シーシュポスはかく語りき・4
シーシュポスは目覚めた。「恋というものは、その初めは、なにか自分たちだけの特別なことのように思えるのだが、終わってみると、誰もが経験している恋と寸分ちがわぬものだ」
かつ、彼はいった。「種の保存に、恋愛というドラマツルギーがあるのは人間だけだが、従って、それが、水棲種が陸に上がってエラから肺へと呼吸の手段を変えるまでの、数億年の苦しみに匹敵するのもアタリマエといえば、そうとしかいえない」
さらに彼はいった。「恋が文学であった平安朝の貴族においては、三十一文字で、恋が表現されていた。しかし、いにしえの万葉においても、直截的な、なんの技巧もナイ、また身分や門地を問われナイ、ココロの三十一文字があったのだ。いま、私たちが失ったのは、恋そのものではなく、そういった三十一文字のほうだ」
彼は続ける。「失った恋ゴコロを癒すものは、新しい恋ゴコロでしかない。しかし、その恋もまた失われることだろう。この連鎖は終わることはナイ。何故なら、恋というのは、進化の必須条件だからだ」
かくして、シーシュポスは、心身(しんじん)脱落したかのように眠りについた。
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