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2010年3月 8日 (月)

大衆の先頭

鳩山民主党政権の支持率がグングン下がっていると、朝刊に出ていた。マジシャンじゃないんだから、燃えかけの1万円札をアッというまに元にもどすなんてことは、どんな政党にも出来るワケはナイ。しかし、大衆はそう待ってはくれないし、虫のいいことしか考えない。自民党からの政権交代で、世の中が少しはよくなるんじゃないかと期待だけはしていたのだ。そうは問屋が卸さない。それほどの罪状だとも思えない、小沢一郎を筆頭としての民主党のカネのゴタゴタに敏感になっているのはアタリマエで、だって、大衆、食えないんだもん。いまさら『蟹工船』なんて売れても、アホみたいに浮かれているのは日本共産党という、永久野党(これが永久革命なら、スゲエんだけど)と、出版社だけで、それだって束の間のことで、ほんとの大衆は、そういうプロレタリア文学にも民主党鳩山政権にもそんなに興味はナイんだと思う。新聞やマスコミは、親が子を子が親を殺したことを毎度お馴染みみたいにニュースにするけど、「ぶっそうだね、殺されんようにせんとね」なんていいながら、蟹工船が獲ってきた蟹の鍋を食って、ケタケタケタと笑っているのは、大衆の代表みたいなおばさんたちだ。その大衆を「豚」といったのは『男組』(雁屋哲・原作、池上遼一・画、1974~1979少年サンデー連載)のヒール(悪役)神竜剛次だが、困ったことは、ヒーローの流全次郎の大義より神竜の理屈のほうに、どうしても納得出来てしまったことだ。そういうワケでだか、原作者は次作の『男大空』が不発に終わると、さっさっと『美味しんぼ』(こっちのほうが有名でバカ売れ。休み休みしながら、まだ連載中)という食い物マンガにいってしまった。やっぱり蟹工船より蟹鍋のほうが大衆の好みなのだ。ところで、私はあるとき、いまは亡きクラモチくんから「大衆のために書いてください」という添え書きのある年賀状をもらい、これがナニを意味するのか、苦慮した。さんざん考えて、私の出した答は、自らの中に厳然として在る大衆に向けて書くということだ。宮沢賢治は、農民という大衆の中に入ろうと努力して、ついに成らなかった。たぶん、どんな研究家も書いていないと思うが(書いてるひともあるかも知れない。なんしろ、研究書は無数にあるから)それは彼が女性を近づけなかったのが要因だと、なんとなく気づいている。そのあたりを踏まえて、大衆の先頭にはいつも女性がいるというのが、目下の信条だ。おそらく鳩山民主党政権の支持率がガタ落ちなのは、女性支持層が離れたためだ。小沢一郎はけして女性の支持を受ける男じゃナイもんな。基地問題にしても、どこにつくるかという場所よりも、米軍基地の存在による、女性と子供の安全対策にどうカタをつけるかを述べたほうが早いはずだ。そういうところがワカランので、ボンボン政権などといわれるのだ。

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