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2010年8月 1日 (日)

もう一人いる

実家にもどってからこっち、心配のタネは、鬱病がいつ出るかということだった。で、ここんところ、希死感が次第に強くなり、これは、鬱病の出る前触れのように思えた。ところで、当初から、どうも疑問に思っていることが一つあり、それは、私は独居老人の家にもどってきたのだから、この家には、二人しかいないはずなのだが、どうしても、もう一人、ひとの気配、あるいは存在意識、他者視線を感ずることだった。これも次第に強くなり、まるで座敷童子でも存在するのではないかと疑えるほどになった。ここで、その得体の知れない「存在」から何かmissionのようなコトバでも聴こうものなら、統合失調障害である。・・・夜、ひどく自問自答に苛まれるようになって、ゆんべ、「芝居というのは何がオモシロイんですか」という問いがやってきた。私は、これに一所懸命答えようとしたが、まったく答えられない。そういうとき、餞別にもらった一冊の書籍を本棚にみつけた。『心より心に伝ふる花』(観世寿夫・白水社Uブックス)だが、私は活字を読む気力もなく、なんとなく数ページを流し読みしただけだ。とはいえ、この著者が能役者で、世阿弥の『花』について語ろうとしていることは理解できた。と、ともに、私の疑問は二つとも氷解した。その答えは、来年の正月に公演される21世紀foxの書き下ろし戯曲に、せりふとして書いた。そうして、もう一人の存在とは、なんのことはナイ、ひじょうに強い客観(対自)だということもワカッタ。つまり、私の[意識としての私]だ。鬱病期を乗り切る一つのコツは、出来るだけ自分を客観視しないことだ。具体的にいえば「私はこうだ」という思いを持たないことだ。逆にいえば「私はどうでもイイ」というタイトな覚悟を持つことだ。鬱病35年のベテランにいえることは、その程度だ。

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