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2009年4月 7日 (火)

喪主ラ・オシマイ

告別式の挨拶は善男善女250人の会葬者を前にして、これいっちまうかどうか、迷いに迷ったが、枕として「この度は北村○○お先に浄土へと旅立たさせていただきまして、御順番待ちの方々も大勢いらっしゃるでしょうが、これも御仏のおはからいとおゆるしを願う次第でございます」いやあ、ウケタなあ。笑い声をたてるワケにはいかないので、ハンカチで口を覆って俯くひとばかり。物書きの業だな。で、出棺。お山(火葬場のこと)は祖母の葬式以来50年ぶりだからもう、近未来的とさへ呼べるような施設で、最後のお別れが読経とともに行われ、1時間40分を5人ばかりが待機して、アトは一度帰宅して、焼けたという報せとともにまたお山。その骨の白いこと。蛍光色的白さなのには驚いた。で、ところどころ仄かに朱や青が滲んでいる。聞くと、出棺の際に詰めた花々の色移りだとか。芸術だなもう。お骨を自宅に持って帰って、そこで初七日を済まして、アトはお仕上げという打ち上げ。近所の料理屋の座敷に35人。ここでもお礼の挨拶。各人にお酌と労い。・・・要するにですな、私どもの地方はいうなればコミューン葬なのである。いま流行りの家族葬とかでもナイ、葬儀屋まかせのホール葬でもナイ。遺族、親族、隣組による相互扶助の葬儀で、私はこりゃあ、一種のアナーキズムだなと頷いた。クロポトキンからバクーニンと、彼等の想像した共同体(無政府主義)はここにちゃんと息づいているのである。この形態は面倒なところもあるが、残しておくべき制度だと思う。だいたい釈迦の思想と葬儀とは何の関係もなく、戒名にしても中国仏教と儒教の融合が日本に伝わって、さらに葬式仏教として仏寺の経済的基盤になっているだけで、浄土真宗や曹洞宗では戒名はナイのがふつうなのだが、もうみんな戒名である。(浄土真宗では法名という)そういうことはどうでもいいことなのだが、祖霊信仰と混在したこの日本共同体的仏教行事は、それがコミューン葬として続く限り、共同体の形態のひとつの終着を暗示しているように私には思える。私の最後の方針、香典返しは「故人の意志」により略す。これで、持ち出しも最小限になるはずで、経済的打撃も殆どナイはずである。ごくふつうの葬儀の相場が300万円といわれている現在、私の算盤では、帳尻は合っている。父は急死で間に合わなかったが、予め、故人の動産は現金にしておくほうがいい。遠くの親戚より近くの他人、近くの他人より手元の現金(げんなま)である。

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