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2010年9月 3日 (金)

生殖の傷み

いわゆる成人コミック(エロ漫画)では、町田ひらく、しか読まない。多く読んでいるほうではナイが、この作者の傾向は一定している。初潮を迎える前の少女が、侵されるというパターン以外には殆どナイ。茜新社の『たんぽぽのまつり』シリーズは、主色の出来で、扱っているのは、共同幻想と、その贄としての少女の祀りだ。少女を犯すのは、老人であり、およそこの組み合わせは、現代(いま)の時代のある象徴だ。他の作品群でもそうだが、町田氏の作品には独特の痛々しさと哀しさがある。しかし、もとより、生殖行為というものは、痛々しいものであり、悲哀だ。処女膜がなにゆえ人間に残っているのかは知らないが、傷みと出血をともなうというのは、生殖行為というものが、生物が生きる(存続する)ことにおいての、進化の連鎖の激しい、痛苦の考古学だ。書店に平積みされている人生論やら、成功術やら、宗教のコトバやら、哲学の訓辞の類が、殆ど用をなさないのは、人間が「生物」としての自然の生命体であるからに他ならない。なにをどうコトバにしようと、人間は、どうしても生物としての自然の生命体だ。斬られりゃ痛いし、自身の命を本能的(というコトバもインチキ臭いが)に守ろうとする。それは、自己免疫の細菌、ウイルスに対する闘いでも充分に理解できる。bacteriaと闘うために発熱している身体に対して「心頭滅却すれば・・・」などといってもアホラシイだけだ。難病とはいうが、難病でナイ疾病など存在しない。それ以外は、疾病ではなく、単なる症状というべきだ。海から陸への生物進化の必要が、生殖にあったのか、海から陸へと進化する過程においての試行錯誤が生殖を変えていったのかはワカラナイが、いずれにしても、生殖行為(生命存続)のためであったとしかいいようがナイ。聖戦がどうとか、罪の許しがどうとか、極楽往生がどうとか、現世御利益がどうとか、正義も悪もへったくれもねえ。人類の歴史に在るのは、生殖の傷みと悲哀だけだ。そのオマケやご褒美に快楽悦楽欲望がついてなければ、人類は、数億年前に滅亡していることだろう。

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