おコトバではありますが・8
「つまり、ソシュールは言語記号の各要素は実体的に構造化されているのではなく、各要素と全体との関係、各要素間の関係によって構造化されていると考えたのだ。すなわち、各要素は実体的な意義を持たず、全体および各要素との関係で差異化され、それ自体の価値を持つのである」(志賀隆生・『ソシュールが生みおとした記号論』)・・・なんのことかワカラナイのは私も同じなので、うへっなどと思わないでもイイ。ソシュールの説いた、ラングと、その価値、体系について簡略に述べたものらしいのだが、このアト「コップはコップという実体としてわれわれの眼に入ってくるのではなく、コップという言葉によって、コップと他を区別し、理解するのである」という文言が前述された文言のoutput、具体例のように記されている。これをそのまま砕いていえば、まず、コップという「実体」というものはナイということになる。コップならコップというコトバがあって、一方には茶碗というコトバがあって、コップは初めて、コップとして認識されるといいたいようだ。たぶん、この解釈は、マチガッテいるか、コトバ足らずかだ。・・・ソシュール自身には著作はナイ。講義をまとめた『一般言語学講義』(小林英夫訳)と、膨大なサブテキストがあるが、『一般言語学講義』を査読するのは私の能力では至難につきる。ただ、漠然と理解出来ることは(というか、私なりに誤読してみると)、たとえば、コップというのが、言語(を記号と解釈した場合の)要素であるとして、これらが、ある集合Mに含まれるとすると、その部分集合としての要素(コップ)が別の部分集合としての要素(茶碗)と違うというのは、実体としてではなく、コップというコトバによる「差異」が決めるということになり、集合Mにコップを要素として分類する場合、そこには実体としてのコップは含まれず、概念(コトバ-言語記号)としてのコップが含まれることになる。と、なると、私たちは、目前のコップを手にして、じゃあ、これは、ナンなの、と首を傾げてもいいはずだ。たぶん、ソシュールがほんとうにいいたかったのはこうだ。「私たちがコップというとき、コップという実体を示して、コップという必要はなく、コップという発声と、それを聴覚で捉えた認識(像)があれば、それは、明らかに茶碗とは分別(差異化)されるもので、言語というものは、そういう伝わり方をするものだ」・・・話を簡単にするとこれだけのことなのだが、では、なんのためにソシュールはそんなことがいいたかったのだろう。・・・ここで、「AはBである」を思い出してみよう。これでコップをヘーゲルふうに解釈すると「コップは(コップと意識されたコップ)である」といってイイように、ソシュールふうにいえば、「コップは(コップというコトバ)である」といってイイはずだ。何故なら、実体としてのコップは必要なく、聴覚によって生じた像が相手に伝わればいいのだから。そうすると、ヘーゲルが[意識]の中に「対象」をとりこんだように、ソシュールの場合は、コトバの中に「対象」をとりこむことが出来る。つまり、「私は(私に私と意識された私)である」と同様、「私は(私というコトバによって存在する私)である」といえる。もしこれが、文法、法規、規律、規範、体系、であるならば、そうしてそれをラングと称するならば、ラングの内に、あらゆる「対象」はとりこまれ、「私」ですら、実体をなくしてしまう。なぜなら、ヘーゲルが、互いの人間を互いの[意識]の中に相互に運動させて弁証法として用いたように、ソシュールの場合、互いはコトバ(記号)として存在させられてしまうからだ。これを拡張すると、表現や思想もまた、コトバという記号のラング(体系の)中にしか存在をゆるされないことになってしまう。おそらく、ソシュールが持った言語への危機感というのはそれだ。そこで、対概念としてのパロールというものを機能させるのだが、さらに、ソシュールは、畏怖すべきことに気づく。
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