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2009年9月 9日 (水)

幻想としての家族

今日は仕事(小説)より先にこっちから書いている。まだ、目は大丈夫だが、それでも、新聞2紙を読んで、少々パソコンでネット注文をしたせいで、すでに、ミオピンを二度処方している。ネット注文したのは、ブルーベリーアイという、いわゆるアントシアニンを主成分としたサプリメントだ。第一次大戦の際、空軍兵士が飛行前に食したといわれるベリーである。効果のほどはワカラナイ。とりあえず、二月分、注文した。最近、癌の代替治療で、食餌療法がいわれ始めている。10月には、その手の書籍がそれを実践している医師の著作で文春から出版される予定だそうだ。代替治療は多く語られているが、医学的なものは保険が効かないので高価だし、アトは民間療法程度で、他、さまざまな方法は、米原万里さんが、自身の癌との闘病のときに試されていて、いずれもイイカゲンであったことが彼女の本に書かれている。ともかく食餌療法は(いくつか疑問はあるのだが)安価なのがいい。さて、ここんところ、毎晩夫婦でDVDを観ているのだが、どうもハズレが多く、一昨日の『パコの・・・』とかは、30分で二人ともgive upした。で、ゆんべは、頼むぞとばかりに『大阪ハムレット』である。これは満点。森下裕美の原作は読んでいたが、短編のマンガをあれだけの脚本に書き上げた手腕は並大抵ではナイ。さらに光石富士郎(このひとは全然知らない)監督の演出がいい。というか演技指導が上手いのだと思う。松坂慶子や岸部一徳は出来てアタリマエなのだが、他の出演者に対する演出の行き届いた、バランスのとり方がいいのだ。ハムレットも使われるが、話の内容はどちらかといえば、チェーホフふうだろう。難しくいってしまえば、これからの家族の有り様を描いているといったところか。何気ないプロットであるが、母親の作ったカレーライスが辛すぎて食えず、兄弟たちはカップラーメンをそれなりに食べる、というところなど、食の崩壊、母親の味という幻想などを論じた『〔現代家族〕の誕生 幻想系家族論』(岩村暢子・勁草書房)に通じていくのかも知れない。

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