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2009年6月20日 (土)

キャッチコピー

ハナから太宰の短文(名文)が出てくる。これを、ナビゲーターの女子アナが「キャッチコピーのような文句です」と感想めいたことを述べる。これがインプットであるならば、アウトプットにおいては「しかし、そうではナイのです」と結ばねばならぬ。ところが、この欺瞞的排他主義邪知暴虐受信料放送局(北朝鮮ふうにいうとそうなる。ここで、邪知暴虐は、太宰の有名な短編小説の冒頭からわざと抜き出して用いた)は、肯定的に終わらせる。「ほんとうは太宰は正義の味方で、家庭的で、立派なひとだったのです」が結論めいて謳われる。ここまでくると奸佞邪知(かんねいじゃち。これも、同じ短編から抜き出した)である。私はキャッチコピーそれ自体のことを悪くいっているのではナイ。たしかに、太宰のビビッドな表現は、あたかも惹句のような〔いいきり型短文〕を多用する。しかし、文学の表現と商業宣伝文案とを同じように扱っていいはずがナイ。こういう手触りでなにやらワカッタような顔をして平然としている厚顔無恥な放送偽インテリが許せないのである。「かならず負けてやる」というコトバどおり、太宰治は太宰治の生涯を完璧に演じきって、太宰治の人生を完成させて、自身を終えた。至難の業である。太宰が、その作品が、いまも太宰ファンをとらえて離さないのは、奈辺にあるのか、人民から暴力団とまったく同じように上納金を集めて巣くっている、要するに最も太宰が忌んだ、その田舎名士のごときアホたちが、太宰の『人間失格』をモチーフやテーマにして45分の番組をつくることに、寸善尺魔の思いなおなお強い。

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