勝者一炊の夢
チャンピオン内藤は、撃ち合いたかったんだろう。そうして、挑戦者亀田も撃って来ると予想していたに違いない。ところが、ゴングが鳴ってみると、果敢に撃って出たチャンピオンの作戦とは裏腹に、挑戦者の作戦は、ガード、カウンター、あわゆくばストレートで、ポイントを稼いで、12ラウンドを闘うというものだった。この効果はすでに3ラウンドめにして現れた。挑戦者のストレートが、チャンピオンの顔面を直撃したとき、試合は決まったな、と私は早くも勝敗を予想してしまった。チャンピオンにも辛い人生を闘ってきた自信があったが、挑戦者亀田のほうは、数々のマスコミのバッシングを堪えてきたという辛抱がまたあった。ハングリースポーツとはよくいったもんだなあと、決着が出たとき、あらためてそう感じた。チャンピオンの敗戦の弁「予想以上に上手かった」というのは、そのとおりの意味だと思う。孫子の兵法だ。「おのれを知り、相手を知れば、百戦百勝す」。挑戦者の勝利はこのひとことにつきるのではナイか。とはいえ、どんな強者もいつかは負ける。ただ、私はチャンピオンの負け方の潔さに敬服する。
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