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2010年3月 7日 (日)

霧の喜劇

楽屋の鏡を前にして 彼はかんがえる

おれの役は愛するほうだったか 愛されるほうだったか

愛される役なら 殺されなければならないはずだ

愛する役なら それでも やっぱり殺されねばならないはずだ

なんだ おなじじゃないか

そうそう おれは殺されればいいだけなんだ

簡単なことだ

そういう役は何度も 演っている

ドーランを手にして また 彼はかんがえる

きょうのマチネで「せりふ」をとちったのは

あれは ほんとうは黙っていればよかったんだ

沈黙するところで おれは なにかオカシナことをいったんだ

たしか なにか いったような気がする

だけど それだけのことじゃないか

うんうん なんといっても 沈黙することはイチバン難しいからな

こんどは 眉ペンを手にして 彼はかんがえる

あのとき 相手役が おれに微笑んだのは 演技だろうか

それとも おれのほうが先に あいつを笑ったのだろうか

その 顔は こんなか こんなふうか これか こいつかな

いや もっと変な顔だったかなあ

鏡には彼の顔を透かして 背後の鉄格子がうつっている

彼はかんがえる

きょう支払われるギャラで パンと 少しの赤ワインと

赤ん坊のミルクを買って帰ろう

それから チーズも買って帰ろう 

でも チーズが買えるだけの紙幣が支払われるだろうか

もし 支払ってもらえなければ 座長を殴ってでも ぶんどるぞ

しかし 座長は「私にもナイんだ」というかも知れないナ

それが ほんとなのか ウソなのか ワカラナイけど  

さてと 顔はあらかたできた

霧が 彼の足下まで流れ込んできている

さっきから足が冷えるのは このせいだな

きっと舞台にたちこめている霧が あふれているんだ

おれの役は あの霧の海に浮かんだ 半分壊れた帆船に乗って

観客にむけて 最初にひとつジョークをいうことだ

もんだいは その とっておきのジョークが

たしか 沈黙だったということだ

なにか オカシナことをいわないように

今度こそ 注意しないとな

彼は 深呼吸をひとつすると 

鉄格子を突き抜けて舞台へのびた 自分の影を みつめる

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