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2009年5月28日 (木)

一本の線

最晩年の手塚治虫さんはこういうことを述べている。「アイデアはデパートで売るほどある。しかし一本の線が引けない」もちろん、手塚さんは鬱病ではなくガンであった。しかし、こういう心境は病んだことのある表現者にしかワカラナイ。SNRIを一錠増量して就寝前に服用。この他に就寝前には、メジャートランキライザー1錠、マイナートランキライザー6錠、鎮痛剤を1錠、それから胃のクスリを飲む。アルコールは舌を刺す。たとえば焼酎のロックなんぞ呑んだら、ピリピリと舌に痛い。ビールは灰汁のような味だ。食欲は途切れているが、なんとなく食べると吐き気が始まる。とはいえ、まだのたうちまわるほどではナイ。吠え声をあげるほどではナイ。まだ序の口なのだ。ただ、世界が小さく小さくなる。箱庭のような感じだ。死ぬ準備は出来ているし、その覚悟も誘惑もあるが、こういう日のために死なないような防衛策もとってある。いま死ぬと迷惑をかけるから、という責任感を逆利用して、そういうふうに先のことを仕組んでおくのだ。こういう場合、「死ぬ」というのは現在から消えるようなふうに識知されない。たとえていうなら未来に向けた非存在として認識される。このあたりが鬱病の特有の希死感である。現在とも過去とも手を切りたいのなら未来に行くしかナイからである。〔反抗〕として、一本の線を引いてみる。もちろん譬えだ。これでも今日はだいぶ小説が捗った。脳は病みながらも健康であろうとしている。それだけが唯一の道標のようなもんだ。| 

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