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2010年2月

2010年2月28日 (日)

アンビバレント

観客は「敵」などと書いてしまったが、いや、そうでもなさそうだなと、反省しているのは、この演目による6つのステージを通して、avecビーズの女優たちが、演技力をアップしたことをあげる。それらは、観客視線という最も権力に満ちた強く怖い視線から生じた、反作用で、斥力を引力に、引力を斥力にと、女優たちは、その重力と自身の重さを以て、鍛えられたようだからだ。本日は楽日、千秋楽にあたる。2カ月近くに及ぶ稽古をたったの6ステージで走り抜けるのは、如何にも短い気がするが、そんなことをいえば、昨日、例に出したフィギアスケートなど、4年間の鍛練をたったの4分の滑走で裁定されるのだから、もんくはいえない。

明日からしばらく、主筆過労のため、休養で、ここはまた開店休業になる。とはいえ、主筆は仕事しながら休む。公演中も、舞台に気を配りながら、つぎの戯曲のplotをメモしていたのだから、まあ、しょうがないのだ。

では、休眠。

2010年2月27日 (土)

その愛をすてなさい

風雨鳴く夜にめざめしきみにいう 我が帆船のタラップはここ

その愛を棄ててしまえよ飢える子に 与えるべきはビスケットなの

彼のひとを奪えし我の恋をいう 盗人よりも理は二分多し

聞くがいい 

おまえが預けた金銀の 利子が一桁上がるたび

この世界で 

飢えた子供が なんのために 泣かなければならぬのか

わからないままに 死んでいくのだ

おまえが合法的に収めなかった税金が 認められるたび

この辺境で

病んだ子が なんのために 苦しまねばならぬのか

わからないままに 死んでいくのだ

私はいつも妄想で 狙撃用ライフルに 弾丸をこめるが 

安心するがいい

その弾丸は おまえたちを 撃つためのものではない

おまえたちを赦している 神を撃つためのものだ

いてもいなくても どっちでもいい 

いてもいなくても なにもかわらない

ただ いいわけをするためにだけ そのものの 降臨する

その瞬間を待つために 私はいつもスコープを覗いている

そのものが「我は神なり」と 声高になのったそのとき

「もし、おまえが全知全能の神ならば、その愛を棄ててみよ」

と 私の銃弾は そういうだろう

どっちでもいいことだが 

きっと そういうだろう 

流星一打

囲碁の石は、一個しか打てない。だから最善手を考える。悪い手ではなかったが、初日までの手は緩着といべきもので、それをなおした。幸いなことに、演劇は囲碁と違って、打ち直しが出来る。この一着。ああ、なんでこれに気づかなかったのか。初日完敗の感想戦ならぬ電話での意見交換と分析で、その一着の場所をみつけた。2ステージめの昨日、観客数は約半分だったが、終演後の足どりはゆっくりとして、物販も3倍売れた。あの一着は正しかったと胸を撫で下ろす。なによりも、自分自身が納得のする、溜飲の下がる、一着だった。無駄に命削ってんじゃねえんだから。・・・浅田真央が銀メダル。まあ、いいやな、あの世界は。観客は応援してくれるし、たいてい味方だもんな。演劇はチガウ。舞台に立てば、観客席はみな敵となる。因果な稼業だな。生物の進化に目的がナイように、演劇行為にも目的はナイ。着地点が無限だから、先行きの見通し(perspective)もナイ。「生きる」ことをもって始まり、「死ぬこと」をもって終わる。菩提樹の空の流れ星と同じ。瞑想にあった釈迦は、あるとき、ふと空を観た。すると、流れ星が観えた。ここで、釈迦はフッと笑った。大悟したのだ。(というのが深沢七郎さんの考え)こっちはフッもヘッもねえ。ただし、賽の河原の刑罰でも、バベルの塔の煉瓦積みでもナイ。「人生、・・・どっちでもいいや」(「どうでもというのではなく、どっちでもなのだ」)何がどっちでもいいのか。たとえば、ここに「神」がやってきて、「私は神だ」というとする。と、私たちはいうのだ「どっちでもいいや」と。私たちの成していることが天使の仕事か悪魔の悪戯か、どっちでもいいのだ。舞台に立つ、この心地よさが理解出来たとき、自分が光速を超えていることを了解する。〔時間〕はその身から離脱する。観客は一万人であろうが、十人であろうが、たったの一人であることを悟る。そうしてそれが、自分自身であることを知るのだ。そこに石は打たれねばならない。

2010年2月26日 (金)

捲土重来

初日は完敗だ。地下鉄を降りてから、悔し涙で泣いた。こういう涙は演劇をやり始めてから初めてのことだ。ひとしきり、地下鉄出口の植え込みで泣いてから、幾つか電話をかけて、敗因をさぐる。ワカッテいたことなのだが、劇場の天井の低さと、それに対する私の演出(劇作)の緩さが原因で、手は尽くしたつもりだったが、天井の低さと役者がそれによって下手にみえる関係はついにワカラナカッタことが、最もダメなところだった。一カ月演出助手をやってくれて、いま大阪でトリゴーリンに取り組んでいる小林が、客席から観ていたので、ともかく何でもいいから、訊く。で、やっと理解出来た。ひとつ勉強した。といって、物理的に天井が高く出来るでなし、全身フル回転させて、オッカムの剃刀、最も速やかに効果のある演出を考え出し、役者、スタッフに連絡の電話をいれた。昨夜は、新聞に演劇批評コラムを書いている安曇女史も観劇していたから、もう一度観てからにしてくれと電話しようとしたが、あれはあれで、公開したのだから、その批評は甘受すべきだと戒めた。灰塵と帰したワケではナイ。焦土瓦礫、もっかい立てばイイ。

2010年2月25日 (木)

春いちばんが吹いたのね

大阪のおにいさん 腹に 弾喰らって 血が下りて

ベッドのうえで ひと眠り

春いちばんが吹いたから

名古屋のおにいさん 胸に 弾喰らって 半身不随

バーボン飲んで ひと眠り

春いちばんが吹いたから

とはいえ、ど

春いちばんが吹いたとて 往くあてのない 我が身ゆえ

その日暮らしのひとびとの その日も暮らせぬひとびとの 

行く末 案ずる ことさへ出来ず

ああ やりきれねえなと 歯噛みして

せめて超えたい あの死者の丘

夢を半ばに倒れた者の

集いし語る あの、あの、丘を

いつか夜明けのくるそれまでは

超えてみたいと 意地ひとつ

ちょっとカッコつけさせてもらいまして

さて 

一息吸って一息吐けば

なんだ 春いちばんが吹いただけなのね

これから起こる すべてのことは

どれも これも なにもかも

春いちばんが吹いたから

みんな そのせいに しますから

ここ過ぎて 春いちばんの わかれみち 

初日

『アシタもおかしいか、』初日です。この間、ちょっと多忙(これまた妙ないいかたですが、ニュアンスですから)で、この欄をサボってました。のぞきに、あるいは恒読者のみなさんにはご迷惑をおかけいたしました。

で、芝居のほうは、ゆんべゲネプロを終え、「ふーん、こういうふうにみえるのネ」てな具合の仕上がりで、スクリューボール・ホーム・コメディです。上演時間1時間35分。うたた寝をしてたら終わってしまいますのでご用心。上演時間は当初の予定通りです。こういうのがピッタリとワカルのが、私のスゴイところ。

楽して創った芝居ではありません(私がではなく、総員)が、観客の方々には、楽にみえるように創ってあります。鳥だって、すいすい空を気持ちよく飛んでいるようですけど、ありゃあ、あれで、一所懸命なんですから。

ご笑覧あれ。

2010年2月22日 (月)

劇的な、あまりに演劇的な・04

「俳優の仕事」を書くつもりが、またまたその前に。・・・昨日、avecビーズの新作『アシタもおかしいか、』の稽古場における稽古は終了。1場を観て、3場の音響ナオシを試して、で、1場の稽古を観ているときは、なんだかもう、この場での稽古においてこの作品にはまったく興味がなくなっていて、やり終えると、頭ん中も終えるのが早いのなんの。で、3場の音響はパターンを3つ聞かされるが、役者に演じてもらいながら聞いてみて、1、2は即、却下。「あのね、要素が多すぎる。音響が主張してどうすんの。役者の演技の邪魔んなるだけじゃん」音響も表現だから、(私は鳴り物以外に三味線をと注文したのだが、なんだかヤタラと音が出てくる)創っているうちに、あれもこれもとなるのはしょうがナイ。(それは音響家の自分の世界だかんね)で、やんなおし。で、訓示。自分の世界(とかいうのを)表現したいのはワカリマス。しかし、常に、音響というものは、劇世界においの現実性ではあるけれど、その舞台に存在する演技者(役者)にとっては、さらに現実としての音として聞こえてくるものだから(聴感覚覚に作用して、演技に影響を与える)、と同時に、演技者(役者)の置かれた位相と同位相に位置して、観客もこれを受容しなければならない。「おめえな、ただでさへ、世間は過剰なんだよ。そこへきて、劇場で、芝居で、こんな過剰な音、聞かされたら、客はイヤんなるだろうが。客にイヤんなられたら、気持ち良く帰ってもらえないだろうが。あのな、simple is vest なの、ヨ」「演技でも、音でも、戯曲でもなんでもそうだ。自分の世界にいるときは心地いいの。すかす、外とのカンゲィというものをもっど、カンゲエロ。井の中の蛙、大海を知らず、されど高き空を知る、つうけどナ、そでは、井戸の蓋が開いてる場合のことなの。外との関係が出来てるときなの。孤高なんてものは屁の突っ張りにもなんねえ。天野天外が『夢十夜』ですっぱいすたのは、いつもは量子の出てくるトンネル効果を創るのに、今回はそでがなかった。簡単にいえば、あいつは、外に対する回廊なり窓なり、穴を掘削しながっだの。汽車の線路が駅ん中でくるくる回っていただけ。自分の世界の中だげにとずこもっでじゃ、気持ちはよかんべけど、そりゃあ、ただ、楽すてるだげだもん」・・・閉じ籠もりとかいう。ひねもすパソコンいじってるんだそうだ。しかし、パソコンってのは、ネットでどんなとこへでも繋がるもんなあ。で、けちろん。avecビーズの今回の作品のほうが、はるかに「いま」に向って風を通してるべ。

2010年2月20日 (土)

劇的な、あまりに演劇的な(『劇、その周縁』改題)・03

スタニスラフスキーの主著はいわずと知れた『俳優の仕事』だ。この有効性に関しては、さまざまなひとがさまざまなことを述べている。ダメだというひともいれば、誤読されているというひともいるし、我こそ正統なる継承者というひともいる。私にとっては、いずれもどうでもよい他人事だ。スタニスラフスキーには「演出家」の仕事に触れた諸論もあるが、それもこのさい問題にしない。ややひねくってタイトルだけは借景する。『俳優の仕事』だ。・・・その前に演出の仕事について多少述べておく。もちろん、私は演出家ではナイので、私がいつもやってる演出の仕事がどういうものかということだけに限る。私にとって演出の仕事を、つづめていえば一つだけだ。「役者が下手にみえないようにすること」これだけ。これだけのために(自分でいうのもなんだが)、「粉骨砕身」する。命けずります、だ。幸いにして、私は上手な役者(演技者)を知らない。というか、そういうひとと仕事をしたことがナイ。だから、私の演出の仕事は前述したこと以外にはナイ。下手とは何か、上手とは何か。要するに、享楽の問題でしかナイ。つまりは、快不快の問題だ。いい演技とは、不快ではナイ演技をいう。それ以外に私の尺度はナイ。まだ相米慎二監督存命の頃、東京の街角で偶然出逢ったことがあって、いきなり監督は私にいうのだ。「いま吐いてきたところだ」二日酔いで胃を壊したのではナイ。「ちっともうまくいかねえ」と監督はさらに、コトバを吐き捨てた。何を撮っていたときかは忘れた。私もその気持ちはワカル。不快な演技を観ると、吐きそうになる。不快なせりふを聞くと吐きそうになる。だから、消化を良くすることを役者(演技者)には求める。それだけが私の演出だ。何の理論もメソッドもシステムもナイ。私が気持ちよくなれば、それでヨシ。演出をやってて、怒ったり、怒鳴ったり、叱ったりしたことはナイ。吐きそうになったら、そこまで。やり直し。吐きたくないから。これを我慢すると、血圧の下が100をこえることになる。吐きそうになる。85以下で観ていられること。基準はそれだけなのだ。

鉄は鍛えられてこそ鉄

小林七緒と、大須で打ち合わせ。まず、いつもの中華屋『昇龍』で、タンメンと餃子。ここではこれしか食べない。たぶん、他のものも美味いんだろうけど。黙って座れば出てくるメニューというワケ。で、私ゃ人見知りなので、すぐに顔を観ることも出来ず、とはいえ、そんなこともしていられないので、「少し、太りましたか。中津川のときより」と、何とか、顔を観る理由をみつけてと。「流山児んところを選んだ理由は」「もう何年やってます」「ふだんはどうやって食ってるんです」と、ここまでが、中華屋。それから、これまた行きつけの喫茶店で二人芝居の打ち合わせ。極めてテキパキとして、(具体的にいえば、調べておきます、というのがナイ。その場ですぐ携帯で連絡をとって、確認をとりつける)当方のやりたいことを即座に了解してくれるところは、見込みどおりの手腕。持っていった、たった3枚のメモを読んで、どんな芝居にすればいいか、たいていのことは理解して、すぐに「ここはこうするほうがいいのでは」ということがいえるのだ。流山児んところの連中は、誰も彼も瞳がみな涼しく美しい。まるで修道院か禅寺の修行僧のような感じだ。要するに、流山児はinspirationがあると、そのまんまに無茶なことばかりいうのだが、、ともかくそれを実行に移さねばならないために動く、あそこの劇団はいわゆる『スパイ大作戦』なのだ。 流山児は、ブログで高校生あたりが書きそうな日記を書いているが、いまどき還暦を過ぎて、あんなの書けるのはまずいない、な。二人芝居は20年ほども前に、うるさく誘われていたのだが、私もinspirationでは負けない。ふと、やってみるかの、それだけ。で、七緒でいこうと、それだけ。・・・演劇者は野垂れ死にするかも知れぬ。しかし、二百三高地のように無駄死にはしない。私たちは対称性の破れから、光子を母として、この宇宙に生じた。然らば、光の子として、この宇宙に寂静すればイイのだ。

2010年2月19日 (金)

仕事人

『アシタもおかしいか、』を仕上げる。銭出して、観る価値のあるレベルにはもっていけた。仕上げがいつもより遅れたのは、私の演出力の体力的な問題だ。それでも粘れたのは、出演者たちの労働力の志向のおかげだ。・・・藤田まことさんが急逝されて、コトバもナイが、『必殺』で中村主水が登場するのはシリーズ2作目の『必殺仕置人』からで、これは山崎努が主役だったから、脇役での起用で、登場してないエピソードも含まれる。もちろん、『てなもんや三度笠』までは喜劇役者だったワケだから、シリアスな芝居は経験がナイ。監督(どの監督だったかはワカラナイ)に初めていわれたのが、「あんた、ほんまに下手やなあ」、これは本人の弁(もちろん何処の新聞にも掲載されていない。アタリマエだけど)。・・・ついでに威張っていっとくけど、私の戯曲『寿歌』への発表当時の批評家、評論家のオコトバは「文章が安すぎる」「内容が稚拙」「リアリティがない」。さてと、私は、本日は流山児との二人芝居の演出をやってくれる小林七緒との、最初の打ち合わせ。擬制未だ終焉せず。真なるものの蹉跌する時代はつづく。

2010年2月17日 (水)

何が粋かよっ

安田砦で放水くらったもの その残党を含め ああ あの時代に闘える者たちは みな 老いる年月となり あるものは『おひとりさまの老後』などという世知辛い本の印税で高笑いして なおも 傷癒えぬものに 放水(水をかける)するようなことをしながら 大学の教授になって元全共闘の戦士だなどとぬかし(おい、てめえらが闘ったのは そのキョージュとかいうアホたちではなかったのか) あるものは あるもの 誰も彼もが みすぎよすぎ で自死するか発狂するか のうのうと その当時の 遺産を食いつぶしてやんの・・・世にいう「論語本読みの論語知らず」これを西洋風になおすと「ニーチェ読みのニーチェ知らず」 いるだろ そこいらに 『これがニーチェだ』などと駄本書いてるヤロウ。太宰治がニーチェのファンだったのは ニーチェが〔捨て身〕であったからだ。そのあたりを新渡戸稲造先生も『武士道』で書いて欲しかったな(『漱石の「猫」とニーチェ』)杉田弘子・白水社)。・・・千葉周作、ある日まったくの素人の民に「仇討ちで勝てる方法を教わりたい」と一心に悲願され、事情を訊いたが、勝てる相手ではナク、とはいえ、秘策を授ける。千葉周作いえり「相手を倒すことも出来るが、おまえも死ぬぞ。それでよいか」・・・相討ちの出来るご時世はまだ良かった。引き分けに持ち込める頃はまだ救いがあった。よろしいか諸君、いまは「見通し(perspective)がきかないということだけが見通しなのだ」・・・なに、罪もない市民が多数殺され と また 報道があったのネ そうかい その殺された市民の中に 憎んでいるのや 因業金貸しや 恋や仕事の仇敵がいたやも知れず それで ひそかに ヤッタッ とガッツポーズしてるのがいるかも知れない と 演劇は そこまでの 深度を扱う。

2010年2月16日 (火)

どんなところにどんなひとが

伊丹の塾。で、例によって、足のマッサージ(アイホールの近所にあるんだが、技術は一流)に行って、施術後、やってくれたひとが、「『刹那の殺人』読みました」といきなりいいだしたので、ウッと驚いて「ブログのですか」と訊くと、「田口ランディさんのファンで彼女のブログからリンクしたん」だそうである。で、アイホールに帰って、田口さんのブログを開くと、たしかに『刹那の殺人』について書いてある。彼女は自著の小説の中に、私の『寿歌』のことも書いたりしている、演劇少女だったらしい。まあ、どこで誰が読んでいるかワカランもんです。疲労はピークを過ぎて、さらに上昇。朝からあくびの連発だったが、早めにチェックインして、ちょっと休憩。しかし、交感神経が興奮しているので昼寝とはいかない。歌いたい衝動、抑えきれず、阪急のほうへ行って、ときどきこっそり一人で歌っているカラオケ屋に直行。30分ほど歌って泣いて、140円也。やや、すっきりして、塾。遅刻者や休みが多かったので、雑談やってたが、これが雑談というのが私のレクチャーの中ではイチバンオモシロイんだ。で、『脳』の話をする。劇団『態変』の話をする。神戸浩の話をする。終わって、師範とコーヒータイム(飲むのはやめて、三カ月ほど前から、缶コーヒーで30分ほど、いろいろと相談)。それも終わって、もうホテルへ直行。とにかく、シャワーして、寝る。夜中、といっても12時前だったけど、自販機でビールを買って飲む。で、また寝る。要するに、寝たいだけ。朝も遅めの10時過ぎ出発。帰って、ひれ酒買ってきて、飲んでまた寝る。鍼へ行っても、マッサージへ行っても、足をやってもらっても、終わると「お疲れですね」と来る。avecビーズが終わるまでは仕方ないとして、反動で鬱期が来るのが不安。

2010年2月14日 (日)

恋することをあきらめないで

悲しさはけして弱さではないが

愛はけして強さではない

悲しさによってできることは革命だけだが

愛によってできることは戦争だけだ

だから世界は悲しさと愛に満ちている

〔罪〕とかいうものをイエス・キリストが磔刑によって持ち去ったように

〔虚無〕はツァラトゥストラという異教の神が持ち去った

それでも たぶん なにか人間には残ったものがあるらしく

それは奪い合わなくてはならないものらしい

というより その 妄想こそが

それそのものらしい

さて ここまではカッコツケの仮の姿としておこう

牛丼(並)と漬け物と味噌汁のセットを500円で食べられることを

私はとても幸せだと思うし

バーゲンセールの靴下を贈られてぬくもりを感じる女に

もし 出逢えたら 口説いてみるつもりだ

愛も悲しさも罪も虚無も 妄想も コトバに書いて 叩き売ったので

ずいぶんと疲れたが

  

まだ死なないでいられるのは たぶん

いまだに生きた心地というのを経験したことのないせいだ

人間は気が狂っているときが ほどほどよいときで

正気の沙汰というのは

ゴミ分別にもんくをたらたらいいながら

やってみると できるもんだわねと 喜色満面の エコファシストのことをいう

義理チョコなどがあって ほう「義理」もここまで踏みにじられたかと苦笑するのは

「義理」とは「ひとの成すべき当然のこと」という いたって簡明な意味だからだ

ヤクザもカタギも関係ナイ

安吾はタイトルの名人だが(『外套と青空』『私は海をだきしめていたい』)

『恋をしに行く』は傑出したものだ

書を捨てて町に出るだけでは話にならない

どうせ書なんざ読んでないんだろうから

棄てるものすらないんだろうから

恋をしに行け

できることなら お得意の 「傷ついた」とかいう

傷つくココロもカラダもナイのに用いるフレーズだけはやめてもらいたい

最後に敬愛する歌人のうたを一首

「悪態は夜半を過ぎて冴えわたり ボールペンめまぐるしく動く」(石川美南『夜灯集』)

2010年2月13日 (土)

劇、その周縁・02

タモリについては以前も書いたが、その瞠目すべきところは、真っ先に「テレビというのはツマラナイものだ」ということに気づいたことだ。タモリの「芸」はデビュー当時から異質で、およそ次に何をやらかすのかワカラナイといったものだったが、おそらく当人はそういう芸風を持ってして、逆にテレビというものはツマラナイものだと「覚悟」したに違いない。よって、ツマラナイものを一所懸命やる必要はナイと、テレビから去ったかというと、知ってのとおり、ツマラナイ世界における長寿の方法を編み出したというワケだ。そういう意味では彼はテレビという媒体業界のプロだといえる。・・・およそ演劇業界においてアマだのプロだのという場合、この用語も実に曖昧に用いられているけれど、私の定義はいたって簡単で、amateurというのは完成されているひとで、professionalというのは未完成なひとをいう。逆説めいているが、アマチュアは完成されているので、目の前の壁など観えない。ところがプロは未完成だから、幾つもの壁を越えていかねばならない。その壁を越えるごとに身につける技が、いまふうにいえばリテラシーというものになっていく。そのチガイは、キチガイになるくらい大きな差だ。

2010年2月12日 (金)

劇、その周縁・01

「現象学的還元」などというと、えらく難しい概念のように聞こえるが、ごく簡単にいえば、客観(と個々人が固有に確信していること)をとりあえず括弧に入れるということになる(これをエポケーするともいう)。そうしてのち、それぞれに妥当とみられる答えを出していこうという考え方だ。つまりまず唯我論的にいいたいことはいって、そこに共通する規範をみつけようという方法だ。似たような思考法は山岸巳代蔵のヤマギシズムにみられる「零位に立つ」というところだろう。もちろん、ただ似ているだけだが、山岸の場合はコトバ以外は捨て去るので、ひょっとすると、ウィトゲンシュタインに近いのかも知れない。・・・ところで、『演劇学の教科書』にもあったように「演戯」というのがナニをいっているのか判然とはしないが、そこから戯れるという志向性のようなものだけは感じ取ることにしておこう。かつてソウル演劇祭に招聘されたとき、芸術監督の孫-Jin-Chaek(チン・チェク、該当の漢字がナイ)が「

北村

さんにとって演劇とは何ですか」と、行きつけの店で焼酎やりながら、単刀直入に質問してきたことがあって、私も即断即答で「オモチャです」と答えた。この私の考えはいまも変わっていないが、現象学的還元をしていけば、演劇とはに対する答えは個人の数だけあるだろうが、この現象学的還元に対して私の持っている違和感は、では、そこで決定さた共通規範の正さをナニが保証してくれるのだろうか、ということにつきる。流れゆく歴史の可能性か、すでに終わった歴史の証明するものか、なおも残存する現在という事実か。で、まあ、どうでもいいじゃないか、そういうワケのワカラナサ、まったく非決定的なオモシロサが、あれば。ということになる。たぶん、そういうことを哲学的に初めて口にしたのはニーチェだろう(知らんけど、いいそうなことだから)。演劇なんぞをやってナニになるのか、またどうなったのか、そんなことを書ける程度に書いていく。

2010年2月11日 (木)

パンドラの愛しみ

パンドラの函に残りし悲しみをみてみぬふりして蓋閉じる夜

選ばれしコトバの多くを使い切り駆け抜けたる30㎞地点

この女(ひと)を好きになろうか嫌おうか鯖の煮つけの食べられたあと

既視感の中に無言で消えゆきしどこで観たのか彼の国の姫

過ぎゆきて結果の轍だけつづくおそらくそれも雪どけまでと

書き下ろし、の作品について

昨日、大西・寺十指導の横浜んたらかんちゃら(いつまでたっても正式名称がおぼえられない)の有志公演、書き下ろしを脱稿。『悪夢くん』というタイトルだけもらって、参加人数その他の条件を待機していたのだけど、書きたくなったので、書き始めたらもうビョーキだからな。ともかく、plotがどんどん浮かんできてメモでは間に合わず、大西に電話して今回は、書いたもので、そっちでなんとかしてくれと、頼み込み(というか、恫喝し)、で、アト少しで書けるんだけど、要するに『悪夢くん』というのは、どんな作品にすれば良かったんだ、てなことを訊いて、いまさらどうなるものでもナイのだが、書き上げてから、悪夢くんの役は女性がやるのかと訊いてみると、そうだというので、そりゃあ良かった、けど、悪夢くんというのは登場しないんだ、ってナニが良かったんだか。しかし、書き上げてみると、出てないこともないし、ああ、あの女優なら演れるから、いいやと、無責任。『ウディ・アレンの影と霧』(1992)をモチーフにしたせいか、筆致が軽い。大西が大ファンのデイヴィット・リンチふうの、「なんで?」という、いわゆるoutputが殆どナイともいえる。つまり、世界がせせこましくないのだ。起承転結をつけないと「不条理演劇」といわれるみたいだけど、生きてて(生活してて)まともに起承転結なんてついたことなんてアルのかよ。無理につけようとすると、ヒロシマ・ナガサキみたいに大量殺戮の爆弾でも落とさないとしょうがナイ。キリスト(ユダヤ)教の創造主にしても、力業で、ノアの洪水やら、ソドムやら、バベルじゃないか。私たちにんげんは、もっと穏やかにいこうよ。起承転結ではなく、帰結転生てのはどうだ。山田風太郎先生みたいでいいね。というワケで、作品はウソをつかないな。と気づいたのであった。(いまごろ、ネ)

2010年2月 9日 (火)

刹那の殺人

さいしょにひとを殺したとき この世にもうひとり そいつが生まれるような気がした

さいしょにひとを抱いたとき このあたたかみは 拒否すべきだときめた

さいしょにひとを憎んだとき このかんじょうは 忘れることができないとおもった

さいしょにひとを泣かせたとき このばしょには もうもどってこれないとうなだれた

さいしょにひとをおどろかせたとき このおどろきは とてもしんせんなものだった

さいしょにひとをすてたとき このキズは しょうがいついてまわるとかくごした

さいしょにひとに愛されたとき このせかいには そんなものもあるのかとあやしんだ

そこで さいしょに しんだいま けっきょくオレが正しかったことは ひとつもナカッタのだと気がついた

みんな刹那のことである

2010年2月 8日 (月)

なおもいっちゃうが

ゲスト審査員の感想批評によると、今期『劇王』は「不条理演劇」が多かった、らしい。で、たとえそうだとして、それのどこが問題なのか、さっぱりワカラナイ。こういうところが、審査講評で私の頭んきたところだ。演劇が情況の子なら、いまとその作者とが、どういうふうな関係に置かれているのか、ひとりくらいマトモに答えてもよかったのじゃナイのか。「何故か多かったんですよね」では、プロのコトバではナイだろ。そういうのを「仲良し」というのだ。では、私はどう考えているのか。私は「不条理演劇」というものがどんなものなのかよくワカラナイから、(もし、カミュの『カリギュラ』などをそういうものだとするなら、そんな作品は一篇たりともみあたらなかった)まだしも、柄本(一日)審査員のいう「テレビからの借り物」であった、というほうが納得がいく。・・・私にいわせれば、今期に集った若手劇作家たちの作品は「〔自己否定〕から先の見通しがナイ」あるいは、そこからの方法をみいだせない、焦燥の提出だ。さすがに劇作家を自称するだけあって、何かを「否定」していかねばならないという、漠然とした意識もしくは使命感は所有しているのだ。そうして、それがまず自己に向かうのは、劇作という創造においては、アタリマエのことだ。その跳ね返りが対他になるのも当然のことだ。そのときに訪れる葛藤が「不条理」と呼ばれたり「疎外」と称されたりするのなら、そう呼ぶしかナイものだ。ただ、それをそのまま並べるので、ああいった感触の作品の羅列になる。で、あるならば、彼らの仕事は、彼ら自身の〔自己否定〕を「否定」していくことしかナイ。その作品を「否定」していく道筋をみつけるしか、自らといまを書き切る方法などナイ。それは技術論とはまったく違うものだ。登場人物をひとり減らそうが、5分のものを書こうが、まったく関係のナイことだ。そんなことは、劇王を連覇した鹿目由紀がもう作業を始めていることではないのか。いみじくもマキノ審査員が鹿目作品に対して述べた「力業」の力が、どこからきているのか、それを問題にしないかぎり、女王の連覇はつづくにチガイナイ。

腹がタツのでいっちゃうが

腹がタツのでいっちゃうが『劇王』の審査員講評が終わってから、というか、途中から腹がタツというか頭んきていたので、予選敗退者の劇作家ヒトリつかまえて、楽屋廊下で「あの審査員の講評は間違っている」てなことを始めたら、これが思わぬ辻説法になって、楽屋から若き劇作家たちが集まってきて、並んじゃったもんだから、なんだか私が集めて説教しているみたいになったけど、そりゃあ、チガウ。「あの審査員のバカヤローたちは」とたしかに私は何度も口にして、「今日審査員にいわれたことはすべて忘れてイイ」で締めくくったから、ゲスト審査員(柄本さんは加わってない。スケの都合、一日で帰ったので)にとっては身も蓋もないことをしたのだが、その柄本さんが一日目に述べたように、なんで審査員まで「仲良し」でやんなきゃならないのか。柄本明さんのいうところの「仲良し」というのがなんだったのか、ゲスト審査員も考えてみるべきことだ。・・・さて、その審査員だが、日頃から、有名劇作家、高名劇作家のお戯曲しか読んでねえもんだから、20分3人制限の若手劇作家のホンなんかまるで読めてナイのだ。つまり、戯曲批評の根拠をどこに置いていらっしゃるのか、まるでワカラナイ。要するに、自分にワカルことだけを当たり障りのナイように述べて、若手劇作家の〔拙さ〕というものと「格闘」されている痕跡がみあたらない。したがって、そこで述べられるのは、技術論ばかりということになる。まず、赤井俊哉の『変身』に『ミザリー』などというおおむかしの作り話を持ち出すのがどうかしている。いま〔変身〕というのは、どういうものなのか、何故、カフカの『変身』が着ぐるみになってしまっているのか、話はそこからでないと始まらない。サリンngロックの『ヒソヒソ』では、どの審査員もあの舞台がアパートの一室だと思って疑わない。それが、どういう喩であるのかが、命脈なのだ。そこに閉じ籠もざるを得ない作者のcommunicateの悲しさが、どこからくるのか、話はそれからだ。鏡味富美子『屋上には風が』にいたっては、「二人芝居でもよかったのでは」という、腰を抜かすような論評まで出てくる。審査員の誰一人として、三人目の登場人物がナンであるのかに触れず、何故、ハンカチがいつも水色なのかについても知らぬ顔の半兵衛だ。あの戯曲が自殺について書かれているなどというのは、まったくの誤読でしかナイ。話はそれからだ。新型のシステムだか、メソッドだか、フランスの話をしてはいけないワケではナイが(ついでにいうなら、日本人のいう「おふくろ」が、臓器であるなどというのは、 誤解もはなはだしい。日本語はそんなに野暮なコトバではナイ。と、考え、おそらく財布、巾着に由来するのではないかと判じたが、しかし、たとえ臓器だとしても、それほど忌み嫌われることなんだろうか。むしろ臓器として、よくその本質を語っているような気がしている)。ともかくとして、そんなものを百回聞くより、『役者論語』を読んだほうがいいぞ、若き劇作家諸君。とはいえ、鹿目由紀さん、三連覇、おめでとう。あれを「不条理劇」なんてのはとんでもナイ審査員の錯誤で、あんなに条理にかなった芝居はナイ。鹿目の用いた、たった二つの極めて劇的なセリフが、平塚のコントと演劇をみごとにワケテ、それが勝利の因となった。

開店休業

ひっとして、一部の読者にはご心配をおかけしております。そういうメールも頂戴しました。多忙と疲労がピークで、鬱病の再発をくい止めるために自重して、この欄はいま、休んでおります。もう数日、お待ちください。主筆。

2010年2月 4日 (木)

黄昏の予兆

「わたしはほんとうは怖ろしかったのだ 世界のどこかにわたしを拒絶する風景があるのではないか わたしの拒絶する風景があるように・・・」(吉本隆明『固有時との対話』より抜粋)

「おれが愛することを忘れたら舞台に乗せてくれ(略)もしおれが呼んだら花輪をもって遺言をきいてくれ もしもおれが死んだら世界は和解してくれ」(同、『転位のための十篇』「恋唄」より抜粋)

いっとう最初に買った吉本さんの本は思潮社の『吉本隆明詩集』だった。

「みえない関係が みえはじめたとき かれらは深く訣別している」(同「少年期」より)

だから、オレが死んだら、どうかみんな和解してくれ。

またあの宿痾が始まるのではないかという予兆に怯えながら、「いや、オレは少しツカレテいるだけだ」と、明日からはまた仕事に逃げよう。さらにツカレテしまってもだ。

よしんば、五十七年の人生を全否定されても、成してきた仕事だけは、死守すべきだ。たとえ、それによって死なねばならぬとしてもだ。

2010年2月 2日 (火)

とおりこして、夏

あのハンバーグ屋にはいやなひとだけ連れていく

これをみて夏まで生きようと思うのかと思えるポスター

幻聴なのか鉄琴の音を聞いて目覚める朝

目薬を何度さしたのか忘れてしまうほど仕事した

ふと観た時計が444のぞろめで妙にうれしい

春など来なくていい とおりこして、夏

線香をつける 故人ほど多く語る者はナシ聞くのは私だけ

気分転換につくる自由律はほんとに自由

ストレス解消に精神科医に勧められた飲酒を断る妙な診察

孤独というのを味わったことなどないひとりの私

劇、その身体・08

マルクスの自然哲学をそのまま援用するとすれば、「衣装」というのは身体の延長(拡張)になる。とはいえ、それが「衣服」と異なるのは、たとえば防寒や冷却などの保身の機能を念頭においていないことだ。同様に「服飾」になると、対象化されるものは、たぶん、ナルシスやフェチ、つまり、自己愛と変身への願望だろう(・・・だろうという曖昧な答え方は、私自身の問題で、私があまり服飾に対して知識がナイからだ)。だから、「衣装」「衣服」「服飾」は異なる着衣と考えたほうがイイ。材質やデコラはは同じでも、延長(拡張)の用いられ方に差異があるからだ。演劇における「衣装」は、演技者(役者)の趣味や貴賤の如何とは関係なく、役の延長にある。演技の延長といえば、演技力に相当する。したがって、演技者(役者)がこれに拘泥するのはもっともなことだと思う。また、衣装プランナーやコーディネーター、スタイリストに対して羨望、信頼、を置くのも当然だし、逆に、不信、不満、を抱くのも不自然なことではナイ。ただ、私が、その手の逸話でいつも記憶を揺さぶられるのは、島倉千代子さんがデビューして間もない頃、そのブレイクを妬んで、ある歌謡ショーに、先輩歌手が彼女と同じ柄の着物を着て、先に歌うという嫌がらせをしたとき、廊下の片隅で途方にくれて涙していた島倉千代子を菊地章子(『星の流れに』)がみつけ、「あなたの歌は着物が歌うの、あなたが歌うの」と、詰問するようにして励ましたことだ。余談だが、『岸壁の母』も菊地章子のほうがイイ。菊地章子は『岸壁の母』を歌って有名な女性歌手に対して「あの歌はあんなふうに下品に歌うものではアリマセン」と感想をもらしている。

2010年2月 1日 (月)

躁鬱の絶景

この世において 誰一人 悟ったものはいない

また 誰一人 死ななかったものもいない

もし この世界が虚無であるならば

宇宙すべてが虚無であるならば

それはそれでいいではないか

アトに生まれたものたちよ 先に生まれた私や私たちは 先にいくが

そうして 先に消滅するが きみたちもまた 消滅するだろう

だから 永遠の終わるころに また逢おう

進化には目的や意味がナイのではなく

その目的や意味を 誰も知らず またそれが 誰にもワカラナイだけなのだ

だから おそれることはナイ 忌むことも 厭うこともナイ

私たちは 無限に到達することが出来ないが

その方法は知っている

無限が極限まで近づいた そのとき

私や 私たちの消滅の目的も意味も 進化のそれさへも ワカルだろう

その久遠の未来で 友よ兄らよ 微笑むために

私や 私たちが いまここに在ることこそが

最も祝福されるべき できごとなのだ

そのために さて 明日もまた いっぱいのコーヒーで目覚めよう

眺めのいい 丘で

かさついた唇に 口笛でも吹きながら

劇、その身体・07

「遺伝子の旅はつづくよ 狼との混血犬が引いていく橇(そり)」(大滝和子『銀河を産んだように』)人ゲノムの99%は、どの人間も同じなのだそうだ。つまり、残りの1%が固有のものとなる。では、この1%がDNA螺旋の遺伝子情報で決定されるのかというと、この情報はかなり曖昧というか、優柔不断に創られていて、環境によって左右されることが多いのだ。どういうことかというと、母胎の環境における情況に決定される要素だということだ。胎内の環境などというものは、そんなに違わないのではナイかと思われるが、胎内の構造や機能は同じだとしても、これが「母胎」となると、「母」という重要な関係が進入してくる。「母」というのはナニモノなのか、私にも謎でしかナイ。演劇からの逸脱ついでに述べると、人間の死を脳死とするのは、医学的な経済学と世間的倫理の錯合であって、もしこれをhumanismの問題とするならば、それなりの議論がなされて然るべきだ。臓器提供についてマスコミが話題にするのは決まって幼童であり、この幼子を助けるには、臓器提供しかなく、それには大金が必要なので、募金を、といういつものパターンだ。私は冷酷といわれようが、生後すぐに死んでしまう赤ん坊もいるし、百歳まで生きるものもいる、というのが、この世じゃないかと思っている。もし、脳死を認めるならば、そんなに脳というものが重要なパーツであるならば、生まれつき、或いは事故などによって脳に欠損のあるものは、人間として欠損なんだから、みな臓器を提供すればいいことになる。脳なんてのは演算装置にしか過ぎない、程度に勘定しておいたほうがイイ。最近流行の、「脳にいいことをする」というのが、私にはまったくワカラナイ。脳にいいことをして、脳をどうしようというのか。それが「いい脳」を造ることならば、「いい脳」というのは、どういう脳をいうのか。より優れた性能、リテラシーのあるパソコンを所有したいという願望と、さほどのチガイはあるまい。上手い演技者(役者)なんてくさるほどいるのだ。下手な役者をどうするのか、また下手な役者は、どう演劇に関わっていけばいいのか、「演劇にいい」ことだけをやっていてもしょうがナイし、「いい演劇」といわれるものが、どんな演劇なのか、私は知らない。知らないものがワカリタイので考えているだけだ。 

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