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2009年5月

2009年5月30日 (土)

既死

「死ぬな」というコマンドがある。「死にたい」「死のう」とともに。このコマンドが何処から発せられているのか、先を見越しての防衛策からか、それは幾分そのようにも思えるがまるで違うようにも思える。私の稚拙な論理癖はそれをみつけようとフル回転する。そうするとそのコマンドは「希死感」そのものから立ち上がってきているとしか考えられない。ずいぶんと矛盾したことだが、死というものがまた存在の上にあるものならば非存在の死というものは有り得ない。よって、私は私にこうコミュケートしてくるのだ。「お前は既に死んでいる」、まるで『北斗の拳』だ。笑っている場合でもナイ。既に死んでいるものに死があるワケがナイ、とそんな論理を突きつけるのだ。死を希求するとき、同時に生存を希求しているという、疎外の中に人間の心的な営為がある。・・・今日、どうしても焼き肉が食いたくて、家人と二人、夕飯は近所の焼き肉屋に出掛けた。焼き肉四人前とアト、テールスープを飯にかけて食った。特に胃がもたれているというふうでもなく、欲求が充たされたことに身体が満足している。この動物的な生存への意志が何であるのか、私は何もワカラナイ。相変わらず精神は愚鈍としており、身体の動きは弛緩している。それでも脳はかってに小説のプロットを考え、メモは増える。「生きている心地がしない」という鬱病独特の病態にあまり変化はナイが、まるでゆっくり泥の河を流れていくように時間が過ぎていく。自動航行装置で飛ぶ飛行機の飛翔のように、ともいえる。

2009年5月28日 (木)

一本の線

最晩年の手塚治虫さんはこういうことを述べている。「アイデアはデパートで売るほどある。しかし一本の線が引けない」もちろん、手塚さんは鬱病ではなくガンであった。しかし、こういう心境は病んだことのある表現者にしかワカラナイ。SNRIを一錠増量して就寝前に服用。この他に就寝前には、メジャートランキライザー1錠、マイナートランキライザー6錠、鎮痛剤を1錠、それから胃のクスリを飲む。アルコールは舌を刺す。たとえば焼酎のロックなんぞ呑んだら、ピリピリと舌に痛い。ビールは灰汁のような味だ。食欲は途切れているが、なんとなく食べると吐き気が始まる。とはいえ、まだのたうちまわるほどではナイ。吠え声をあげるほどではナイ。まだ序の口なのだ。ただ、世界が小さく小さくなる。箱庭のような感じだ。死ぬ準備は出来ているし、その覚悟も誘惑もあるが、こういう日のために死なないような防衛策もとってある。いま死ぬと迷惑をかけるから、という責任感を逆利用して、そういうふうに先のことを仕組んでおくのだ。こういう場合、「死ぬ」というのは現在から消えるようなふうに識知されない。たとえていうなら未来に向けた非存在として認識される。このあたりが鬱病の特有の希死感である。現在とも過去とも手を切りたいのなら未来に行くしかナイからである。〔反抗〕として、一本の線を引いてみる。もちろん譬えだ。これでも今日はだいぶ小説が捗った。脳は病みながらも健康であろうとしている。それだけが唯一の道標のようなもんだ。| 

2009年5月27日 (水)

つまらない話

自転車で、レンタルビデオ屋にDVDを返却しにいく途中、ポリさんが、片手を挙げて私を静止させた。黙って止まると「名前は」という。そこで、「警察手帳を出せ」とあくまで、この礼儀知らずに命じた。「何故だ」といわれたので、「ものには順序があるだろう。ひとに何か訊ねるときは、自分から名乗るのが常識だ」と再度警察手帳の提出を要求、渋々出してきたのを手にしようとしたら、「おいおいダメだ」という。それは無視。じっくり観る。巡査部長○○。返却して「所轄は」と訊ねる。「天白署だけど」と答える。「で、」と質問を促すと名前を訊ねられたので「北村」と答える。「お住まいは」ときたので、「天白」と答える。「天白といっても広いからねえ」というので、「あんたもさっき天白署とだけしか答えなかったろ」と返答。「で、」「最近は自転車盗難が多いので鍵をかけて下さい」「それは、どうも。あんたたちはあくまで公僕なので、それを心して仕事するように」と、もう相手は私と目線を合わせようとしていない。「わかったのか」というと「わかったといってるじゃないですか」などと不貞腐れてウソをつきながら去っていった。ウソつきは巡査部長の始まり。鬱病のほうはどうもグズグズと、体調が悪いので、こういうイジメもしたくなるのである。

2009年5月26日 (火)

本格的かな

単純に胃腸障害かなと軽く考えていたが、混在して躁鬱を短期間に繰り返していたのが、本格的に鬱病状態に入り込んできたようで、身体的に症状が出てきたようである。それでも伊丹三日間はこなしたのだが、どうもふつうではナイなという感触はあったワケで、久しぶりに病態となったようだ。とはいえ、やるべきことはやって、と、鬱病30余年人生は思うのだ。連載の仕事は、こういうときのために2本、余分に下書きはしてあるので、なんとか。・・・花壇にラベンダーを三つ植えた。一つが移植のせいでか、弱っているので、栄養肥料を買ってきて、なんとか。・・・伊丹で時間を持て余したので、アイ・ホールの蔵書から平田オリザ王子の著作を三冊読んだ。だいたいが違うコトバで私と同じことをいっているので、そりゃそうだよなと、妙に感心した。・・・まあ、あまり無理せず、ぼんやりしているつもりだ。

2009年5月20日 (水)

映画情報『真夏のオリオン』

原作はもともとまったくの戦記もので、池上司さんの『電撃深度十九・五』だったのだが、かの駄作映画(と、私は思うんやけどな)の原作者(『終戦のローレライ』『亡国のイージス』観たら、ワカルやんけ)が馳せ参じてプロットを書いたようである。従って劇中の『真夏のオリオン』という楽曲は福井晴敏のアイデアである(どうりでオトメチックやもんな)。で、映画自体は型通りのつまりクリシェな日本の戦争映画で、コロガリ(導入)もよくあるもの。カセ(主役の運命)はこの場合、もっと潜水艦自体に置くべきであった。カタキ(ライバルのことだが、米駆逐艦の館長がこれにあたるのだが、これがまったく大根)サンポウ(主人公の決意、決断のシーン、プロット)においてはこんないい軍人がいるワケがナイというリアリティの不足。従ってヤブレ(主人公の一時的挫折)がナイので、まあ、勝手にやってくれとしか観ようがナイ。オリン(泣かせどころ)はお決まり中のお決まり。だからヤマ(見せ場)に緊張感が全然ナイ。オチ(締めくくり)はいきなりで、ここももちっと緊迫感があって当然だろう。要するにオダイモク(主題、いいたいこと)が、いつもながらのステロタイプなので、この映画を観て、私たちは世界の平和を誓えばいいのか?と問い質したくなる。で、四連敗。

目覚めのはざまで

たとえばここに新しい本がある。それを読むのが億劫だ。たとえば書きかけ進行中の小説がある。ストーリーもプロットも概ね頭の中では漠然と出来上がっているのに執筆に手がつかない。たとえば二ヶ月先に本番を迎える芝居の演出がある。やる気をもてない。このような〔症状〕は鬱病としては平均的なものだ。ではそれが何処からくるのか。それがワカラナイということに焦燥するのが鬱病の二重構造といえるものだ。『心的現象論・本論』は〔うつ病〕論へと、昨日ひさしぶりに進んだ。で、よくワカラナカッタのだが、どういう脳の機能なのか今朝起き掛け、まだ半分夢見の状態で、ハッと理解出来た。そこで、今朝のモーニングは本を持ち込んで再読、納得した。ワカラナカッタのは、時間制の了解が「現在→過去」になっているという〔反復〕(キェルケゴールの概念を下敷きに)のところだったのだが、なるほど、簡単に解説するとこういうことだ。いまからやるべきことが(つまり現在の了解が)過去時間として了解される。それがある反復営為でしかナイというような感覚に囚われる。私なりにいいかえれば、「既了感」とでも名付けるべきか。以前50枚の原稿をワープロで書き終わった瞬間、ワープロが故障して、データは消し飛び、最初から書き直さなければならなくなったが、あのときの徒労感覚というもの、まだやってもみない対象をそんなふうに識知するのだ。もちろん、その原因はワカラナイ。だが、手がつけられない理由は理解出来た。これでは何をやっても楽しくなく、やる気が出ない、モチベーションを持てないのもアタリマエである。単なる反復を強いられているのに過ぎないと脳が了解してしまう(現在→過去の時間制)からである。では、どうするか。病的原因はおそらく門外漢の私にはワカラナイだろう。従って没個人的に対処する方法を模索するしかナイ。明日の目覚めには、そんな方法をハッと思いつければいいのだが。

2009年5月19日 (火)

映画情報『ラスト・ブラッド』

アニメ、ノベル、ゲームになってるそうだが、映画として感想をいっておく。ストーリーとしては賞味期限をとおにきれている。チャンバラとは、刀をただ振り回すだけのものではナイ。オチになるのか、アリスという役名の外人ブスの最後のセリフには椅子からずり落ちた。だいたい、なんでヒロインがセーラー服なの。極めてオタク映画からなのけ。VFXは下手な演技を誤魔化すために使ってはイケナイ。オニゲンというのはおにぎり屋のゲンさんのことなのか。小雪は、要するに出稼ぎに行ったワケだ。チョン・ジヒョンというのはけっこうな年齢じゃねえの。英語がおばはんの吹き替えみたいに聞こえたぜ。韓国は、いいテレビドラマ創っているのに、なんでこんなスカ屁のような輸入原作ものをわざわざやるのんや。試写はこれで三連敗。

2009年5月18日 (月)

四十九日でナニをするか

父の四十九日で実家に帰る。ほんとうは浄土真宗に四十九日なるものが存在するのは矛盾なのだが、葬式仏教(貶しているのではナイ)だからこういうイベントは仕方がナイ。親戚、縁者、知己、友人が寄り集まっての法要、会食は共同体の相互扶助の一環として悪いことではナイからだ。ただ、供物の習慣だけはもうやめたほうがいい。当方もあんなものが欲しいワケではナイ。また、こちらからのお供養返しも面倒である。気持ちの問題なら、法要の際に僧侶とともに読経すればよろしい。そのために衆生用経本がポケットブックタイプで用意されているのだから。お供物する、お供養を手土産にする、などはものが少なかった時代の習慣で、宗教上の慣例ではナイ。ついでに書くと四十九日というのは、亡者が冥途を旅する期間のことで、七名の冥途の王(ここに閻魔王も含まれる)に七日ごとに裁判が行われ、それが終了(満中陰という)して、次の世界に生まれ変わるという、中国仏教の教えであり、こんなものは鎌倉仏教において(特に親鸞においては)すでに否定されているものだ。その親鸞の真宗がそういう行事を営むのだから、正確には親鸞仏教も現在は終わっていると判断したほうがまともである。とはいえ前述したように、共同体の存続の智慧のひとつとして、まったく悪いということではナイと私は考える。よかれ悪しかれ、表に裏、そんなものは世間の常である。

2009年5月14日 (木)

たとえば、そうではナイ

ドガの『エトワール、または舞台の踊り子』といえば屈指の名画である。ところが中野京子女史いうところ(『怖い絵』朝日出版社)この絵は娼婦とそのパトロンというバレエ黎明期の惨状を描いた一つということになる。その理屈でいうともちろんドガは踊り子を描きたかったのではナイ。「芸人」の悲惨、もっと深くいえば冷酷、冷血、その中に醸しだされる美を描きたかったのだ。私たちはその事実の前に表現というものの真理を突きつけられる。私が「私」というとき、すでにその「私」は私によって表現された私であって私それ自体ではナイ。そういうことに最初に気づいたのはおそらく哲学者のカントだろう。従って私などというものは存在しない、とまで池田晶子はいってのけたのだ。ただし、彼女の場合はヘーゲルが好きだというから、私と「私」との関係にまで深く思考したはずなのだが、著書の『私とは何か』にはその痕跡がみあたらない。そこが、池田哲学に対する不満である。おそらくそれは彼女の一種の「言語信仰」のためだと推測される。命題「私とは私の隣人である」というのは〔表現〕である。表現はドガの名画のようにA=Aという自同律を嫌うのだ。それはシルクハットから鳩や兎だけでなく虎をも出す営為である。表現は私それ自体などは問題にしない。あくまで表現された私だけの陰影を踏む。

哲学とは何か

池田晶子『私とは何か』(講談社)を読了。賛同するところ、否定したいところ、いろいろとあるが、彼女の功績はつまるところ『哲学』というものを物々しい書籍から解放したところだろうと知る。その無鉄砲とも、鉄火肌ともとれる文跡が彼女のすべてなのだろう。印象に残ったのは酒についてのエッセイで、「酒はスピリッツというではないか」というひと言だ。なるほど、気がつかなかった。ところで「私とは何か」、私の場合「私とは私の隣人である」と劇作家ふうに命題をたてておこう。私を愛するように隣人を愛さねばならぬが、隣人などそう簡単にみつかるものではナイ。また〔愛する〕ということがよくワカラナイ私にとって、〔愛されたい〕という希求もナイ。私は私の隣人であるが、彼はいつも静かに黙している。所在もワカラズ、正体も知れないが、時折、私とともにあって、こうやって書き物などをするのである。

なんといえば

昨日夕刻のことである。事情があって時間をつぶすのに、私鉄とJRが乗り入れている大きな駅のドトールの満員をかきわけて、うまいこと席にありついた。で、隣の席にいたのがジョシコーセーの制服を着たゴリラとイボイノシシである。類は友を呼ぶとはいうが、類人猿が友を呼んだような二人であった。片方は世間知らず、かたほうは身の丈以上に背伸びして、談笑されていたのである。「私、社・・員か、長かどっちが親かワカル。長のほう」「私は将来はイヴ・サンローランに勉強に行きたいと思ってるの」「私、彼氏が浮気したらすぐワカレル」「私はそんなの出来心だと思うから気にしない」まず、彼氏などいないだろうし、これからもよほどのフェチでナイ限り現れる可能性はナイ。おそらく二人とも相手を観て、こいつよりは私のほうがまだマシというところで折り合いをつけて、つるんでいるのだろう。私は生理的嫌悪で、お前らはパンデミックで死ね。と呪詛していたのだった。べつにどうってことない夕刻の混み合う喫茶店での出来事である。かくなる人類も生存を赦されているということで、私はふと神の存在を認めようかと思ったほどだ。アー気持ち悪。

2009年5月13日 (水)

映画情報『重力ピエロ』

原作がいまをときめく伊坂幸太郎。(『アヒルと鴨のコインロッカー』よかったですね。映画でしか観てませんけど)で、本編。観終わったすぐの感想。「ウソくせえなあ」でした。まあミステリですから虚構中の虚構で、映画にするとウソくさくもなりやすいんですが、これは原作者の原作に原因があるとすれば、伊坂センセが直木賞を何度も逸しているのはそのせいでしょう。しかし、私はこれはヌケのほうだと思います。ウソくせえ理由は「生活感」の希薄さですね。もちろんスタイリッシュに撮るために敢えてそう演出したんでしょうけど(と、良心的に解釈しておきますが)それが裏目に出ましたどすな。意地悪く考えれば、この監督(森淳一)はまともに生活というのをやったことがナイんじゃねえかな。その手の場面ではこの程度でいいだろうシーンの連発です。ディテールを描かないと。生活を描くことは何も糠味噌臭くすることではありません。一応やってはいるんですけど踏み込みが足りないから、ああ、スタッフが用意した消えものか、と興醒め。ミステリとしては単純過ぎて早くから先が読めてしまうので、それでもいいんですけど、もう一工夫というより、カッコよさなんかのこだわりを棄てて、ひと粘りしてもらいたかったですわ。そういうところは韓国映画をみ倣わないといけません。

2009年5月12日 (火)

映画情報『MW』

監督の岩本仁志はテレビのひとである。(『野ブタ。をプロデュース』など)テレビのひとが映画をやると、けっきょく映画もテレビになる。なんでかはワカランが、これは脳に余裕がでけたら考える必要性が充分にある課題だ。で、本編。ひとことでいうと焦点の定まらない作品で、ナニをみせたいのかがハッキリしないし、ナニがやりたいのかもワカラナイ。こういう映画はストレスの元だ。カメラアングル(構図)の酷さはどうだ。素人が撮影しているのかと思う。何の意図か手持ちが多く、画像がぶれるので、シーンやカットに安定感がナイ。これも素人がビデオカメラで撮影したのを観せられるとよくそういうのに出くわす、あれだ。動体視力の弱いひとは観ないほうがいい。30分も観れば気持ちが悪くなってくる。これを2時間10分だから、拷問である。石橋凌は好演しているのだが、役どころの刑事の所轄がまったくワカラナイ。原作は手塚治虫さんのマンガである。もちろん、手塚マンガのオモシロさなど微塵もナイ。マンガは静止画であり、映画は動画であるが、マンガが静止画であるのは印刷物であるみかけの問題で、読者のイメージにおいては動いているということを忘れるべきではナイ。コマからコマへの移動において煩瑣な動きは消去されている。この映画はどうでもいい動きだけをだらだら撮ったというべきだし、内容においてはキャラクター造形の安直さもまたフラストレーションを引き起こす。ここまでくだらない映画も昨今めずらしいとうかいいようがナイ。| 

2009年5月 9日 (土)

筋肉痛

書籍が本棚から流れだしてきて久しい。ニトリで適当なのを購入、昨日はそれが届いたので組み立てたら、腰痛である。筋肉痛である。すぐにそれが出るというのはまだ筋肉が若い証拠だと慰めてみるが、本日はあちこち痛いまま、本棚の整理。ともかく各分野ごとに書籍をまとめることが出来た。自身の著作で二段。ああ、よくもまあ売れない本をこれだけ書いたものだとため息しきり。しかし、あの本を出した頃はまだ仕事がかなりあったなあと、さらにため息の二重奏。いまその当時のように仕事があってもやっつける体力はないなと、いいわけをひとつ。昨夜の呑み過ぎで胃がもたれて食欲なし。でもモーニングにいってるからたいしたもんで、昼飯はそーめんつゆに梅肉と生姜をいれて、二把食った。えらいもんです。本日も真夏日。ただし、家の中は涼しい。やはりマンションの一階というのは違うな。

2009年5月 7日 (木)

感無量寿経・グラン・トリノ

クリント・イーストウッド最後の出演作品となる『グラン・トリノ』、なんとまあテーマはというと、かの有名な新約聖書マタイ福音書22章39節「自分を愛するように汝の隣人を愛せよ」である。(と思うんだけど、たぶん間違いナイ)。映画はそこに始まり、そこに終結する。ただし、イーストウッド監督のいわんとしていることは、何も聖書の伝導ではナイ。合衆国はこの聖書の二つの最高綱領(一つは主なる神を愛することなのだが)の根本にもう一度もどるべきではないかという訴えである。イーストウッド監督のここ数本の作品によって、ことごとくアメリカン・ドリームは解体されたと思っていい。で、それはそれ、私はラストシーンからエンディングにいたる場面で、目頭が潤むどころか、大粒の涙をポロポロと落として泣いてしまった。イーストウッドの俳優としての去り方に感無量になったからだと思う。宝探しやら、ホラーも悪いとはいわないが、イーストウッド監督のオーソドキシィには、深く潔くため息をつくのみだ。

演劇者からひとこと

ゆんべは萎える気持ちを奮い立たせるのに長いつまらない文章書いたけど、あれでだいぶんに良くなったんだから、いい気なもんだ。さてところで、空が青いという、にはまだつづきがあるのである。私などはコトバでより多く「表現」を成すものだが、「空が青い」「花が美しい」というコトバにおいて、それが即心的表出を表現しているなどと思ったことはナイ。簡単にいえばですな、ココロの表出がそのまま表現出来るなどとは信じてはいないのだ。ここに言語信仰者とのびみょーな違いが在る。ココロの表出から表現に至るまでに転がっている疎外を如何にすべきか、という格闘こそがほんらいの表現の格闘なのだ。従ってウィトゲンシュタインのように確信犯的に世界は言語がすべてだと勘違いするほど楽天的ではナイ。私たちはカラダを有する。このカラダというのも表現をする。最も身近な表現は「病気」あるいは「障害」という異議申し立てだ。病むということもまた表現である。つまり、ココロからの表出の疎外であるというふうに捉えるのである。演劇はこのカラダを表現に用いるので、コトバ-カラダ-ココロという三位一体の神話である。語りえぬものには沈黙、などしている場合ではナイ。語りえぬものを語ってみせるのが虚構というものだ。虚に構築する、からこれを虚構という。単なるウソというワケではナイのだ。喫茶店でホットと注文して、きつねうどんが出てきたら、慌てず騒がず、ポケットから七味を出して振りかける、くらいのことが出来ねばならぬ。不条理に対する反抗こそが、表現者の意地というやつである。私とは何か。私のことは私にしかワカラヌ。私のことは私にもワカラヌ。私は常に私でありながら私ではなくなりながら私になっていく。これを「私の三態」という。これは私が世界の表現であるという基本命題からの演繹だ。私を何かが経験していく。それを演劇は反射的に知ることが出来る。その精神現象(ココロ)と身体現象(カラダ)を私は言語表現(コトバ)で結びつけようとする。それが劇というものだ。それを広く演じてみせるから「演劇」というのである。その相違と工夫の技を演技という。演戯などという洒落た概念(字面)は如何様にも用いることが出来て便利そうだが、けっきょく何もいっていないのとかわりない。何故なら演劇そのものが戯れ(玩具)であるからだ。演劇は現実を写像するものには違いないがそのファンクションはニュートン力学を逸脱する。そこにココロの表出から表現に至る純粋疎外をみるのは必然だろう。ココロはコトバではナイという矛盾。ココロはカラダではナイという矛盾。その矛盾の運動途上に、演劇者は現れるのだ。演劇が神事から発展してきたことの由来はその辺にあるようだ。

2009年5月 6日 (水)

恐れ多くも畏くも

空が青いのは何故か、という問いを発してみる。科学が答えられるのは、波長の説明までであって、何故その波長をひとが「青い」と識知出来るのかについては答えられない。おそらく永遠に。同じ波長を「赤い」と識知する個体もまた在るやも知れぬ。花が美しいというということはどういうことだろう。美しい花があるということだ。というのは、自同律である。ただしこれも、その花を美しくないと思う個体があれば成立しないという独我論となる。三十余年演劇をやってきて、私は創作と論理とを二足とも履きたいと思った。両方とも独学だが、独学であるということについての注意だけは怠らなかった。独学はやはり風通しの良いものではナイ。だから出来るだけ創作も学問も風通しの良いことを心がけた。最近の舞台『アチャコ』の批評において、博覧強記などと書かれた所以は、私の知識の量(そんなもの知れている)というよりも、学問への姿勢における風通しの良さをそう受け取られたのだと判じている。二足の草鞋のうち、創作のほうは幼童期から少年時代においてその基盤が造られたようで、この時代に貸本屋のマンガから学校の図書館の文学やら立川文庫までをことごとく読んでいる。『真田十勇士』から『三国志』『水滸伝』の類である。童話ならイソップ、アンデルセン、グリム、日本の文芸童話もこの時代だ。また少年少女学習百科全書という天文学から化学に歴史など、およそ百科というに相応しい十数巻の書物はフィクション以上に好きであった。これらの数多の読書と、友達の少なかったせいもあってのひとり遊びが私の創作の源だといっていい。暇さへあれば歩きまた自転車を漕ぎながら、頭の中で勝手気儘な物語を空想するのが趣味であった。しかしながら、学問というと、これは演劇を始めてしばらく、何やら理論武装せねばならないという七十年代の飛沫を受けての旅立ちだったため、演劇論を捜すのに一苦労し、そんなものはまったくナイということを了解して、つまり自分でこれを造形するしか方法はナイと知って、悪戦苦闘せねばならなかった。既成の演劇書など屁の突っ張りにもならず、納得のいく、溜飲の下がる理論に出くわすことはなかったからである。そこで方法論として、三浦つとむさんから唯物弁証法を学び、それをきっかけにして、世の中には演劇を知るのに必要な、哲学やら思想やら、数学やら量子力学まで、さまざまな学問があることを知って欣喜雀躍、問答無用、あっちもこっちも命懸けといった調子で辿り着いたのが、「表現論」である。空が青いという、青い空があるという、花が美しいという、美しい花があるという。ただ、これだけの謎を解くために学問を重ねてきたといっていい。空が青いためには青い空とともにそれを青いという私が存在しなければならない。また私というものもまたこの世界の中の個体の一つであるからには、私は私を空や花と同じように捕捉出来なければならない。従って、世界は私に向って表現してくるものであるし、私自身がその世界の表現である。そのためには世界の表現を表現として〔表現〕出来る私の存在が必要になる。よって「私は世界の表現であり、世界は私の表現である」という帰結に至る。ここにおける帰納と演繹が、私の論理の出発点となる。これにより、カントの独我論に陥ることもなく、フッサール現象学の本質直感における主観と客観の妥当傾向に走ることもなく、ヘーゲルとマルクスを比較しながら学んだおかげで、絶対精神を追い求めることもなく、物質優位の論理に与することもなかった。ニーチェやハイデガーにおいては、演劇の指針とこれを享受することが可能であることを知り、そんでもってなんやかんやで、小説はやっぱり性にあわんのやないかなあと思い始めて、その矢先、周囲は死の棘の蔓延るを意識して、もうアト一作(一曲)最後に書くべき戯曲が書ければいい、それに着手すべきであると、さまざまな望みを絶って、そうしようとココロに決めたのだった。もうほんまにナンデモカンデモ鬱陶しいさかいになあ。アト、それだけ書ければ文句はナイわい。そういう思いの募る今日この頃でござんす。長文読了感謝。

2009年5月 3日 (日)

の、ようなもの

『芸術劇場』(NHKシアーターコレクション’09)にはつづきがあって、ミクニヤナイハラプロジェクトの『青ノ鳥』というのを例のマンションの知己がビデオで持ってきてくれた。10分ほど観ることは出来たが、ヤってる当人たちはツバメになりたいのか、ツバメのつもりなのだろうけど、あの動きはゴキブリでしかナイ。ツバメを目指すなら23年、基礎体力と基本技術(狂言でもクラッシックでもいい)をやらなきゃダメ。演劇を舐めちゃいけねえ。まだ若いんだから、キチンと腹くくってやるべきだと思う。・・・演劇博覧会カラフル3(会場長久手文化の家)でニットキャップシアターの『サルマタンXvsドクターベン~こだわりすぎた男たち』(作・演出、ごまのはえ)と『負味』のコント選集を観る。私の好むところの傾向は圧倒的に前者のほうで、ごまのはえくんは、もはや護摩の灰ではないかと思えた。糞おもしれえ作品である。後者はたしかにコント選集だなということは観ていてワカル。んが、ラストコントにいたってお里が知れるというところだ。ほんとに負ける気でやってみるといいんだ。客に擦り寄っている限りは、テレビのコントと同じである。それでいいなら、別にそれでもかまわない。人ごとだからな。

2009年5月 2日 (土)

スタイル

昨夜、同じマンションに住む知己宅で軽く呑んで喋って、さあ、おひらきというあたりで新聞のテレビ欄をなんとはなしにみると、教育テレビで芝居の録画をやってる。最近の芝居は観ることもナイので、ちょっと観てみるかと、チャンネルを『芸術劇場』にしてみる。『イキウメ短編集』とあって、なるほど短いお芝居をやってる。登場人物も3~4名と少ないが、これは皆さんイキウメという劇団だかユニットだかの役者なんだろう。どういう訓練、練習、稽古、をしているのか、あるいはもともとそんなタイプばかりが集まったのか、それぞれせりふのいいまわしからアクションの起こし方、すべて同じ。誰が誰と入れ替わっても何も差がナイ。それじゃドウサはいいからスジで勝負してんのかというと、このスジ(本)が机に座ってワープロで書きました、然。反省という運動がからっきしナイ。なんだかツマラナイときの吉本新喜劇を観ているような感じ。まんず、教育テレビだからこんなもんなのかも知れないなどと欠伸しつつ、途中で消す。ゆんべは『必殺2009』もスジもヌケも乱れた。とはいえ乱れたなりに新しい試みをしようと腐心した形跡はある。双方ともスタイルの問題なのだが、スタイルなんてのは創ってしまうと、そこで劇は終わる。楽ちんになるからだ。楽して儲かるものはこの世にはナイ。

2009年5月 1日 (金)

パンデミック

横浜の高校生はシロだろう。家族、同級生に感染のみられない所見から、状況証拠としてそうなるんだけど、最近では物的証拠がなくても死刑になるくらいだから、物的証拠である検査結果というやつが出るまではなんとも心許ないところだ。マスコミは「冷静に騒ぎ立てぬように」という騒ぎ立てをしていて、驚くことには、食料の買いだめを推奨しているところまであった。いま、食料の備蓄など(いったいどれだけの期間用意しなければならないのかワカラナイが)始めれば、マーケットは空っ欠になり、それこそパニックである。こういうときに、医療専門家はもっと発言すべきだと思うが、たいていが責任回避をしているところは地震学者と同じである。たぶん、パンデミックになるに違いないが、ワクチンなど早くて九月というから、その頃にはウイルスの変異があるかも知れないから、役に立たないかも知れない。現在、弱毒性といわれているウイルスも、変異して強毒性になれば、おそらくは日本では100万人単位で死者が出ることを覚悟しなければならないに違いない。(東京だけで67万人という予測が出ている)いま世界で最も多くタミフルを備蓄しているのは日本だそうだが、リレンザや、次世代の抗ウイルス剤も、発展途上国には殆どナイわけだから、また貧困、貧乏人が地獄をみることになる。私なんかはもう免疫勝負だなと、運を天にの心境だ。大不況に重ねて大疫病で総選挙どころの話ではナイだろうから、麻生太郎という御仁はよほど悪運が強いようである。

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