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2010年2月14日 (日)

恋することをあきらめないで

悲しさはけして弱さではないが

愛はけして強さではない

悲しさによってできることは革命だけだが

愛によってできることは戦争だけだ

だから世界は悲しさと愛に満ちている

〔罪〕とかいうものをイエス・キリストが磔刑によって持ち去ったように

〔虚無〕はツァラトゥストラという異教の神が持ち去った

それでも たぶん なにか人間には残ったものがあるらしく

それは奪い合わなくてはならないものらしい

というより その 妄想こそが

それそのものらしい

さて ここまではカッコツケの仮の姿としておこう

牛丼(並)と漬け物と味噌汁のセットを500円で食べられることを

私はとても幸せだと思うし

バーゲンセールの靴下を贈られてぬくもりを感じる女に

もし 出逢えたら 口説いてみるつもりだ

愛も悲しさも罪も虚無も 妄想も コトバに書いて 叩き売ったので

ずいぶんと疲れたが

  

まだ死なないでいられるのは たぶん

いまだに生きた心地というのを経験したことのないせいだ

人間は気が狂っているときが ほどほどよいときで

正気の沙汰というのは

ゴミ分別にもんくをたらたらいいながら

やってみると できるもんだわねと 喜色満面の エコファシストのことをいう

義理チョコなどがあって ほう「義理」もここまで踏みにじられたかと苦笑するのは

「義理」とは「ひとの成すべき当然のこと」という いたって簡明な意味だからだ

ヤクザもカタギも関係ナイ

安吾はタイトルの名人だが(『外套と青空』『私は海をだきしめていたい』)

『恋をしに行く』は傑出したものだ

書を捨てて町に出るだけでは話にならない

どうせ書なんざ読んでないんだろうから

棄てるものすらないんだろうから

恋をしに行け

できることなら お得意の 「傷ついた」とかいう

傷つくココロもカラダもナイのに用いるフレーズだけはやめてもらいたい

最後に敬愛する歌人のうたを一首

「悪態は夜半を過ぎて冴えわたり ボールペンめまぐるしく動く」(石川美南『夜灯集』)

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