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2009年12月25日 (金)

劇、その演技・03

私たちはなんのために演劇なんぞをやっているのか。こういう素朴で実は根源的な問いに対しても、率直な答を聞いたことはナイ。芸術か運動か、そんなことは私にはどうでもイイことのように思われる。私がその問いにいま出せる答は「生き残るため」というひとことだ。これは「生きるため」というのとは違う。役者は役を生きるだの、役によって自己を表現するだのというコトバを耳にするが、それもまた固有の志向であって、それぞれがかってに(妨げにならぬ程度に)思うぶんには、どうでもイイ。私たちは舞台でカラダとココロを動かして、一汗かいて気分よくして、そのアトに、美味い酒とそれにみあった肴で笑うことが出来れば、それでイイのだ。演劇というものは、それ以上でもそれ以下でもナイ。おそらく原始の芝居というのは、そういう境地に入ることが、神と同じ位層に自らを置くことと同意だったのだろう。神人(シンジン)として、最初の芝居びとは存在したはずだ。それが神人(ジニン)という変容をとげたのは、その営みに経済というものが導入されたからだ。この「快楽(Eros)」としての営為と、「経済(economy)」としての営為の二重のparallelな導線は、いまも変わらずに、演劇というものについてまわる。前者は表現として、後者は生活手段として。だから、演劇(狂言)の発生が知りたければ、古文書などにあたるよりも、いまの演劇人たる人々、私たちの生き方から推し量って充分その答が得られる。鎌倉室町から六〇〇年、このスタイルに大きな変化はナイ。演劇というのは、なにかしら〔生き残って〕きたのだ。私たちはこの生き残ってきたものに、自らの生存をゆだねているといってもイイ。それはいま、この時代、この世間(うきよ)で「生き残る」、本能的な選択ともいえる。

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