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2010年11月30日 (火)

つい、いった。

連日マスコミ報道を賑わせている梨園の暴行事件。『相棒』の右京ならこういうナ。「特徴は二つです。被害者は顔だけを殴打されている。しかも、致命的重症になるほどにです。歌舞伎役者にとって顔は命です。そうして携帯電話を盗まれている。ここから被疑者を絞り込むことは可能です」・・・私ならこういう。「たかが河原乞食が殴られただけじゃナイか。あの程度の役者なんてほんとは腐るほどいるはずだ。あの役者は腐っていたかも知れないが。何が[にらみ]は専売特許だ。ロンパリくらいやれる芸人もまた腐るほどいるぜ」

就職難だそうだ。就職浪人にならぬため就活は大学3年生からだそうで、では、受け入れ側はどうかというと、大手はどんどん人手を切っている。中小企業は人手不足ときている。これは、経済学の問題だろうが、やや「ヤバイ経済学」に属する。両親は子供が大学を卒業するために莫大な銭を投資する。小学校から塾だ。両親にせよ子供にせよ、回収しなければならない。それには中小企業では無理だ。国立大学まで出してやって、社長と社員が3人の会社に就職とは何事か、になる。で、なんとしてでも大手。しかし、いまの趨勢を観るに、大学ではアタリマエのことだが、キチンと学問して、出来れば大学院まで進み、自身の研究の成果を以て、大手に売るほうがいいように思う。ノーベル化学賞は、すぐに銭になる。

イジメの責任を親が学校に訴える。学校側はこれを隠すが、終には謝罪。そんなことなら訴えでた親に学校側はこういってやればイイ。「親という者はイチバン子供に近いところにいるものです。いったい、家庭にいるとき、どういうふうに子供さんとcommunicationをとってらしたんですか」・・・演劇教育(ほんとうは教育演劇なのだが)はこのcommunicationを教えるのだという。演劇表現のコトバはcommunicationを[一部]含んでいるからに過ぎない。教えるなら、death communicationを教えたほうがイイ。

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