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2011年3月

2011年3月31日 (木)

演劇に何が出来るのか

『阪神大震災は演劇を変えるか』(1995年・晩成書房)は、多くの関西演劇関係者によって編纂された、阪神淡路震災と、演劇の位相についての苦渋と捲土重来の寄せ書きである。もちろん、関西圏で多く上演経験を持つ、私もインタビュ-に答えるというカタチで参加している。インタビュア-は、当時、日本経済新聞の関西芸能を担当してらした内田栄一さんだ。ここには、インタビュ-前に私が書いた劇団通信から、長い引用がなされている。一部を転載する。「地震被害はこれで終わりではない。やっと始まったというべきである。日本の経済的繁栄は、主要都市の地震活動が、ちょうど温和な次期に重なっていただけである。関東、東海、そうして関西においても、今後、震災は必ずある。防災は行政とまた自治体や個人の問題であるが、演劇はかくなる場合にいったい、何に対して有効であるのだろうか。これは非常に痛裂な観客論であるし、表現者に突きつけられた大きな問いかけである。
私は、私たちの演劇が、即効的に有効性を発揮するものだとは思っていない。私たちの演劇を観たからといって災害時にどうなるものでもない。そんなことは分かり切ったことのように思われる。(中略)では、演劇は非常時には無力なのだろうか。演劇は畢竟、遊戯である。従って(私の)演劇の有効性とはまさにこうである。被災地に焼け残ったボ-ルが転がっている。身内を失った父と息子あるいは母と娘でもいい。兄弟でもいい。そういうひとがいる。家はないが空は青い。そのとき、子供がボ-ルを拾う。父はこっちに投げろと合図する。子供が投げ、父が受け、キャッチボ-ルが始まる。瓦礫の中で生き残った証のような、ひとつの遊戯が始まる。この人間の力を信ずることこそが、私の演劇であり、演劇の唯一の有効性なのだ」
この自問自答から得たものは、いまも変わっていない。マスコミでは、精神的ケアというものがいわれるが、このさい、ハッキリいっておけば、この事態、この時期において、被災地に対しては、「演劇などは何の役にもたたない」ということを自覚するほうが、演劇人、演劇関係者にとっては必要なのだ。この度の地震は、阪神淡路に比して広範囲だ。救援物資にしても、やっと行き渡り始めたところもあれば、未だに、何処に誰が避難されているのか不明なところもある。情報が遮断されている。この情報が伝わり始め、東京、名古屋、関西では、演劇活動が行なわれているということを知らしめることのほうが重要なのだ。特に東京では「(無)計画停電」に関わらず、幾つかの小屋では、何とか舞台が上演されているということ、まだ、日本の遊戯、娯楽は大丈夫だということを、それだけの余裕があるのだということを、送信することのほうがタイセツなのだ。技術者は技術者なりに、経済人は経済人なりに、アスリ-トはアスリ-トなりに、ア-チストはア-チストなりに、flagをたてよ。被災地の数多の破砕されたランドセルの傍らから、避難民の誰かがボ-ルを手にして、キャッチボ-ルする遊戯を始めたとき、あたかも、投球の手伝いをするかのように、そこから演劇は始まる。必ず、息を吹き返す。そのときは、その地に「演劇」のflagをたてればイイ。

2011年3月30日 (水)

『寿歌』自作解題・3

一昨日、とある旧知の記者からインタビュ-を受けたが、その記者から得た情報によると、トヨタの社員が、被災地入りしたらしく、そのとき、避難所の人々に「愛知はどれくらいの被害か」と訊ねられたらしい。つまり、あらゆる情報が遮断されているので、被災者の中には、日本全土が壊滅状態にあると思っているひとが多いらしいとのことだ。毎日、テレビで被災地、避難所を眺めている私たちからは、想像も出来ない。それは余談として、インタビュ-の中で、私はなんとなく、『寿歌』で私が書いた情況と、現代の情況というのが、重なってきているんじゃないかなあ、と答えた。それはこの度の地震のことをいっているのでは、もちろんナイ。『寿歌』の、あの、寒々とした荒涼の地平線、コンピュ-タが「おかしなって」飛ばしているミサイル。「まんで花火や」と、キョウコは、その爆発を観ていうのだ。それらは、劇におけるメタファ-には違いないのだが、また、fictionではあるのだが、かなり明確に「現実(reality)」を通して視線が観たもののように思える。・・・『寿歌』の上演が、ある劇団とカンパニ-で予定されている。「なんの話かワカラナカッタ」話である『寿歌』は、いま、現在において、「やっとワカル」話となって読まれはじめているのではないのか。それは核戦争後の話でもなく、この現在をお伽話にした、そのような物語なのではないか。ああ、そうなのだな、お伽話のように読めばいいのだな、と、私自身がそう思う。チェスタ-トンは、お伽話は、教訓に満ちていて、聖書の矛盾(なんだかワカラヌところ)は、現実においても、何だかワカラヌ矛盾として対応していると、『正統とは何か』で述べている。キョウコはヤスオから赤い櫛をもらうが、それをどう解釈しようと、ともかくは、キョウコがヤスオから赤い櫛をもらった、という事象以外のナニものでもナイ。その現実において観客が受け取るインスパイアは、そのrealityの持つVektorそのものなのだとしかいいようがナイ。つまりこういうことだ。街角で、青年が少女に赤い櫛を手渡している光景を、私たちが目撃したとする。それは、現実そのものだが、日常的な風景といえるのかどうか、奇妙な表出を強いる。で、そこから生ずる想像力こそが、私たちのfictionであり、イリュ-ジョンなのだ。最初にfictionやメタファ-などが現実にあるワケがナイ。もし、そんなふうにしか現実が読めない、観られナイのだとしたら、その表現者は、何処かで、心的な表出を逆立させていることになる。夏目漱石(正岡子規が添削)の「菫ほど小さき人に生まれたし」という、愛しい、優れた句も、菫が現実に咲いていなければ、詠めないものだ。たぶん、私は、あの当時、何かを対象に(何かを観て・・・おそらく私自身の観念であろうけれど)私自身をポンと投げ入れたに違いない。

2011年3月24日 (木)

『寿歌』自作解題・2

いま、何故『寿歌』の解題などやっているのか。・・・阪神淡路震災のアト、そういわれるだろうなとは覚悟していたが、このロケ-ション(もちろん、震災地だ)は『寿歌』を上演するには、最適だということを、何人ものひとにいわれた。そういったひとに悪気があったワケではナイ。何かしら「演劇」の力を信じていて、『寿歌』の上演が、被災地への励ましになると、みなさん、そう思っていただけだ。私はそれはチガウと考えていた。現在進行形の東日本関東大震災は、私は実際に体験したことはナイが、戦中戦後と同様と了解出来る。阪神淡路のときにも書いたが、「焼け跡から焦げたボ-ルを拾って、キャッチボ-ルを始めるところからしか、演劇も始まらない」と私は思う。
天の救いも仏の慈悲もアテにはならぬ。もし、それがあるのならば、ひとのココロの中にある、それをしかアテには出来ぬ。
ゲサクとキョウコは、戯作と虚構からのもじりでのネ-ミングだ。キョウコのキャラは、安吾の『白痴』の影響だ。ゲサクは、キリスト教の愛も受け入れられないし、かといって何かを愛すべきキャラでもナイ。私は「愛」というモノがワカラナイが、それは、単に自分のことが好きだからにしか過ぎぬ。自分しか愛せぬから、ひとを愛せないだけだ。ただしそれはNarcisseとはチガウ。自分で自分を愛するのではナイ。ひとに愛して欲しいというだけ、それだけしか、自分を動かす力がナイのだ。「愛されるひとにはなりたい」が、「愛するひと」になる能力がナイのだ。この欠落を私は恨みはシナイ。双方ともに持つのは難しいのではナイかと思うからだ。そのせりふをゲサクはこのようにいう。「何処へいっても何処でもナイし、あっちはどっちや」。文脈に添って意訳してみる。「愛そうと思っても愛せないし、あの愛はどの愛だ」・・・宗教者が役立たずであることは、カミュの『ペスト』でもう描かれている。しかし、同書で表されたように、私たちはいま勝ち目のナイ戦争をしているのではナイ。なんとしても、負けぬように闘っているのだ。ゲサクとキョウコのリアカ-が、モヘンジョ・ダロ(死の丘)に向かうのは、文明の滅んだ都市へでも、芸人は向かっていくのだという、粛々とした覚悟にみえるかもしれないが、ほんとうは、そんなに気負ったものではナイ。ひとつそこで芸でもみせて、錢稼いでという、あらエッサッサの芸人根性であり、キョウコは、そこでホタルの子供を産むとまで妄想しているのだ。蛍のメタファ-は、鎮まらぬ魂や怨恨や、微かに灯る冷たい生命のエネルギ-なのだろう。

自作解題『寿歌』・1

『寿歌』が書かれたのは、1979年(昭和54年)の春である。この年、私は27歳。1977年(昭和52年)の暮れあたりから、体調に異変を感じ、次の一年は寝ても起きても具合が悪く、医者や病院に行っては「何処にも異常はない」と診断されるだけで、たぶん難病だろうと諦念して、さまざまな人々宛に遺書などを書き、それでも、劇団への戯曲執筆を滞らせることが出来ないので、実家にもどって、ボ-ルペン原紙に直筆で原稿を書いた。近所のあばら家の梅の木に蜜蜂が飛び交っていたのを記憶しているので、春だったと思う。書くとはいえ、10分ばかり書いては、横になり、また起きては書くというありさまだった。微熱があったのか、私は自分を心地よく冷やしてくれる雪が欲しくて、ラストシ-ンを雪にした。書いているさなかも、自分がいったいナニを書いているのかヨクワカラズ、とりあえずこれは女優の稽古用台本ということにしておこうと決めて、四組のキャストで上演してみた。
上演はしてみたが、何の話なのか私にもワカラズ、意に反してこれが岸田戯曲賞の候補となって、世間に注目されるようになってしまうのだが、当時は、リアリズム演劇の諸派からは、こんなものは演劇ではナイといわれ、反核派からは、反核演劇扱いされ、ある批評家からは、文章が安っぽいと貶されて、当人は、窮していたのだが、意地でも、これが何の話なのかワカルまで上演しようと、15年ばかりやって、要するに実に単純な話であると了解、理解、納得、出来た。
『寿歌』は、私自身の人生の予言のようなもので、登場人物のキャラクタ-をいってしまえば、ヤスオ(ヤソ)は役立たずの神そのものであり、世界が滅んでから、のこのこと出てくるのだ。とはいえ、そんなヤスオ(神)に、無垢で白痴な魂のキョウコは恋をしてしまうのである。それを知ってか知らずか、ヤスオ(神)はさっさと何処やらかに行ってしまうのだが、ゲサク(これが私の分身らしいのだが)信仰を持つことも出来ず、ただ、芸を売って廃墟をさすらう運命(さだめ)の芸人で、せめてキョウコにはと、ヤスオのアトを追わせるのだが、キョウコは帰ってきてしまう。ゲサクが生き返るのは、復活でもナンデもなく、死んでみせるのも芸のうちということなのだ。そこで、ゲサクはキョウコとともに「ただ、いくしかない」荒野を行くのだが、つまり、なんのことはナイ、観てのとおりのお話である。私の人生そのものを私は、27歳のときにすでに予言して、それを書いたので、何の話なのかワカラナカッタのも無理はナイ。そうして15年して、自らの人生に気づいて、ああ、そうだったのかと、この作品と私自身との関係を了解しえたという、ごくろうさん、の、おつかれさまなのだ。蛍と櫛と雪、このメタファ-がナンであるのかは、また次回。

愚兄賢弟・談話

ところで、かくも迅速に、政府が農産物、水道水に対して、放射性物質濃度の危険値を告知、食うな飲むなに踏み切った理由について、愚兄賢弟の談話において、幾つかの理由があげられた。もちろん、何れの場合も政府の責任回避ではあるのだが、まず、この度の震災の重要視点を東京電力原発のほうに大きく振り向けようという算段で、国民の視線は、いやがおうにも原発事故の放射能に向いてしまう。もちろん、原発事故は重要課題ではあるのだが、他にも政府が取り組まねばならぬことは山積みしている。つまり、これは、管総理の東電に対する意趣返しだ。(東電からの最初の情報欺瞞で、初動を誤ったからナ)次に考えられるのは、原発の事故終息が、国民に開示されているほど、うまくいっていないということだ。つまり、今後、多くの放射性物質の飛散を見込んでいるということだ。まだあったかと思うが、私たちにおいても、被爆国の国民でありながら、放射能についての知識に、あまりに乏しいという、無知の責任だ。思い返してみても、12年間の学校教育で、シ-ベルトやベクレルのこと、ナガサキ、ヒロシマを主題にした「被爆」とはナニかについて、きちんと教えられた記憶はナイ。・・・政府のいうことは信じられナイといいながら、こういう発表にだけ、それを信じて右往左往するのも滑稽なことだ。・・・もう一つ、東海地震の想定が、こないだまでの、向こう30年間に50%から90%になったことだ。100%というのは出せない数値だから、これを年数に換算すれば、15年後には、今度は東海・東南海地震の起きる確率は五割になる。これはこころしておくべきだ。

ただちに、愚策をやめるべきだナ

弟の右耳が聞こえないということに気づいたのは、昨日の三回忌、粗餐の席のことで、気づいたのは母だ。私より多く弟に接しているからだろうが、私はまったく気づかずにいた。「子供のころからか」と問うた母親に弟は、「いや、違う」とだけ答えた。私は「聴力検査はしたのか」と訊ねたが、していないとのこと。外人客相手に狂言をみせる月4万の収入で京都で生活しているが、何か他にも仕事はしているのにチガイナイ。昨日は午後、夜と、テレビを観ながら、原発、原子力などについて弟と談笑したが、どこで仕入れ学んだのか、知識はかなりのものだった。パソコン関係になると、ヒジョウに詳しい。・・・話題は政府の愚策や、NHKのアナと解説者の珍問答に及ぶ。「ただちにとは、どれくらいの期間なんでしょう」と、検出されたヨウ素の危険性をアナが訊ねたのは、的を射ている。私たちも(皮肉でいうのだが)政府に訊きたいところだ。ところが、これに解説者が「二十日くらい」などと、イイカゲンなことを一言で即答している。ヨウ素の半減期は8日だ。・・・池上彰さんの生放送を観る。ゲストの原子力関係の大学のセンセイは、番組のタイトル通り、かなりワカリヤスイ懇切丁寧さだったが、それでも、母親は、ワカラナイと首を捻る。たしかに「距離の二乗に反比例して」放射線は弱まるのだが、そういういい方では、ここで、母親などはもうワカラナイ。ここは簡単に「遠くなれば弱まる」といえば足りた気がする。もちろん拡散はする。しかしながら、政府の農産物や水道水に対する『暫定措置』は間違っていると明言されたことには、よくいったナと、拍手しておく。もちろん、この局、この番組制作者に対しては、そのアト、おそらくそのスジからの厳命注意があったことは想像にかたくない。

2011年3月23日 (水)

三回忌

本日は父親の三回忌。母は、粗餐の八寸の内容がどうのこうのと、昨日からアドレナリンが出ている。私は、そんなことはどうでもいいので、生返事をしながら、聞き流しているが、八寸とは何なのかだけは調べてみた。これは懐石料理の一つで、今日のような場合は本膳の傍らに出す据え膳だ。私のほんとうのところをいえば、三回忌など、どうでもいいのだ。陸前高田で未だ安否の知れぬ、村上敦子のご両親のことが心配だ。敦子さん(元、私の角川書店、編集担当)の墓も流されたろう。仏壇に供えた、私の未発表原稿も。こんなときに、かの父親の三回忌とは、どうでもいいことだ。

2011年3月22日 (火)

針小棒大

政府がまたワケのワカンナイこと(どう考えても矛盾)したことを正式発表した。農畜産物の出荷停止だ。この記者会見において「人体に害を及ぼす数値」ではないが、「万全を考え、国際基準の規制値を超えたので」ということと、「一度食べてただちに害を及ぼすことはナイ」ので風評を警戒して、過剰反応せぬように、と付け加えているが、過剰反応をしているのは無知な政府そのもので、風評は、この発表で起こった。「一度食べてただちに害を及ぼす」なら、ミステリに出てくる青酸カリと同じだ。つまり、またしても、その量が、質的にどう人体に害を及ぼすのか、具体的な表現を避け(もち、責任逃避だ)ているので、こういうときには、キチンとどの程度の危険性があるのか数値を示さなくてはならない。今度はベクreルとういコトバが出てきた。昨日の長崎大大学院山下教授が、早速、今朝(3月22日)の産経新聞で談話を寄せている。かいつまんで要旨を移すと、ベクreルという単位は、放射能の強さや量を表している。1秒間に原子が一個崩壊すると、1ベクreルとなる。シ-ベルトというのは、人間が放射線を浴びたときの被爆量を表す単位だ。スト-ブに例えると、熱源のエネルギ-(カroリ -)がベクreル、距離によって異なる暖かさを感じる度合いがシ-ベルト。今回の事故では、ホウ連草から暫定基準値の約27倍にあたる5万4100ベクreルの放射性ヨウ素を検出したが、規制値はかなり余裕をもって設定、現在の数値では飲食しても健康への被害はない。例えば、5万4100ベクreルを被爆量に換算すると、1・19ミリシ-ベルトとなり、胃のX線検査(約0・6ミリシ-ベルト)の2回分に相当。人体への影響は100ミリシ-ベルト以上を受けたときとなっているので、まったく問題ない。流水で洗うだけでも、放射性物質を落すことが出来るので、神経質になりすぎないことだ。・・・・政府は、大慌てであちこちから専門家(らしい)のをかき集めて委員会を設け、農畜産物の基準値を決めようとしている。まあ、お墨付きが欲しいワケだ。ここでまた失敗こかなきゃいいけどなと、要らぬ心配にならねばいいが。

2011年3月21日 (月)

全文を掲載しておく

本日(3月21日)、産経新聞朝刊のコラム、こういう記事はありがたい。(パソコンの文字変換不備があるが)全文を転載、掲載しておく。

長崎大大学院・山下俊一教授『現段階で健康不安なし』・・・「長崎原爆のほか、旧ソ連のチェルノブイリの被爆者医療に20年携わってきた。その経験から、今回の事故による健康被害は、あまり心配していない。避難対象を現場から半径20キro以内、さらに30キro以内を屋内退避とした国の判断は妥当だった。今後もさらに範囲を拡大する必要はない。従って、福島市からの避難を考えたり、首都圏に住む人が西日本に逃げるような行為は無意味だ。なぜなら、テreビでおなじみになった、マイクroシ-ベルトとか、ミリシ-ベルトという大気中の放射線量が、体内に取りこまreるのは、その10分の1にすぎない。一般の方は、こうした単位についてあまりに不勉強だと思う。一時、原発から60キro離reた福島市で、県内で高水準の毎時20マイクroシ-ベルトの観測が続いたが、放射能は気象条件や気流に影響して飛ぶ。このケ-スで1時間外にいると、2マイクroシ-ベルトが体に入る。仮に一カ月間、外に居続けても、1~2ミリシ-ベルトしか蓄積さreない。甲状腺への影響を和らげるため、安定ヨウ素剤を配布する基準は、毎時50ミリシ-ベルト(同5万マイクroシ-ベルト)に達したときだ。現状とはほど遠い。水道水や葉もの野菜からの検出値も、科学的にみreば、甲状腺に悪影響を及ぼさない。冷静に対応してほしい」

私たちが不勉強なのかどうか、(おそらくは、政府・マスコミのほうが不勉強なのだ)ともかくも、こういったエビデンス(根拠)のある数値を被爆者医療の専門家から公表してもらうのは、たいへんありがたい。政府も倣って、買い占めに走る東京都民に、ただ自粛をよびかけるのではなく、米が、いつ、どんだけ店頭に並ぶのか、具体的にいえばいいのだ。東海道新幹線で関西方面に疎開などしている家族を責めることは出来ないが、(私だって、いま、この家に避難民の方がやってきても、さあ、どうぞというワケにはいかないからな)少なくとも、阪神淡路のとき、大阪で買い占めなどは起こらなかった。まあ、逃げたいひとは逃げ、東京都民は、買い占めたペ-パ-や米を抱いて眠ることだ。そいつで安眠出来るのなら。 

2011年3月19日 (土)

最悪のシナリオとはナニか

まず、政府行政のマヌケ(いつもそうなのだが)が、ハッキリ、ものをいわないので、一般の私たちとしては、右往左往するしかナイのだが、私のような門外漢にワカッテいることだけをいう。原発事故についてだが、私たちに害があるのは「放射線」という、いわば、量子の波だ。この放射線を出す能力を「放射能」という。で、その能力を持つモノが「放射性物質」とよばreるモノだ。昨日も書いたが、プルトニウムに中性子がぶつかると、核分retu(ヨウ素131、ラドン、セシウム、ストronチウム、などなど多数の放射性物質に分かreる)を起こすことになる。「臨界」というのは、この連鎖反応が続くことだ。今週号の週刊ポストによると、「核分retu」は、福島原発内で停止しているのではないかといういう見解が書かreている。稼働していた1号機、2号機は、、圧力容器が溶けても、格納容器の頑丈さから、放射性物質が、外にもreることはあまり心配ではナイ。ヤバイのは、核燃料保管の3号機、4号機で、こいつは格納容器に入っているワケではナイ。プ-ルに保管してあるだけだ。従って、水をどんどんぶっかけているのだ。このへんの事情も週刊ポストの今週号で知った。つまり、4号機に水を満たすことが出来reば、ともかくは、最悪のシナリオは回避出来る。放射線は、かなりの地区で、もちroん、東京でも測定さreるが、ヨウ化カリウムを飲まねばならない事態にはならないと推定していい。核の大爆発が起きるのではないかなどという、不安はまったくナイので、ともかく、お釈迦様のたらした、一本の蜘蛛の糸にしっかりとつかまって、カンダタのような、マネはしないことだ。

2008年現在の日本人二人以上の勤労所得者世帯の平均貯蓄高は、平均1250万円だ。ここに、2009年現在の30歳以上75歳未満までの人口37,771,000人の二分の一、18,885,500人を乗算してみる。すると、概算でも240兆円の預金資産を日本人は所有している。核家族化が進んでいるとしても、二人以上の世帯はあるわけだが、その辺りを考慮しても、150~180兆円の資産を保有していることになる。こreは、この度の地震の復興費用(もちroん、タダで差し出すワケではナイが)に需要、供給として充てるのに、経済的には、充分ではないのか。

以上、門外漢がいうんだから、アテにはならぬが、政治行政よりはアテになるぞ。こういうことは、私のような専門外のもののいう数値よりも、専門家が、知恵を出し合って、ちゃんとした数値を弾き出すことがタイセツなことだ。

私は、何とか62歳まで生きようなどと思ってきたが、いまの日本が復興するのをみるまで生きてみたくなった。災害直後によくある、一時の操状態なのかもワカラヌが、ともかくは、ともに立ち直ってみたいなどと思っている。

2011年3月18日 (金)

ともかくも開店

東京から、名古屋に一泊して、昨日、滋賀の実家にもどる。東京では、トレペやティッシュの買い占めの行列があちこちでみられる。ライフラインは生きているのだが、順次停電が不安を煽っているようだ。と、同時に地震はもう、過去形でかたられ、「すごかったね」などというコトバを耳にする。まだ、始まったばかりだというのにだ。これは、原発の情況をみてもわかることだ。政府は、「最悪の場合」どうなるのかを発表しない。最悪の場合は、外部で核分裂が起こることになる。その構造をいえば、福島原発はプルトニウム燃料だから、このプルトニウム239に中性子がぶつかり、それによって、また数個の中性子と、放射能物質が放出される。数個の中性子は、さらに、それらの物質にぶつかって、連鎖反応が続く。こうして、数多の放射能物質は、放射線を発して、人体に影響を及ぼすことになる。つまり、私たちは、核分裂の真っ只中におかれることになる。核ミサイルの爆発ような事態にはならないが、要するに、被爆することに変りはナイ。・・・おそらく、現地では、さまざまなひとびとが、ほんとうに命懸けの作業をしているに違いない。

さて、仕事がたまっているので、この時間はここまで。ともかく、無事を祈る。

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