無料ブログはココログ

« 狭霧の夜空に | トップページ | 貧者の一考・続 »

2009年11月13日 (金)

貧者の一考

シッタルタ、シッダッタ、シッダルータ。すべて釈迦の名であるが、これらはみな後世の信者や教徒によって聖化された呼び名で、釈迦というのも、「シャーキャー」という梵語の漢訳語だ。ただ、その生活の背景としては、釈迦族の王子として生まれたことは、仏教学者において一致している。また、釈迦族は、幾つかの大きな勢力の国家のはざまにあって、その一つであるコーサラという国の属国であった部族王家であったということにも異見はナイ。ここでは我が青春の愛読書『百億の昼と千億の夜』(光瀬龍)からシッタータという呼称を用いる。どの宗教の開祖もそうであったように、その生涯は、神聖化されて、概ね改ざんされている。シッタータも例外ではナイ。しかし、部族といえど王子のことゆえ、古い文献でシッタータ自らが回想しているように、裕福に育ったこともまた、異論はみられない。このとき、彼は出家を決意するのだが、そこには、おそらく、当時のバラモンの影響があったように思われる。バラモンは、「神」というものをもたない。開祖もなく、伝導もしない。ただ、バラモンという階層の者が、最高位にあって、説いたことは、業(カルマ、カルマン)と輪廻だ。つまり、そのひとの人生は、すでに前世からの業による決定であって、諦める他ナイという、教説だ。これに反発した者も当然存在して、彼らは苦行者、沙門、求道者と称された。彼らの主張は、反バラモンであるから、人生は生まれによってではなく、修行によるもので、それが真のバラモンであるというものだ。もう一種、ここにヨーガ行者が在る。彼らは非バラモンではあるが、苦行者とは修行の方法が異なっていて、主に瞑想による心の抑制によって、輪廻からの離脱を計る。彼らをムニ(聖仙)と称したが、つまり釈迦牟尼というのは、シャーキャームニという梵語の漢字訳だ。あまり知られてはいないことだが、シッタータは、まず、このヨーガの高名な行者に師事する。つまり、シッタータの修行は苦行から入ってそれを否定し、瞑想に至ったのではなく、まず、瞑想から入り、それに満足することが出来ないゆえ、ヨーガ修行を棄てて、苦行に入ったのだ。要するに、反バラモンもバラモンも棄てたということが、シッタータの独自の方法だった。-この項つづく

« 狭霧の夜空に | トップページ | 貧者の一考・続 »

仏教・宗教」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/558792/48404808

この記事へのトラックバック一覧です: 貧者の一考:

« 狭霧の夜空に | トップページ | 貧者の一考・続 »