無料ブログはココログ

« ブロードウェイという道 | トップページ | 劇評『顔を見ないと忘れる』 »

2009年4月19日 (日)

ムーミン谷の春

まだ公開中なのだが、『おくりびと』がDVDになった。劇場で観ていない奥さまの要望でレンタルしてきた。私は二度目なので、視点を変えて、外国映画を観るように観た。もちろん、アカデミー外国語映画賞を受賞したゆえにだ。すると、なるほど、作りすぎではないかと思われたところも、割合に腑に落ちて観ることが出来た。ふーん、そんなもんなんだ。現在、中陰の実父も、ある程度私が(髭をあたったり、着替えさせて手を組ませたりくらい)納棺の儀式をやってもよかったかと反省したが、しかし、私のような不心得者、無覚悟の者がやるべきことではないなと、取り下げた。・・・池田晶子さんの「最後」の新刊二冊をネット購入した『私とは何か』と『死とは何か』である。版元は違うが、装丁は同じにしてある。いずれも副題に「さて死んだのは誰なのか」という彼女の墓碑銘がつく。べつに「私」や「死」についての答えが欲しいワケではナイ。気鋭急逝の哲学者が、それらとどう格闘したかが読みたいと思っただけである。・・・専ら最近の私の稚拙な脳は、そちらのほうと、私自身が書くべき(書けるような)小説とは何かについて奔走している。小説においては私は56歳にしての新人で売れない作家の一人でしかナイ。私はかつて読んだトーベ・ヤンソンの『ムーミン谷の冬』を憶い出す。ものみなすべてが眠る冬にひとり起きている、という、あの辺りの文脈が過っていく。ムーミン谷もいまは春だろうか。

« ブロードウェイという道 | トップページ | 劇評『顔を見ないと忘れる』 »

北村想のポピュリズム」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/558792/48640930

この記事へのトラックバック一覧です: ムーミン谷の春:

« ブロードウェイという道 | トップページ | 劇評『顔を見ないと忘れる』 »