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2009年12月29日 (火)

劇、その演技・4

自らを役に投ずるにせよ、役を自らに引き寄せるにせよ、演ずるという構造には変化はナイ。いずれにせよ演技者(役者)はimageした役で、舞台に立たねばならないからだ。このimageを観念的な具象と呼んでさしつかえない。観念的な具象というのは、それがまだ実体になっていないからだ。だが、舞台に立つのは、実体でしかあり得ない。どういうことかというと、ここで、順序づけていうならば、演技者には、観念的な具象を実体に、あたかも引っくり返すごとき作業が待っているということだ。〔演技〕という問題が生じてくるのは、この場面だ。なぜなら、観念的な具象を実体に転じさせる(変容させる)のは容易なことではナイからというのがその理由だ。構造だけでいうならば、演技者(役者)は舞台に立ったとき、実体としての〔役〕としてそこに在るので、観念的な具象は引っくり返されている。そこで、演技者(役者)自身の観念は、舞台に立っている自身を観る視線のようなものになって、ある客観をかたちづくる。これが、演じる構造そのものなのだが、こんな形式どおりには、ことはうまく運ばない。観念的な具象と、舞台に立った実体との差異に、必ず演技者(役者)は苛まれる。と、すれば、その差異を埋めていく技術こそが、「演技」と称されるものであることはいうまでもナイ。では、演技という技術は、いったい演ずることのなにを、どうすることなのか。演ずることをさらに解析するやり方で、この問題に、私たちは踏み込むことにする。

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