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2010年8月

2010年8月31日 (火)

ライプニッツの神と、演技と

『ハイ・イメージ論Ⅱ』(吉本隆明・福武書店)の「自然論」から、ライプニッツの神学を考察する、ある部分を抜き出してみる。(ここはずいぶんと興味をひくところだからだ)。「なぜ自然の事象はいまあるように実在して、別様に実在していないのか、そのわけをかんがえてみる。そのわけはそこにある実在の物体にも、精神のなかの物体の表象にもみつけることができない」・・・ここで、著者は、唯物論者にも、またヘーゲル流の観念論者にも釘を打ち込んでいる、とみていい。しかし、私たちが興味をもつべきは、このアトの考察だ。「物体はそれじたいでは運動にも静止にも無関心(イナート)だから、運動を起こしている事象の根拠をその物体には求められない。物体が現にやっている運動は、以前の運動の継続だから以前の運動に原因があり、以前の運動はそのまた以前の運動からやってきたもので、どこまで遡っても、なぜ運動する事象がこのようであって、別様でないのかは、わからないままだ。だとすればひとつの事象のありさまがそうであるわけ、しかもほかのわけがいらない十分なわけは、このたまたまおこっている事象の系列の「外(原文太字)」になければならない」・・・私たちはいつものごとく、この「物体」を「演者」に置換し、「運動」を「演技」と置き換えることにする。その置き換えが可能なワケは、演じることの経験者なら実際に体験していることだが、演者が、演技をもって、何か(この場合は「役」になるが)を演技している場合、その「演技」はまさに「運動」と呼ぶにも似て、あたかも、意思するままに動いているのではなく、ごく「自然」に、まるで「自身の系列の[外]からの力」で動いているように感じてしまうことが数多あるからだ。この現象は、ほんとうなら「稽古論」として、論じられるべきものだ。「なぜ、芝居というものは何度も同じ稽古を繰り返すのか」という問いかけに論理的に答えられる演劇やワークショップの指導者がどれだけいるのか、それぞれの指導者にこの問いをぶつけてみたいものだが(暑いのと、眼のピント調整の老化で、目前の字がぼやけて、鬱陶しいから、気分も鬱陶しくなって、そんなことをいうだけですわ)、キェルケゴーやハイデガーの実存主義哲学の解釈でいえば、その現象は[反復]という概念でとらえられ、マルクスなどの唯物論弁証法でいえば[量質転化]で述べられるものだ。もちろん、ライプニッツが考えたように、事象の運動を動かすものが、それじたいの系列の外からやってくるということは、演技という運動の力がけして外からやってきているものではナイのと同様、ありえないものだが、私たちが考えるべきは、それがあたかも[外]からの力のように、あるいは、自身の意思ではないかのように「身体」が動いてしまうと感じることへの人間の「自然」だ。ここでいう「自然」とは、三流演出家の呪文のようなコトバ「もっと自然にやって」の自然と同じ自然だ。「成すがまま」「ありのまま」という、偉い宗教者のオコトバに最もよくみうけられるものと同意だ。王道をひた走っているecologyとは何の関係もナイ。少なくとも、この時点でいえることは、「稽古」というのは、不自然なものを自然なものへと回帰させる営為であり、そう考えると、人間という自然は不自然なものであるとするのが正しい観方であり、それが(稽古過程を経て)自然なものになったとき、あたかも、自らの力以外の力(誤解をおそれずにいうなら、自身以外の環界的自然)に外的自然(身体)が操られているような感覚を受けるという、「受動的体験」とでも称すべき体験をするということになる。

2010年8月30日 (月)

いまさら、ナンですが(改稿)

24時間テレビ『愛は地球を救う』は、今年もあって、ともかく24時間やってるから(それを母親が観ているので)どうしても目に飛び込んできて、さらに母親の「さっきはな、手のナイひとや。今度は目がみえへんひとや」と、野次馬解説が入って、それはもう、障碍者のオンパレードで、私はちょうど、フィギアスケートのシーンと、『ジュピター』の演奏合唱シーンを観たが、「身体」の表現について、一応論理づけはしてみたことはあるが(このブログに収録)、まだまだ未熟な答しか出せていないという後ろめたさから、どうも、この番組は、毎年、隔靴掻痒の思いがする。たしかにこの番組は、問題提起はしていると思う。まず「愛でほんとうに地球は救えるのか」という、番組の意図とまったくの反面教師的な存在になり得ること。ビンや缶に詰めた貨幣で、「良いことをしている」という子どもたちは、やがては、あれは、ほんとうにそうだったのだろうか、というギモンをもたせるだろう、ということ。とはいえ、世界には、どうしようもなく、生まれながらにか、事故、病気でか、何の罪もナイのにハンディを背負った人々が大勢いるということを知る、機会にはなるということ。また、この番組に、日本の宗教界がどうしてナニもしないのかという、素朴なギモンを持つだろうということ。「愛」とは何かという、根本的な問いかけの出発にはなるだろうということ。出演するタレント、俳優、芸人たちに対して、アナウンサーが、何故、「~くださいます」「~いただきます」と敬語を使うのだろうかという、微妙な気分の悪さを感じるということ。しかし、とにもかくにも、最もそうであろうと思われる重要なことは、視聴者が多かれ少なかれ「ああ、私は五体満足でよかった」と安堵している(のではないかと、私は穿って、そんな妄想をもつのだが)ことではないのか。これは、視聴者の側に、何か宿痾があったとしても、その程度を尺にとって、「私なんかまだマシなほうだな」と、深息していることではナイのか。・・・私、申し上げる。名古屋における40年の経験値。「ひとを助けるひとになるよりも、ひとが助けてくれるひとになるほうがタイセツです」

2010年8月27日 (金)

映画感想『ベストキッド゙゙』

リメイクだが、かつ、140分という長尺だが、よく出来ている。公開されてからだいぶたつので、レビューもいろいろと出揃っているが、中には、「いつもながらの代わり映えしない、ステロタイプな」という評も多数ある。そんなことは、観る前にワカッテいることなので、これに類似することを述べているアホは、もう映画なんぞ觀ないでイイ。たとえば、「いい女」がいるとして、「いつもながらの代わり映えしない、いい女」だから、アカンというアホがいるか。たとえば、masturbationして、「いつもながらの代わり映えしない快感でしかナイ」というアホがいるのか。そういアホと同類だといいたいだけだ。・・・この映画の良さは2点ある。もちろん、アホにはワカランことだから、「そんなことがですかあ」と、アホ面みせて読んでいればイイ。この映画のstoryは、のっけからラストシーンまで、ワカルようになっていることは、鑑賞者が殆ど知っていることだ。従って、監督(ハラルド・ズワルド)の勝負所は、そのplot(如何にみせるか)ということにかかっている。その要点をこの監督は、外していないのだ。これは、賞賛に値する。それと、これは脚本家の業績でもあるのだろうが、カンフーについて、ハン(ジャッキー・チェン)に、その「理」を語らせるとき、ドレ(ジュイデン・スミス)の鍛練に用いた、上着を着る→脱ぐ→引っかける→取って落とす→拾って着る、という実に単純な動作において、悟らせたことだ。それは、観客にもまたよく納得出来るものだった。私たちのように演劇の途上にある者にとっても、ここは実に興味深いところで、「カンフーも日常の中にあるものだ」というハンのコトバに、私などは、おもわず落涙してしまった。そういう涙の意味は、武道でも、danceでも、演劇でも、そういう鍛練の途を選んだ者にしかワカラナイものだ。昨今のワークショップやら、お勉強やら、習い事の演劇では、そこんところがまったく欠落しているのだ。狂言役者が、同じせれふを、喉から血を吐き、汗だくになるまでやってのち、あの飄々とした演技に辿り着くことなど、誰が知ろう。・・・もうひとつ、印象に残ったのは、ハン役のジャッキー・チェンの後ろ姿の演技だ。この映画では、普段の数倍、ジャッキー・チェンは、後ろ姿を演じている。そういうことも、プロでしか気づかないことなのだが、後ろ姿を演じるという演技は、たやすいことではナイ。古くは高倉健さんや池部良さん、亡くなられたが、藤田まことさんの『必殺』シリーズでしかみられなかった。私のような(今度二人芝居で役者に再挑戦するからいえるのだが)下手くそには、舞台に立って、いつも不安になるのは、背中に集まる観客の視線だ。なにしろ、「背負わなくてはならない」から。だから、常に神経を尖らせて演技しているのは、背中なのだが、これが、なかなかうまくいかない。表情など、どうにでも創れるが、背中は、そうはいかない。その謂いでいけば、落語家など、名人クラスになると、背中をみせているワケではナイのに、ちゃんと背中がみえているのだ。こういうことも、アホにはワカランことだ。・・・付け足しでいえば、「気」というのを、明確に「エネルギーのことだ」といわせたのは、いままでの俗流この手の映画ではなかったことだ。

2010年8月26日 (木)

緒言

ほんとうは、演劇について語ろうとするならば、何を緒言にするか選んでいてはいけナイ。つまり、ナニからでも始められなければならない。その理由(こころ)はと問えば、演劇は、なんでもありだからだ。昨日の塾(マスターコース)では、「書かれた劇」としての戯曲と「演じられた劇」としての演劇が双方向性のものではナイという、アクロバットな論理で、戯曲はプロセスとして演劇に組み入れられるものではナイことの証明を、プラトン、アリストテレスに始まる「哲学」を擁して、カント、ヘーゲルの、「意識と対象」の関係から、フッサールの現象学的独我論と、マルクスの疎外概念、と、めくるめくハッタリを弄しつつ、塾生をだまくらかしてみたが、私塾のビギナーコースの卒塾生が、そのままマスターコースに応募合格して学んででいるのが多く、彼らは、いつものことと何気なく、それ以外の者が、男女、一人ずつで、この者は、多少唖然に呆感としていたようだが、卒塾生の一人が「びっくりしたでしょ。でも、私たちは以前の塾で慣れてんのよ。ああいうレクチャーしか受けてないから」と、慰めだか、労いだかを、その初体験者に述べると、「はい、驚きました」とこれまた素直に、受け取っていたようで、というか、感心関心のようで、こちとらにしてみれば、どのみち、釈迦もキリストも半ばは口から出まかせいってたに相違ないなどと、舐めてるから、(まだ舐め不足なくらいなのだが)それでも、二時間のレクチャー時間に、そうだ、ヘーゲルの意識と対象の関係を幾何学で説明しようとしていたんだとか、途中で体力つきてきて、肝腎の、戯曲と演じられる劇の「関係は空間性」「了解は時間性」として、架橋されることによって、成立しているという部分が説ききれなかったなと、反省くらいはしている。そのアトの飲み会(マスターコースだけは、年に一度だから、やるんだけど)では、「俺は、今日、ホテル泊まりだけど、ツインの部屋だけど、酔ったふりして、夜這いしないように」と、意味深なことをいっただけで、演劇の話なんざ、まったくナシ。で、夜這いもナシ。疲れ切っていて、ビール一缶で、バッタリ。舐め不足だなあ。

2010年8月24日 (火)

ビンボ暇ナシ

三日つづけて、名古屋、吹田、伊丹と駆け回り、明日はまた伊丹だ。仕事だから、べつに文句はないが、カラダのほうは、モンクをいう。この暑さで、Tシャツの着替えを準備してはいたが、どうせ着替えても、また汗だくだろうと、そのままで、帰ってから風呂につかって、ビールを飲むというご褒美だけが、ありがたい。体調の管理といっても、ともかく食えれば食うというだけで、たとえば、昨日の昼のメニューは、ローストビーフ5枚、春雨サラダ、厚焼き玉子。しめて850円程度。夜は鯖の塩焼き、ペンネと小エビのサラダ、根菜の梅酢あえ、しめて700円程度。アイホールの近所のスーパーには惣菜屋さんがあるので助かる。体重は、引っ越してから一度も計っていない。熱は、これだけ暑いと微熱が出るので、7度ちょっとはしょうがないが、血圧は正常値だ。現在の室温は30度だが、これでも、涼しいくらいにカラダが慣れてしまった。・・・アイホールの館長山口から、例の裸の女王さまの一人芝居打ち上げのようすをちょっとだけ聞く。演出助手についていた関西屈指の若手女性作家の、諫めのコトバの切れ味がイイ。裸の女王に面と向かって「あなたはfeminismだの男権社会だのと、うるさくいうが、あなたこそ、もっとも、その男性のお世話になってきたのではないんですか」だ。小堀氏もかなり裸の女王を諭したらしいが、裸の女王は「くやしい」といってたそうで、こら、アカンわでしかナイ。ちなみに、目上のひとに意見するときは「諫める」で、逆の場合は「諭す」だ。こんなことを知らないでいる大学准教授もいるくらいだからな。昨日の塾は、「位相・順序・代数」の拡張として「場面・転換・比喩」と、「部分と全体」について当方の考えを話す。我が私塾は世界レベルなので、難しいのだが、池上彰がどこにでもいるワケではナイ。ワカラナイことを考えることが、塾生の課題だ。だから、私も「教える」のではなく常に「考えを述べる」という姿勢でいる。ひとはひとによって自分の世界を狭くすることはナイ。世界を狭くするのは、常に自分自身による。帰りの電車は事故のせいでダイヤが乱れていたが、ホームに立ちながら、ヘーゲルからフッサールとマルクスへの分岐(現象学と疎外への分岐)と、「書かれた劇」と「演じられた劇」のことの論理を整理して考えていた。明日のマスターコースのレクチャーの準備だ。なんとなく筋道がつけられたので、はい、おつかれさまで、ございます。

2010年8月22日 (日)

こうなんだ、から

甲子園は本命優勝。紅旗、海を渡る。なんだか、爽快ですな。・・・インド、イラン、パキスタンの核実験に賛成する。ただし、実験なんだから、実際に自国民のいる都市に落として、その惨状がどうであるかを確かめるという条件がつく。・・・昨日は、医院廻りで、名古屋。夕方からavecビーズのdance振り付けその他の打ち合わせ。午前中で、クリニックは終わっているので、猛暑の中、バテバテで、なんとか、うらちゃんところで、1時間ほど休憩。頭から水が浴びたかったので、1000円カットで、短髪にする。振り付けは、かつて多く市民ミュージカルで仕事した、平山。話が早くていい。宣伝用の写真のことが座長から出たので、数秒考えて、ラフスケッチをメモに描いて渡す。私も仕事は早いのだ。さすがに暑さ負けで、晩飯を食う気力ナシ。食えないときは、無理に食わないほうがイイ。かくなる事態を予測して、昼間は、豚カツ定食を完食しておいた。・・・小劇場演劇の世界には、お嬢様女優や、お姫様女優や、御女優様や、自称大女優などさまざまいるが、もちろん、こんな連中は、早く駆逐されればいいのだが、中には、裸の女王さまがいて、この山出しの成り上がり(有名人とつきあっていることを何か自分のstatusと勘違いしているアホ)も存在していて、若いころはそれなりの一所懸命の良さがあったが、success storyというのは、たいていひとをダメにする。周りはyes-manばかりで、腫れ物に触るがごとくだから、ありゃあ、太っているのではなく、腫れているのだ。験しに刺してみろ、膿が出るぜ。せりふが覚えられないので、依頼した劇作家の作品を上演しない。こういうのを「うら悲しい」という。役者などやめてしまえばよろしい。あるいテレビドラマで、大根女優をやってるヒマがあったら、一曲でいいから、後世に伝えられる戯曲をものにする努力をしてみればいいのだ。関西の女性劇作家を育てるなどと、笑わせるんじゃナイ。この裸の女王が学ぶべきものは、その関西の女性劇作家のひたむきな仕事の中にしかないではないか。お得意のfeminismをふりまわすのなら、コトバ狩りに走っているだけでなく、その思想なりをまともに勉強すればいいのだ。だいたい、プロの劇作家が、同じプロの劇作家に対して、コトバ狩りをするなどというのは、ふとどき千万。こいつは駆逐というより、早晩、自滅だな。

2010年8月20日 (金)

準決勝

高校野球甲子園だ。実家は受信料払ってるから、大きな顔で観られる。やっぱり千葉の成田が来たなあ。一回戦からココだと思ってたんだ。興南(沖縄)は順当だからナ。たぶん、決勝はこの二校になるような気がするが、甲子園はナニが起こるか、ハンデ師にもワカラナイ。滋賀の北大津は、来年も期待出来そうだ。我が母校、石山高校は、過去一度出場したが、現在は女子のほうが多い進学校になっているからナア。で、女子の進学校としては名門だそうで、「私、石山高校卒です」と、いまいうと、「えっ、あの石山ですか」と、いわれちゃうのだ。遊び半分で行ける高校だったけどナア。成田の中川(だったか)投手は、対戦チームに対しての決め球を変えてくるので、マークしにくいんだ。研究されにくい。体力や気力もこっちのほうがありそうだから、おでは、千葉の成田優勝とみた。てなこといってると、今日負けたりしてナ。(沖縄)興南も、たぶん、沖縄県で準決勝まで残ったのは、ここが最初だと記憶しているんだけど(沖縄水産かも知れないし、準決勝でなかったかも知れない)、そんときは、銭がなくって、公民館に宿を移して(選手たちは飛行機ではなく、二泊三日の船舶で甲子園まで来ている)貸し布団。飯は、県人会の手作りの弁当の差し入れという貧しさに、よくぞここまでと、おでも泣いた。とはいいながら、NHKのカメラも当時は粋な計らいで、数少ない応援団席の、美少女が、負けの決まるその瞬間、涙をぬぐうというシーンをとらえたりして、そのシーンしか記憶にネんだけどナ。みんな、幸せにおなり。

2010年8月19日 (木)

猛暑がねえ

猛暑がねえ、もうしょうがねえな。みんな、どうかしちまって、あの天下の産経新聞が一面コラム(産経抄)で、つい最近だったけど、「三行半」のことを「三下り半」なんて書いてたが、毎月トーハンが送ってくれる『新刊ニュース』でのトップ記事、「著者との60分」(これは、売れっ子作家へのインタビューで、新刊についてのもろもろを著者が語る)では、『本日はお日柄もよく』(徳間書店・原田 マハ著)の紹介なんだけど、この本は、catch copyが「わたしの言葉が日本を変える?」で、内容は、伝説のスピーチ・ライターに主人公が弟子入りして、成長していくというトキメキのお仕事青春小説と、いうことなんだけど、本の内容からして、間違ってはイケナイはずの日本語の使い方を間違って、著者のマハさんは「自分の大きな命題として、最後は前を向いている女性像を書き続けていきたいです」なんておっしゃっている。伝説のスピーチ・ライターてのはどの程度のひとなんだろう。(どこが間違っているのかは、何度もこの欄で指摘しているので書かない)。そういや、日本演出家協会主催の、近代劇リーディングのチラシにも、コトバを仕事にしている人々なら間違ってはイケナイ間違いがあったナ。「綺羅星のごとき作品から」なんて、チラシの表の宣伝文に書いてある。正しくは「綺羅、星のごとく」だ。ついでだから、いっとくけど、高橋留美子の新シリーズ『境界のRINNE』で、主人公の男女は「成仏できない幽霊たち」を成仏させるのが仕事とあるけど、それは「往生」でしょう。「極楽往生」とはいうが「極楽成仏」とはいわない。「成仏」というのは、「仏に成る」ことだから、往生してからも、さらなる修行が必要なのだ。べつに私は、校閲係でもなんでもナイし、コトバに熟知しているワケでもナイ。まあ、いってみれば、物書きとして、低学歴のものが恥をかくまいとして学んできた常識をいっているだけに過ぎない。

2010年8月18日 (水)

ツイッターなみ

である。実家の最寄りの神社は、琵琶湖から唯一流れ出る瀬田川(勢多川とも書く)に、日本武尊の御札が流れ着いたので、それを祀った神社だが、私の子どもの頃は、建部神社を(たてべじんじゃ)と読んで、称したが、いつの間にか(たけべじんじゃ)になった。理由はよくワカラナイ。18日は、その夏の祭礼で、この地方に流入者が増えてから、次第に盛大になった。相米慎二監督が『お引っ越し』でその祭りのシーンを映画に挿入してから、さらに、立派になった。とはいえ、神輿の担ぎ手は、むかしはこの地の若衆だったが、いまは、アルバイト代を出して募集している。これもまた、いつの間にか、女神輿なんかが登場して、若衆神輿、子ども神輿と、神輿が三つになった。神輿は、夕刻、神社を出発し、瀬田川を船で下って、Uターン、8時前にもどってくる。これがclimaxの一大pageantで、久しぶりに、私は、盆踊りで江州音頭を踊ったりしたが、(そのため、腰が痛い)、まだ十代あたりの浴衣の女性が、出店やら花火を観て、「うわあっ、祭りっぽい」とおっしゃったのには、ウッと絶句した。「ぽい」のではなく、祭りそのものなのだが、まあ、いいか。

perspective

さて、「先のことはワカラナイ」ということだけはワカルとして、も、誰だって、先行きの見通し(perspective)というものがたてたいのに、違いない。これは、うんと若い頃は「将来の夢」などというふうに称される。(私の未来とか、明日の私でもエエのだが)。名古屋での40年の輝かしい生活において、私は、二度、そういうものを自覚した。一度めは演劇というものを初めるに該って、どの辺を目標にするか。二度目は劇団を解消するに該って、どんなふうに無くしていくか。私が、perspectiveというものを持ったのは、その二回だけだ。アトは、いうなれば、成り行きだ。だから、数多の失敗を繰り返した。とはいえ、この失敗は、おそらく避け得ないもので、perspectiveなどあろうとなかろうと、関係なかったというのがほんとのとこだ。要するに成り行きではあるが、誰もやってくれないので、仕方なく自分がやるしかなかったというに過ぎないのと、そうして、おのれの力などでは、どうにもならないものというナンヤカンヤが存在するので、失敗こいたというところだ。・・・もちろん、微分(方程式)によって、衛星は飛んでいるのだから、先行きは科学によって、ある程度どころか、ニュートン力学の範囲でなら、予測はつくようになっている。量子力学においても、確率で、確率にみあった先行きの予測は出来る。だから、科学を信じているのかというと、そうではナイ。科学というのは、「信ずる」対象ではナイ。「認める」対象だ。ここを間違うと、科学信仰の「科学哲学」とか「幸福の科学」(並列するのはムチャだと承知で、皮肉をいってるのだ)なんてのがのさばるのだ。・・・先のことを思うのはたいていが妄想だし、現実にそうなってくれたとしても、たぶん思い描いていたものとはかなり違う現実がやってくるので、臨機応変、そうそう、これね、名古屋で40年、あちきがやってたこと。しかし、これすら、優柔不断になっちまうことがあるんだからなあ。ヤですねえ。もう。

稼ぎを追い越す

実家にもどると、国民保険の通知があって、覚悟はしていたが、今年は固定資産税と合わせると、御国に150万円ばかり納めなくてはならない。私の固定収入は月収11万円だから、132万円の年収を追い越された数値になる。まあ、今年だけだから、しょうがナイ、のだが、経済的には、余命●年という計算上の数値を、計算機にみながら、山田風太郎さんの『人間臨終図鑑』を思い出して、そうだよな、まともに死んだのは、ほとんど皆無だったなと、まあいいかと、納得しつつ、生きるは、吸う息、吐く息の一瞬という、釈尊の教えに頷きながらも、とはいえ、何かにつけて食うためには銭がいるとはよくよく解せても、しかし、銭が仇の娑婆世界、とは微塵にも思ってはいないのだ。江州商人(の末裔)は、人の世の習いは鴨長明がいうように「よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、ひさしくとどまりたるためしなし ひとの世もかくの如し」なんて、悟ったようなワカッタようなことはいわない。ワカッテいることは「先のことはワカラナイ」ということだけだ。これだけもって、覚悟とすればいいのだ。付け加えるならば「他人(ひと)のことなどワカラナイ」でいいだろう。「生死活殺以刹那」、歩行者天国を歩いていただけで、みしらぬ他人に刺されて殺されるような世相だからな。わたくしはひたすら、食うために、仕事をする。それだけのことだ。食うためとは、銭を貯めることではナイ。銭を使うことだ。よって、銭を使うために働く。ハタラキモノ、ヤタラケモノ、薄情者に欲情者。やるべく仕事は、もうやり終えたので、余命●年で、●にどんな数値が入ろうとも、私はいっこうにカマワナイ。

2010年8月12日 (木)

new! 新着情報: 「蒼の組曲」アフタートーク出演(2010.1002終了)

new! ■ 北村 想 アフタートーク 出演…終了しました。ご来場ありがとうございました★

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劇団ジャブジャブサーキット 劇団創立25周年 ACT.1/第49回公演 

「蒼の組曲」 作・演出 はせ ひろいち

10月2日(土)18:00公演終了後、北村想がアフタートークに出演致します。

チケット発売開始は8月15日(日から。

チケットのご予約、お問合せは下記のジャブジャブサーキットHPへ。

【ご予約・問合せ】 ジャブジャブサーキット 「蒼の組曲」公演情報

2010年8月10日 (火)

開店休業・おまけ

ハッキリいいましょう。神も仏も在ります。「いわしの頭も信心から」というのは、皮肉をいっているのではありません。神も仏もいわしの頭も、一緒です。要するに信ずるココロがなければナニもありません。ときどき、「私は神だ」とかいうひとがいますが、それは、「私はいわしの頭だ」といってるのと同じなんです。要するに、対象は問題じゃナイ、というふうにしてしまえば、事は簡単なんです。私だって、原爆投下直後のヒロシマ、ナガサキに降り立ったとき、炭素になった人間をつまんでボロボロと崩れていくのを観て、まあ、人間なんてのは、もともと炭素体だからなあ、なんて思いました。どうして、そんなふうに思えたかというと、私はそういう私を認めてないからです。つまりそういう対象としての「私」を。これは「唯物論」でも「観念論」でも「独我論」でもナイ考え方です。私は「私」なんて認めませんよ。常に「私」を敵にまわして、反抗してきたからこそ、私がいるんですから。しかし、そんな「私」という対象はほんとうは問題じゃナイんです。じゃあ、何が問題なんだって、怒っちゃいけません。そういう「私」を問題にしないと、ほんとうの問題には辿り着けないということが真実なんです。面倒くさい手続きですが、仕方ありません。というワケで、またあいましょう。

開店休業のお報せ

なにごとも「受け入れる」なんて考えないほうがエエですよ。「受け入れる」なんて考えたとたんに、「受け入れられるもの」と「受け入れられないもの」が出来ちゃって、それに悩まなければならなくなってしまいますから。「受け入れる」は悩みの元です。と、曹洞宗道元の哲学に対する、これが私のとりあえずの応答です。これはですね、まあ、アトアト、いろいろ展開しますから、またの日に。たとえばね、「強くなろう」とすると、それがために自分の弱さに悩んだりとかね。とはいえ、弱くなければ強くなれないんだよ、とかね。まあ、そういうことですが、え~、明日からまたしばらく旅寝の空で、開店休業です。ちょっと、暑さで、パソコンのほうもやや不具合(変です)。

2010年8月 9日 (月)

革命について

スピノザの神学や、道元の哲学からは、「革命」というものはやってくることが出来ない。それはこの欄でも記したように、この宇宙全てが神なり仏だからだ。『西遊記』を読んだひとなら誰しも疑問に思うのが、孫悟空のキント雲があれば、天竺までひとッ飛びなんじゃなかろうかという、実に真っ当なギモンだ。しかし、キント雲は、天竺方向には飛べないアイテムなのだ。このキント雲を使って、孫悟空とお釈迦さまが、賭けのようなものをしたプロットがある。お釈迦さまは、「汝、我が手のひらから、飛び出してみよ」といい、孫悟空は「お安いご用だ」とばかりにキント雲に乗って、ずいぶん飛んだところに、五本の柱がそそり立っている。どうやら、これが空の果てかと、そこに筆で書き置きし、小便をひっかけて帰ろうと思うと、これが、お釈迦さまの手のひらの中という、あれだ。スピノザや道元の世界・宇宙はかくの如しだ。しかし、スピノザは、カトリックからは、異端とされている。カトリックにとっては「神と人間とが同じである」では困るからだ。従って、悪魔というものが創造される可能性のを残す。Satanというのはヘブライ語で「敵」という意味だ。もともとは天使だから、堕天使で、ルシフェルという。これが、天国北部の天軍の司令官だった。神に叛乱したのは、何も一天使だけではナイ。叛乱軍とあるからには、大勢だ。その先陣がルシフェル(Satan)だ。ミルトンによると、Satanの背丈は四万フィートだという(1フィートは30,5㎝)。ともかくも、「革命」というのは悪魔から初まったのだ。だから「敵」というよりも「革命家」と呼ぶに相応しい。聖書解釈では、創世記に人間を創造したときの神のコトバは「私たちに似せて・・・」であって、この「たち」というのが、いったいナニを示すのか議論されたことがあった。けっきょく、神は唯一の存在なので、天使たちということに落ち着いたようだが、最初のSatanたち天使叛乱軍と闘ったのが、大天使ミカエルだ。闘いに敗れたSatanは、地獄の最下層で半身氷づけになっているという話もあれば、神から七千年の余裕を与えられて「神なくして、ひとがひとを統べることが出来るかやってみよ」というワケで、いま、せっせとその最中だという話もある。また、ハルマゲドンの地で、最終戦争が行われるということにもなっている。これは新約の『黙示録』だが、ひでえのは、この戦争で、巻き添えをくうのは人間だということだ。叛乱天使軍でもなく、神軍天使でもなく、そのいずれにも加担しないで、ただただ地上の任務についている天使もあるが、さすがに地上任務の天使だけあって、叛乱天使軍には同情的だ。とはいえ、sympathizerあたりがせいぜいで、じっと自分の無力を疎んじながら、それでも、ちょっと人間に手を貸したりすると、天使特有の波動というものによって、そのひとの人生を狂わせることがあるのだから、ますます自責の念は重く、いっそ堕天使にでもなっちまって、革命のひとつもやってみるかな、と、夢想しながら、三つ葉のおひたしなんかを食っているのだ。

義について

「義」というのはふつう「人がひととして成さねばならぬこと」として用いられるが、この「義」というコトバが教典(聖書)の中で多くみられるキリスト教の「義」は、かなり異なる概念を持つ。聖書で用いられるのは専ら「神の義」だ。これと似たものを、日本の仏教思想に捜すと、親鸞の「他力本願」ということになる(中でも『悪人正機』はそれに最も近い)。つまり、キリスト教における「神の義」とは、救われないような者に対して働きかける神からの救い、だ。神はそれほど慈しみ深いということだ。ここから、「神の義」は「愛」と同義のコトバともなる。この「神の義」に対する「人の義」というものについても、その不条理さを親鸞は、キリスト教と同様にいっている。「義は義に感じて応じ、義の立場にあれば、その義がなんであれ、免罪されるなどということはナイ。そのように義を考える者は、ただ幸せ者としかいいようがナイ。義もまた不義と同様に、過酷なまでに、その骨の髄までを疑われ、かつ問責されるものだ。どんなに疑われ、問責されようが、それに耐えてなお、自身の場に立つことが出来るならば、初めて、弥陀の救済に触れることが出来る」、つまり、義をもって生きていても、そんなものは、不義と、あんまりかわらないヨ、と親鸞はいうのだ。自らが正しいからといって、免罪の根拠などにはならないヨ、と。義など、何の支えにもならないヨ、と。やっぱり、なんだかんだといわれるし、ほんとかどうかあやしいもんだといわれるヨ、と。人の義なんてその程度だヨ、と。ひとは、なんとか正しく生きたいと考える。悪く生きたいと思うものもまた、要するに「うまく悪く生きたい」と考えているに過ぎない。しかし、人知など、知れたもので、「義」を見事なparadoxでいいきったのは、太宰の『父』だろう。「父はどこかで義によって遊んでいる」「義は悲しいものである」この作品は、冒頭から旧約聖書の引用で始まるが、この作品を「こんなの甘えだよ」ですまされそうな(そうして、そういう者に限って、どうやったら銭儲けが出来るかなんてことを企んでいるのだが)いまのご時世というのものからは、積極的に逃避するしかナイ。

自己と自我のチガイについて

いっとき、いや、いまでも、「自己表現」というコトバが流布、流行したが、そうして、まるで演劇という表現形態が、まるでその代表のように喧伝されたりしたが、そのため、自己開発セミナーと同類のように誤解されて、ワークショップを受講する者もあったようだが(現在形でいえば、いるようだが)これは、受講生だけの問題ではなく、レクチャーする講師のインチキにも関わってくる問題なのだ。ここから、演劇はコミュニケーションの手段、方法であるという、ある「教育理念」が提唱され、実に、教育産業から、文化行政にまで包括されていくという現象を生じている。本質的にいえば、「自己」を表現するということは不可能なことだ。これは量子力学で、量子の位置と運動量(速度と向き)を同時に求めるのが不可能なのと同様だ。だから、私たちは、その表現の手段に、絵画、音楽、文学、演劇、舞踏・・・et ceteraを用いなければならないのだ。自我というのは、「対他的」なものだ。他者との比較が主なる概念だ。よってegoismと称される。自己というのは「即自的」なものだ。ここには、他者の問題はまったく関係がナイ。いうなれば「他者はどうあれ」だ。あんまり理屈っぽくなると、また、難しいと思われるので、「自己」から表出されるものを、表現するprocessを、野球のピッチャーの動向で解説してみる。投手は、打者に対して、どんな球を投げるかを「脳」で考える。カーブかスライダーか、直球か、またコース・コントロールをどうするか。これを投げるのは、投手の技量だ。ただ、これだけなら、computer搭載のpitching machineでも可能だ。しかし、そこに生ずる、どういうふうにスライダーが、どのコースで、どの速さで投げられて、打者がどうスイングするかという心象(像、image)は、ココロの仕事だ。これを「自己」の表出という。(打者は投げるということにおいての他者ではナイ。打者はあくまで打つ者だから)ここには自我など微塵も入り込まない。演劇において、演者の演技は、自己の表出を演技という体現によって表現することであるから、自我とはまったく関係がナイ。しかし、コミュニケーションは違う。ここには多分に自我の入り込む余地がある。communicationの学習や訓練に、演劇のワークショップを用いるのは、この辺りを論理づけておかないと、幼稚園のお遊戯と大差なくなる結果になる。もっとも、自己の表出をいくら表現すべく努めても、投手の思い通りに球が飛んでいくとは限らないのと同様、そううまくはいかない。もちろん、うまくいかないから、投手は投げる鍛練をし、表現者は、それぞれの表現に対しての研鑽をするのだ。

2010年8月 7日 (土)

私はウソつきだが、嘘はキライだ

70年代の演劇シーンの一つに、なんだか演劇が「革命」に加担出来るのではないかという妄想(あるいは根拠なき確信)があって、そのての演劇も名古屋でやられていたようだが、たとえば、ある劇団(だか、集団だか、ようワカランかったけど)の演出家などは、私たちも芝居をやってる小屋の外のベンチで、ショーペンハウエルの文庫などを開いてらっしゃったり、当時のうちの劇団員にいわせると、「俺たちはさ、どこかにイイ女いねえかなって顔して、町歩くでしょ、でも、あの演出家さんは、ここにイイ男がいるぞって顔しながら歩くんだよね」であったが、ちょいと、その稽古風景を覗かせてもらうと、その演出家は演者たちに「僕の中では、演出プランは最後まで出来上がっているので、僕を信じてやって下さい」なんていうてる。私たちは、「演出プラン」というのが何なのか知らなかったから、浅草の「電気ブラン」を連想したりしていたのだ。・・・さて、生活(おもに男と女のナニ)と、表現(思想)と、さらに経済があるとき、どうしても、人間というのは三つのうちのどれかで嘘をつかねばならぬと、これが名古屋40年の輝かしき教訓なのだが、ご多分にもれず、私もどこかのどれかで嘘をついてきた。従って、ウソつきなのだが、嘘はキライだから、基本的には、私は私がキライだという論理になる。これがワカリにくければ、ウディ・アレンの名文句「僕は僕の行くようなレストランには、行きたくないね」がある。・・・明日は、桃園会のトーク・ゲストで、三時間の芝居のアト、観客は、もう帰りたいに決まっているし、最終日の最後なので、劇団員やスタッフは、早くバラして飲みたいのに決まっているし、そんなところで、ナニを話せばいいのか、如何にテキヤ(芸者でもイイんだけど)をやるのか、ほとほとプレッシャーなのだが、作者の三好十郎は、自らの「闘い」について、あるパルチザンの老兵士を例に出して、「彼にとって戦いは、すでに戦いではなく生活それ自体」であると、いうてはる。「自分が生きていること自体が抵抗なのだ」というてはる。そうして、そうなるには、「死に切れる仕事をすることです」というてはる。他は棄ててもエエ。原稿が売れなくなったら、自身でガリ版で刷る。それがダメなら紙芝居屋をやる。それでもダメなら乞食になる。というてはる。私もそのつもりで、目標は畏友であった故人クラモチくんの生きた62際までをなんとか、とりあえずは、なんとか、従って、私は、もうこれからの面倒はみられないなと、妻には三行半を強要して、出来るだけ、あるだけの財は持っていってもらうのが、精一杯のことだったから、ここにはウソはナイ。逆に、今後、私が宝くじに当たって3億円儲けて、100歳まで生きようが、それはそれで、知らん。明日のことはワカランというたら、これまた畏友の、まだ生きてる大阪のK氏が、「わしは今日のこともワカラン」と、いうてはったが、なるほど、そのとおりだと思う。かつて母親(いま同居)が『暮らしの手帖』という雑誌を定期購読していたが、『その日暮らしの手帖』があれば、そっちのほうが売れるだろう。私がイチバン棄てたいのは私自身なのだが、そうは問屋の白袴。紺屋が卸さない。下手に棄てようとすると自棄(ヤケ)になるだけ、とオチがついた。

限界と制限

スピノザの神学(『エチカ』)の「基本姿勢」(あるいは絶対世界といってもいいが)は[神即自然]だ。ここからアインシュタインは量子力学のコペンハーゲン派解釈に対して~神はサイコロをふらない~と、それ否定した。[神即自然]という概念に最も近いものを日本の仏教哲学に求めると、曹洞宗始祖道元の「一切衆生 悉有仏性(いっさいしゅじょう しつうぶっしょう)『正法眼蔵』」になる。いい方をかえれば、こっちは[仏即自然]だ。「悉有」は「全存在・全世界・全宇宙」のことだからだ。そこで、道元は、この世界がすべて仏性であるのなら、修行の意味(何のために修行をするのか)という疑問を解くために中国に渡った。その答はまことに単純なもので、しかし、なるほどというところがある。簡単にいってしまうと、「悟り」というのは悟ろうとして悟るものではナイ、悟りのほうからやって来るもので、修行は、そのための方法ではナイ、もし、そうだとすれば、悟ろうとすること自体が欲望になるからで、修行はそれ自体がすでに悟りなのだ。なぜなら、修行とは、悟りを受け入れることだからだ。と、まあ、これでも頭がクルクルしそうだが、「悉有」であるならば、つまり全宇宙の事物が仏性であるならば、それに気づくこと、それを受け入れることが修行であり、悟りだ、という論理だ。悩んでいるときは、その悩みが悟りだし、苦しいときはその苦しさが仏性そのものだという論法だ。これは、容器と水というたとえにすると、もう少しワカル。私は演劇を学ぶものに、レクチャーするとき、あなたという「容器」の中に演劇という「水」を入れるのか、演劇という「容器」の中にあなたという「水」を入れるのか、かんがえるようにいう。もちろん、私自身は前者で、私という「容器」の中に、演劇という「水」を入れただけだ。奇しき偶然というもので、道元の修行の説き方も同じく、仏性というものは、修行するものの中に入ってくるものだ、という考え方、哲学だ。というよりも、本来が、人間(衆生)たるや仏性を持つのだから、それに気づけばイイだけのことなのだ。これを、わりに流布されているコトバでいうと「受け入れる」ということになる。健康だけがイイことなのではない。病んでいるときは、病むことに仏性を見出すこと、貧困のときは、貧困の中に仏性を受け入れること、というワケだが、なるほど、これはたしかによく出来ていて、たとえば『般若心経』などは、結果的には、この宇宙は「智恵」であると、智恵が考えているだけだという解釈になる。「生死の中に仏なければ生死にまどわず」という『生死』についての教えも簡略で、「迷いを悟りによって超越しようなどと考えなければ、迷うことはない」という逆説めいたものだ。・・・しかし、ほんとにそうなんだろうか。私のような凡夫、衆生、有情は、こういってしまう。「はい、たしかに仰せのとおり、理屈では納得、理解いたしました。よおくワカリました。そのとおりだと思います。しかしながら、やっぱり、しんどいときは死にたくなりますし、ひとを恨みますし、悔いては泣きますし、教えのことなんか吹っ飛んでしまうのです。仏性にありてさへ、何故に、かくも安穏せず、煩悩が残るのでしょうか」「また、[受け入れよ]とおっしゃっても、やっぱり、現在のアフリカの難民の子どもたちの悲惨さや、かつてのナチスの残虐行為や、ポル・ポト政権のやったことなど、どうしても受け入れられません」・・・道元の仏教哲学はスピノザの神学より、すぐれたもののような気がするが、そこにはやはり、「哲学としての制限」あるいは、自力本願としての禅宗の制限、が存在するように思われる。それは限界というものではナイとしても(つまり修行が未熟なために未完成のものであるとしても)、実生活の現実においては、そうはうまくいかないよ、という気がするのだ。ただし、これは「制限」であるから、実生活の制限内においては、真理として受け取ってもかまわないと思うけれど。

2010年8月 5日 (木)

どうでもイイのだ

母親が、毎日、鍼に通っているので、私もついでに腰と背筋の疲れをとるために二日にに一度同行する。健康保険がきくので、一回の診療費は450円(母親は150円)だから、まあそれなりの治療なのだが、こう暑くなると、診療時間の開始15分前に入っても、もう待合には数人、患者さんがいて、たいていはご老人(こっちも、それなりの年齢だけど)で、その会話を聞いていると、ソシュールのラングやバロールも、ウィトゲンシュタインの言語ゲームも、現象学の確信も、どこかの図書館の本棚に納まってしまう。要するに、コミュニケーションなど、伝わる確信や、伝わらない諦念や、そんなものはどうでもイイのだ。おおよそこの「どうでもイイ」という了解でしか、コミュニケーションはナイ。隣のひとに話しかけても、応答がナイときは、「あかんわ、聞こえてへんわ」で、オワリだし、その聞こえてなかったひとが、私が帽子で、パタパタやりだすと、団扇を差し出して「団扇、ありますよ」と勧めてくれたり、もはやそれは、条件反射と同じで、コトバ(コミュニケーション)に裏打ちなどはナイ。語り合っていることも、どうでもイイ話題なのだが、黙ってしまうと、暑さだけが残って、つまらないから、義理の兄の初盆がどうたらこうたらドーグラマーグラ、で、しかし、その年齢で腰痛の原因が、家庭内における老々介護で、高齢の寝たきりの父親をベッドから起こしたり寝かしたりがための原因だというのだから、ここんところ話題の100歳老人行方不明は、そうだな、100歳を過ぎたら、もう自主的姥捨てでイイのではないかと思う。この時代は、どう生きるかなど問題ではナイ。如何に死ぬかが問題なのだ。『葉隠』が読まれているのもそういう理由からだろう。

2010年8月 4日 (水)

この夏イチバンのつまんねえ映画

けっきょく、『ソルト』(アンジェリーナ・ジョリー主演)を観る。これね、もう古臭いスパイ・アクション。話が最初から読めて(みえて)いるし、隠してあるはずの悪の張本人もセオリーどおりなんだから、どうしようもナイ。ジョリーさんが、ギャラを大量に持っていったようで、要の夫役の男がカス、スカ、もう救いようがナイ。撮り方も古過ぎる。本、演出、役者、どれをとってもダメな映画。いうてみたら、アンジェリーナさんの生活のためのような映画。まあ、子育てご苦労さんというところ。・・・楽しみなのは、リメイクで地味そうだけど『ベストキッド』かな。ジャッキー・チェンも渋そうだし、子役が良さそうだし、これは、いいんじゃないか、期待大。以上。もう書く気もナイわい。

2010年8月 3日 (火)

状況

なんだか、気が狂う(気を狂わす)、精神に異常(変調)をきたすには最適な条件ではないだろうかなどと、気がついた。独居老人だった80歳の母と二人暮らし。私は名古屋から40年ぶりに舞い戻ったのだが、どうやら、名古屋では成功したらしい。らしいというのは、それにしては実感がともなわないということと、銭が残らなかったことだ。もうすぐバツ2になるので、前回のように、またまた私財の殆どを放逐したらしい。私はやさしくて、正直で、真面目な男なのだそうだ(複数の女性の総合評価によると)。そういう男は、たいてい狂う。これはチェスタトンもそういっている。母は、私の幼童期に、私に悔いのあることをしたので(記憶があるのかどうかは知らないが)、何かと私に気をつかい、私はタダ飯を食い、ただ、配膳と片づけは私の役目だったのだが、片づけも、母が二日前からするようになった。というのも、二日前から私は胃を壊し(おそらく神経性胃炎)、吐き気と胃痛に苛まれているからだ。ただでさへ、いつ鬱病の症状が起きても不思議ではナイのだが、これはもう30余年のベテランだから切り抜けられるが、狂気に至るのは(精神異常は)そう多く起こしたことはナイ。ことわっておくが、売文業、物書き、著述業、劇作家などというものは、あっちとこっちを往来出来ないとやっていけない稼業だ。ときどき、あっちにいったママのひとがいて、ああ、いっちゃったなあと思うのだが。精神異常のしんどいところは、「気が狂う」という自覚がアルということだ。まったく壊れるのなら、死んでいるのと同じだが、「私は狂っている」ということを私の意識が判断することが出来るということだ。私は、精神病院の治療風景をみたことが幾度かあるが、(これも、かつては、鬱病に対する治療が精神病院もしくは精神科で行われていて、いまのように神経科クリニックなどという、おやさしいものではなかったからなのだが)患者は疾病に対しても、その治療に対してもひどく苦しそうで、そうでない患者は、クスリによって、骨抜き(脳抜きかナ)になっていて、ただのぼんやりとした人格しか持ち合わせていないふうで、あの無表情は終生、忘れることは出来ないだろう。また、独房に入れられて、頭を抱えながら、独り言をいっている患者の姿も、同じことだ。・・・私の座椅子の傍らには、読みかけの書籍が20冊近く、バラバラと列をつくっている。こういうのは、マスコミのかっこうの被写体となるだろう。私は、台所の新型の包丁に触れてみて、刃が研がれていないから、切れ味が悪いだろうということに、何故かほっとした。今日、母は、町内の老人会の集まりに出かけたが、ありゃあ、黒ミサなんかだとオモシレエなと、笑ったが、事実は小説より奇なり、どころか、現実は小説をはるかに凌駕して、一歩外に出れば、明日は我が身の異常でいっぱいだ。老人会が黒ミサをしているなどという小説を書いても、ふーん、と一瞥くらうだけでしかナイ。明日は、電車に乗って15分ばかりのシネコンに、シャマランのつまらさそうなCG映画でも観にいくことにしよう。このあいだは、リュック・ベッソンの『アデル』がその日の朝の一回で終了ということだったので、シネコンのあるデパートの開店時間の30分前に到着して、ガラス扉が開くのを待っていたが、そう、苦にはならなかった。むかしから、私は待つということを殆ど苦にしたことがナイ。40度近い熱があるときに、駅に友人を迎えに行って、2時間まったことがある。そのときも苦にはならなかった。・・・今日のニュースで、猛暑のため、野菜の生育が悪く、野菜が1,5倍~2倍に値上がりしているというのを観たが、そうか、収穫出来なければ、農家は値上げ出来るという経済学の中に入っているんだなと、こちとら物書き、売文業は、予算が少ないので(多かったなどということは、物書き30年で一度しかナイ)売値が下がることばかりだったから、来年の三月の、ある公演に書き下ろした戯曲も、予想していたより頑張って(だろうと気づかうのだが)提示してくれたのはありがたかった。そういえば、私が筆で食い始めたころの座右の銘は「目先の金に躓くな」だった。目先の銭に眩んでいると、将来食えなくなる、と、これは誰がいったコトバだろうか。岡倉天心だったろうか。私は、盲目的にそれを信じたのと、「蟹座は真似するのが上手くて、それをいつしか自分のモノにしてしまう」というのを、これも誰だったか、(たぶん、横尾忠則)が信じて自分はやってきた、というのに追従(ついしょう、と読む)して、信じてきたのだ。さてと、狂い始めたので、書き出しとオワリが破綻しているが、美は乱調にありだ。これは誰だったかな。

2010年8月 1日 (日)

もう一人いる

実家にもどってからこっち、心配のタネは、鬱病がいつ出るかということだった。で、ここんところ、希死感が次第に強くなり、これは、鬱病の出る前触れのように思えた。ところで、当初から、どうも疑問に思っていることが一つあり、それは、私は独居老人の家にもどってきたのだから、この家には、二人しかいないはずなのだが、どうしても、もう一人、ひとの気配、あるいは存在意識、他者視線を感ずることだった。これも次第に強くなり、まるで座敷童子でも存在するのではないかと疑えるほどになった。ここで、その得体の知れない「存在」から何かmissionのようなコトバでも聴こうものなら、統合失調障害である。・・・夜、ひどく自問自答に苛まれるようになって、ゆんべ、「芝居というのは何がオモシロイんですか」という問いがやってきた。私は、これに一所懸命答えようとしたが、まったく答えられない。そういうとき、餞別にもらった一冊の書籍を本棚にみつけた。『心より心に伝ふる花』(観世寿夫・白水社Uブックス)だが、私は活字を読む気力もなく、なんとなく数ページを流し読みしただけだ。とはいえ、この著者が能役者で、世阿弥の『花』について語ろうとしていることは理解できた。と、ともに、私の疑問は二つとも氷解した。その答えは、来年の正月に公演される21世紀foxの書き下ろし戯曲に、せりふとして書いた。そうして、もう一人の存在とは、なんのことはナイ、ひじょうに強い客観(対自)だということもワカッタ。つまり、私の[意識としての私]だ。鬱病期を乗り切る一つのコツは、出来るだけ自分を客観視しないことだ。具体的にいえば「私はこうだ」という思いを持たないことだ。逆にいえば「私はどうでもイイ」というタイトな覚悟を持つことだ。鬱病35年のベテランにいえることは、その程度だ。

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