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2009年9月16日 (水)

巷の売文業からひとこと

中日(東京)新聞の水曜日朝刊に連載のコラム『ひもとく』(町田健)は、業種の関係でコトバには敏感なので(なにしろ、学問がナイもんだから、いろいろ間違った使い方をついやってしまうので)勉強のために毎度読んでいる。ところで、9月16日の「傷を完治されることをお祈りします」で「傷が」とはいえるが、「傷を」とはいえないについては、私の考え方とは違う。この場合の「を」は格助詞(助詞だと思っていたけど、用い方にそう違いはナイはずだ)だ。町田さんの説明では、「傷を治すのは医者なのだから〔傷を完治される〕といっても相手に対する敬意は伝わらない」となっている。ここはおかしなところで、傷を治すのは、医者でもあるが当人でもある視点が欠落している。もう少し深くいうと、主体(話し手)が誰(対象)に向ってコトバを表しているのかという洞察が欠落している。ここでは主体(話し手)は「〔あなたが〕傷を完治されることを・・・」の〔あなたが〕を省略していると考えれば、このコトバは通用する。主体(話し手)の聞き手は傷のある当人だからだ。そういう場合、たいてい〔あなたが〕は省略される。要するに「傷」とそれ以下の主体のコトバの関係が表現出来ていれば、「傷を完治されることを・・・」は間違いではナイ。町田さんのいうように「〔傷が完治される〕と言えば、相手ではなく傷に対して敬意をはらうというおかしなことになる」というのも錯誤だと思われる。この場合の「される」は傷に対する敬語ではナイ。でないと、たとえば木下藤吉郎が信長に対して「天下が平定されることを・・・」といった場合、天下に対して敬意を払っていることになる。この場合も〔あなた(信長)によって〕という省略がある。したがって「あなたによって・・される」で、この場合の「される」は「為(す)る」の敬語である。元にもどると、「〔あなたが〕傷を完治〔される(なされる)〕ことをお祈りします」と代入出来る。この方程式は通用する。

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