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2010年5月29日 (土)

東京日記・ふたり芝居・1

教育には目的があるが、演劇には目的などナイ。ここが、平田オリザ氏と私どもの大きな違いだ。私どもというのは、私(北村)と流山児祥、小林七緒の三人のことである。(断っておくが、あくまで「違い」であって、どちらかが「間違い」であるといっているのではナイ)。オリザ氏の演劇とて、教育のために存在するワケではなく、教育にも活用出来るという可能性をそのlogicにしているだけだ。だが、んが、だ。手塚治虫さんが、華々しくブレイクし、漫画が花開いた頃、いわゆるPTAからは、漫画は教育上、悪いモノだという声が上がった。(この論理はいまも、教育上、悪い漫画が在る、という論理となって残っている)。このとき、手塚治虫さんは、テレビ出演の場で、「漫画はおやつのようなものだと思って下さい」と、漫画を弁護したが、本音はまったく違うと周囲の漫画家たちには語っていたことが知られている。手塚マンガをhumanismだとしか読めない連中には、その底流に流れるpessimismを理解することは出来まい。ブラックジャックのライバルにドクター・キリコという、極めて魅力的なキャラを配したのはその所以だ。・・・さて、このあたりから、じょじょに、じょじょ履いて、私たちトリオ・ザ・アンチの芝居づくりを、宣伝を兼ねつつ、披瀝していこうと思う。んなものには興味はネェ、のなら、人生の貴重な時間を費やしてもらわなくてもイイ。他人の人生なんてのは貴重でも何でもナイからな。いやあ、鬱病期がつづいているので、どうしても、書き方がaggressiveになっちゃうな。ともかく、、こういうの、ちょっとやってみるからヨロシク。

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