れ始めた。阪神淡路のときは、被災して避難所にいる男優に、女優を乗せたワゴンがかけつける、貴重なAV作品がある。タナトスに対してのエロスの反撃だ。だが、この結果が、貴重なのだ。・・・つづく。

2011年4月10日 (日)

死が多すぎる

新作の二人芝居『DOWMA』を昨夜書き上げて、まず、演出家に送信。今日、午前中、さらに改稿して、文章を話文体に出来るだけなおしたものを、完成稿として送信。午後からは、名古屋に持っていく書籍と、置いていく書籍を分けて、整頓、一汗かいた。本棚二つ分で済んだ。名古屋~実家は、思ったより早い時間で移動出来るので、慣れれば近距離電車に乗っているような感じだ。必要があれば、すぐに取りにこれる。
「171」は、地震後十日ほどしてからやってみたが、数日しても応答がナイ。陸前高田は壊滅状態というから、ダメかも知れナイ。新聞の死亡記事に同じ苗字をみつけると、胸にズキンと来る。お父上のほうの名前はワカッテいるのだが、母上のほうはワカラナイ。そのあたりの年齢の方の、同じ苗字の死亡が出ていると、尚更、心臓に悪い。いまは「171」を押す勇気がナイ。ニュースをみても、身近にも「死」が多すぎる。新聞やテレビは、復旧の捗りを伝えているが、こっちは、阪神淡路を間接的にも経験しているので、すぐには信じがたい。天皇皇后両陛下は、各地の避難所に励ましの訪問をなさっているが、被災者にとっては、どんな神仏よりも、力強いだろうと思う。
また、夜が来て、朝になる。そうしてまた夜が来る。精神的な視野狭窄で、どうでもイイことは、ほんとうにどうでもよくなり、他人からみれば、私はただの他人でしかナイのだなと、孤独とはまた違う、自己逃避のようなものがやってくる。けっきょくは、おいらの罪だ。加害者意識に責められているワケではナイのだが、良かれと思っての営為が、みな無駄な(だけではなく、迷惑千万な)徒労に終わっているようで、一瞬、すべて投げ出したくなる誘惑にかられる。そうはならぬように、生き恥覚悟で生きてるつもりなのだが。

原発と節電

ニュースでは、反原発市民運動のみなさまが、デモやってる。「原発やめろ」だ。ここぞとばかりの運動だ。ネットでも、活動家が、悪質な流言を飛ばしている例もある。しかしな、地震の際、最も早く救援に駆けつけたアメリカ海軍の空母は、原子力空母だ。今度の場合も、それいけいまだと、イデオロギーを介入させるのは、ちょっとどうかと思う。
さっき観たテレビの番組では、AKB48のお嬢さんたちが、家庭で出来る節電をアピールしていた。そりゃまあ、悪いことではナイ。無駄な電気など使わないほうがイイ。ところで、CMからは、オール電化が完璧に消えたナ。うちの実家はオール電化で、年寄りにも安全だ。飲料水はその代わり井戸水だ。
さてと、無駄な電気といえば、私などは、やたらと増えた自動販売機のベンダーをふと、思い浮かべる。実際に調べてみると、現在、日本にあるベンダーは560万台。さまざまな種類があるが、もっともポピュラーな、缶、ペットボトルの販売機(これがいちばん消費電力は少ない)の一カ月の消費電力が230kw。うんと少なく見積もって自販機総台数の台数を、この種類だけの(半数である)230万台だとする。すると、なんとまあ、一年あたりで、52憶9千万kwの電力消費だ。事故があった東電の年間電力量は一年で3000憶kwだが、自動販売機総数にすればその15~20%くらいの電力量を、あの自動販売機だけで消費なさっているのだ。節電をいうならば、自動販売機の設置規制を設けたほうが得策であるのはいうまでもナイ。だいたい、置いておくだけで、儲けようなどという根性が汚い。台数余剰でそんなにゃ儲からないのにネエ。
文化、文明は、退行するが、科学は後戻りしない。原子力にも、ヨウ素やセシウムやプルトニウムの反応運動にも、放射線にも罪はナイ。東電の事故は、「人災」だということを忘れちゃいけない。ひとは、原子力発電を制したと勘違いしていた。人間が造ったものに想定外などというモノはナイ。演劇なんか、想定外ばっかだぜ。東電の事故は、単に想定出来なかっただけだ。あるいはしていても、油断したか、何処かで、手抜きの銭勘定優先になったのだ。安物買いの鼻失いとは、よくいったもんだ。現在、現場でなんとかこの事態の収拾に努めている命懸けの作業員の方々には、敬意、敬服、畏敬の念のみ。なんで、管総理は陣頭指揮に立たないんだ、東京工大卒の肩書が泣いてるぜ。

2011年4月 8日 (金)

書け、駆け、懸けよ

来年の公演を予定して書いている二人芝居(女性二人)の戯曲にかかりきりで、というのも、原作モチーフが夢野久作の『ドグラ・マグラ』なもんだから、つまり、これを二人でやろうってんだから、これがオモシロイのなんの、とにかく、書くことが好きで、頭半分は演劇のことを考え、アトの半分は女性のことを考えという、実に健康的な精神なもんだから、鬱病のほうはナリをひそめている。地震以来、生き残って出来ることというのは、私には書くこと、それしかナイからなあ。で、朝起きてから昼飯まで書き、食ってから晩飯まで書き、さすがに夜は自粛しているが、つい先日は、夜に飛び込みで、『悲劇喜劇』から、地震と演劇についての原稿依頼がきたもんで、これを即時書いて、相手のほうからの空メールが届く前に仕上げて、「空メールまだですか」なんて電話してんだから。
いやあ、もう、そいで、背中と腰が痛くて、こりゃあダメだと、名古屋に試写をみるついでに行きつけの整体いって、ついでに、6月から住むコーポをみてきたが、これがえらくキレイで、ちゃんと、インターネットが室内まできている。2DKでダイニングも5,5畳あるから、一人で住むには余裕の広さ。洋間と和室、6畳ずつ、これで家賃が4万7千円、共益費と保証人代行費用をいれて、ちょうど5万円ほど。近所には、保育園、小、中学校、高校、学童保育と、環境抜群の丘の上、ロフトから坂の昇り降りで、運動不足も解消。スギ薬局に、ユーマート、ブックオフまである。
で、試写の時間、間違えて、それはまた次にするかと。流山児のところは、無計画停電などものともせず、これでもかの演劇が続いている。いま、東京の演劇人に出来ることは、東京で、困難な情況においても、一所懸命、芝居やることのみだ。かつて、唐十郎さんはこういったぞ。「たいまつの火、一本から、芝居が始まる」

2011年4月 5日 (火)

あんたに、まかせたいんだけど、も。

イエス・キリストがゴルゴタの丘で磔刑に処されたとき、同時に十字架に拘束されていたのは、バラバという悪党だった。死刑執行管の「どちらを赦すか」という問いかけに民衆は「バラバを赦せ」と答えた。ニーチェは、ここに「大衆」というものを発見するのだが、バラバはその後、キリスト教信者となった。とはいえ、やはり信仰を棄て、ローマへとつれていかれるのだが、ここで、再度、信仰に目覚め、今度こそ「主」を裏切らないところをみせようと、罠とも知らずに、キリスト教信者とともに、火付けをした。その罪で、またも磔になるのだが、彼はそのとき「おまえさんに委せるよ、俺の魂を」といって息絶えた。(ベール・ラーゲルクヴィスト・・・スウェーデンの劇作家・小説家・詩人にして、ノーベル文学賞作家『バラバ』)
悪人が、他力本願に目覚め、「南無阿弥陀仏」と唱えるのと同じようなもんなのだが、私はそこまで悟ってはいない。私はクリスチャンということになっているし、事実、洗礼らしきものも受けているのだが、そのような暮らしも生き方もまるでしていない。だから、自称ていどのもんですがね、としか答えないことにしている。親鸞の思想は好きだが、生き方でいえば、一休が好きだナ。私が無神論者でナイ理由は一つだけだ。ただただ、そういうナニモノカに対して「何故・why」とひとこと、質してみたい義のためのみに、意地を張って、反抗しているのだ。まあ、カッコヨクいえばですけどネ。

2011年4月 2日 (土)

個々人たる観客

阪神淡路震災のときのコメントで(漠然とした記憶でしか書けないのだが)、ビ-トたけし氏は、死者の数が六千余名だというけれど、数だけいえば、年間の交通事故死者のほうが多いんだから、というようなことを、批評的にか、揶揄というカタチで述べていたが、この度の東日本大震災においては、週刊ポストにおいて、死者数を中国の四川省地震の八万人と比較するようなことは、死者への冒涜だと答えている。「そこには、一人死んだ事件が2万件あった」というようないい方をしている。
阪神淡路の震災の際、特番で、毎日、その日判明した死者の累計を伝えていたNHKのアナウンサ-が、「私たちは単に死者の数を読み上げるだけですが、この四千数百の方々には、四千数百の人生があったわけです」と、いうなり、絶句、コトバを詰まらせて涙を流した映像は、未だに私の記憶に残っている。
死者、行方不明者を合わせて2万7千人をこえる、この震災の被害者数は、そのとおりに2万7千通りの人生があったのだ。オキナワ、ヒロシマ、ナガサキ、東京大空襲と、数万数十万の無辜の命は、一挙に、個々人の人生を奪ったが、災害もまた、善悪の彼岸において、数万以上の命と人生を、個々人の、信条、信仰、生きる姿勢、年齢性別、他者との関係、人格、過去の反復から将来、未来、行く末をすべて灰塵に帰して奪った。
戦争は人災だから、食い止めることも出来るが、自然災害は無情だ。エコだの自然との共生だの、自然は素晴らしいだの、そういうこともまた、神話に過ぎぬ。原発事故のいい訳の「想定外」も、自然の力に対する驕りでしかナイ。(ただし、今回の原発事故と、そのアトの対応については、原発に従事しているはずの技術者は、歯痒い思いをしているに違いない。経営優先で、肝腎の技術部門が後退を強いられていたからだ)
不幸は、前人未到のカタチで、一斉にやってくる。しかし、幸せというのは、あくまで個々人のものだ。メ-テル・リンクの『青い鳥』では、チルチル・ミチルが幸せの青い鳥を捜して、家にもどってみると、家の鳥籠に青い鳥がいて、その教訓は、「幸せというのは身近にあるものだ」ということになっているが、私の解釈は、そうではナイ。幸せというのは、鳥籠に入る程度のものだ、ということだ。つまり、個々人がそれを下げて歩ける程度のものだ。
演劇を鑑賞するのは、観客数ではナイ。あくまで、演劇の表現は、1体1対応する。それは個々人の幸せ(または不幸)であり、個々人の平和な時間の象徴だ。東日本震災において、一挙、一斉に平和と幸せを剥奪された人々が、「個々人」の観客として劇場に足を運んでくれるまで、私たちもまた「力及ばずして倒れることを辞さないが、力尽くさずして挫けることを拒否する」

2011年4月 1日 (金)

演劇の力、その価値

マルクスに倣って「労働それ自体に価値はない」「価値は労働の対象化(労働力)されたもののことをいう」という命題から、「演じること」「演技」「演技力」というものは、それぞれ違うものだということは、以前、このブログにも書いた。これを「演劇」というもので論じるならば、演劇の力というものは、また、その価値というものは、演劇そのものではナイ。(「劇それ自体」が何であるのかは、このブログにあるので、参照してもらいたい)。
砕きながら、綴っていく。この度の「東日本大震災」において、主体と対象という分け方をするならば、カントふうにいえば、非被害地(主体)であるところから観る被災地は、「対象」となり、どのような被災かということが、概念(カテゴリ-)で分別される。数学的に解釈すれば、被災地からのベクトルが非被災地に向かうということになる。私たちはそこにさまざまな解釈の視線を送るのだが、このベクトルは逆にすることが出来る。つまり、被災地に向けての応援、援助、救済、救援だ。これは、すでに主体と対象とを同時に一つの運動体として考える、ヘ-ゲルの弁証法の領域に入る。
このとき、演劇の力や価値をこの弁証法の運動に入れるとすると、それは必ず、遅延することをまぬがれナイ。「演劇に何が出来るか」「かくなる事態における演劇の力は」と問えば、それが「力」や「価値」になるまでには、演劇が対象化されるのを待たねばならない。この場合の「対象化」というのを簡単にいってしまえば、「演劇」を観ることによって人間が手に入れることの出来る、さまざまな精神的な活力だということになる。演劇に祭儀的な要素があるのは、そのためだ。また、天皇陛下、皇后陛下の国民向け放送や、東京ではあるが、被災民への励ましの訪問や、自らの皇居自主停電から、食事を一汁一菜にしておられるという、この営為は、我々のような演劇の民の頂点に天皇が在るという証左だと思ってイイ。これは、右翼とか左翼とかの、くだらぬ心情の問題ではナイ。いまのところ、この営為がイチバン遅延せずに届いた「演劇」だといってもかまわない。
この事態において、演劇に力がナイとか、逆に演劇の力を信ずるとかを判じるのは、まったく意味がナイ。また、演劇なんかやってていいのかと、首を竦める必要もナイ。また同じようなことをいうが、まだ、私たちには、東日本大震災の様相、情報、世界、が殆どみえていないと考えたほうがイイ。マスコミは、復旧が進んでいるといったり、一進一退といったり、楽観から絶望までをごった煮のように流しているが、ほんとうのところはワカラナイと、冷静になったほうがイイのだ。
原発その他に関しては、私があちこちできっとそうなると予想して喋ったとおりに、米国が「友好的?」に介入してきた。ここぞとばかりに、右傾インテリたちは信じられるのは同盟国だと吹聴しているが、これは、来年の大統領選挙で、原発推進を示しているオバマ大統領の意向であることはいうまでもないし、また、沖縄基地を正当化する喧伝のようなものだ。これに関しても、私たちは米国にではなく、右傾インテリに対しては冷静になるべきだ。
演劇の力や価値が発揮されるのは、これから先だ。その遅延を悔しく思うことはナイ。ちぎれた指がくっついてからしか、ダイアモンドの指輪ははめられナイのだから。

臥薪嘗胆、捲土重来、被災地の観客

演劇に何が出来るかという問いを、もう少し具象してみると、こういう問いかけになる。「被災者に対して、演劇に出来ることとは何か」ここでは、昨日書いたように「痛裂な観客論」ということになる。いま、被災地の復旧、復興のならぬ期間(何カ月かかるのかはもちろん不明だ)、私の出演する二人芝居(流山児事務所公演・『夢謡話浮世根問』)も、仙台、盛岡公演を5月下旬のツア-に予定されており、仙台の待ち受け小劇場のほうでは、上演を成立させんがために奮闘されていて、流山児事務所側も、予定通り、これを行うと当方に告知があった。ところで私はこれを断り、参加しない旨を伝えた。つまり事実上「やめたほうがイイ」と返答したワケだ。待ち受け側では、まだライフラインが復旧しておらず、小屋も完全に復旧していないので、別の小屋を打診しているとのことだったが、そのような空き小屋があるのなら、被災民の方たちのために使ったほうがイイ。待ち受け側の奮闘ぶりはワカルが、それはともかくも、現実の「地震災害」からの一時的な回避だと私は考える。直截被害を受けなかった私たちは、原発を除いて、地震はもう終わったように錯覚してしまっているが、避難民の多くの方々に、「地震災害」がのしかかってくるのは、ほんとうは、これからだ。ヒトは、あまりの大きな災害に出会うと、ある期間はそれを現実として受け入れナイように脳が働く。ましてや、情報の遮断された現在、おそらく避難民の方々の多くは、災害自体の大きさすら知らないと、推測出来る。そうして、それがわかり始めると、心的外傷後ストレス障害(PTSD)という、阪神淡路でもみられた、喪失感、絶望感、が襲ってくる。これにいたるのには、数カ月。いまだ被災者の方々は、毎日の衣食住で精一杯なのだ。
もし、その被災地で、演劇公演があったとしよう。やって来る観客は、どのような観客だろうか。難を逃がれた、「芝居を観る余裕のある観客」だ。宮城県だけでも、避難民73300人、この避難民の中から、誰がナニを観に来るというのだ。
さらにいえば、もし公演を行ったとしても、我々は帰ればイイだけだ。「マツリのアトの寂寞」を、如何にして現地待ち受けの方々は耐えるのか。「自分たちは、震災直後に演劇公演をやったぞ」などというのは、何の勲章にもならない。ほんの数日の励みにはなるかも知れないが、逆に「自分たちは、ナニをやったのか」という、気を張ったアトの、自責自問に追い詰めれるかもわからない。重ねていうが、「演劇」にやれることがあるのなら、大袈裟にいって、その使命があるのならば、現地のヒトが、海岸に流れついた無残、悲惨なランドセルの傍らから、ボ-ルを拾って投げることを始めてからだ。その公演の日が一日も早く来ることを祈りながら、待ち受けの人々のところには、芝居をしにいくのではなく、公演日を、小劇場(小屋)の復旧作業協力のために出かけるべきだ。そこでは、作業のアト、いろいろな芝居の話も出来るじゃないか。それに勝る「演劇の役立てかた」はナイ。

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