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2010年11月27日 (土)

キシキシと軋む

軋むは(きし)むと読む。念のため。奇しくも(これは(く)しくもと読む。念のため)中島らもと私と岩松了は同い年(タメという)だ。中島らもは躁鬱病で、そのどちらかの状態のとき、仕事場で突然、激しい希死念慮に襲われ、「何故死にたいのか」を必死懸命に考えても答えが出てこず、ともかくは、劇団のわかぎ・Fを呼び出して、救急車を呼んでくれと頼んだそうだ。もちろん、救急車など来てくれやしない。・・・で、私は今朝からその希死念慮のキツイのと闘っているのだが、これは鬱病の(私の)身体症状(もしくは心的状態)の作用であって、説明するのが難しいのだが、たとえば、外出中に激しい下痢の腹痛に襲われたと思ってもらうのが、イチバンわかり易い。冷や汗をかきながら、トイレを捜した経験は、誰にも少なからずあるはずだ。で、神の救いか仏の慈悲か、トイレをみつけて、出すもの出してほほほおおととっと、スル、のだが、希死念慮の場合、そのほほほほほおおととっは、死ぬことを意味している。死ねば、そんな気持ちになれるだろうなという念慮なのだ。そういう念慮で、心身、軋んでいるのだが、これはトイレにいっても治らない。未体験のことではナイので、心身を放り投げておくしかしょうがナイ、自然に消えていくのを待つしかナイ、とはワカッテいるけれど、母親を欺かねばならず、これがさらに酷くなると、布団にうずくまって、呻くワケだけど、それもならず、まあ、生還したら、お慰み。

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