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2009年3月13日 (金)

春の名のみの

旧暦ではまだ二月だ。寒いのはアタリマエだ。きょうも冷たい雨が午後から降り出して、泳ぎにいこうかという気分を屈させてしまった。もうすぐ彼岸の入りだというのにまだ風が寒そうに鳴いている。おっつけやることなしの身上にはありがたく、次々と続けて読んでいるマンガが書店の単行本のコーナーに積まれた。『プルートウ』は第7巻にして、浦沢直樹は何が面白くてこの話を描いているのかワカラナクなってきた。いままで何のためにか執拗に、その姿を現すのを避けさせていたプルートウが銅鑼の音ひとつで鍬形虫のようにポンと出てきてしまったのは、プロットとしては手抜きではないのかと洒落にもならない。で、今度は同様にボラーに重点が移された。同じことの繰り返しである。何の迫力もナイ(作者がわはそうは思ってナイのだろうけど)エプシロンとの戦い。エプシロンのキャラがこれまた失笑ものとしか思えない。子供を出すな。ましてや孤児。いったい了見が狭いとはまさにこのことだ。『あずみ』が48巻で一応の幕。ともかく強すぎる主人公であるのだから、必ずあっさり勝つことはワカッテいるので、その敵方との戦いをこちらは周到に準備している。そのことによってよくぞまあ、マンネリを切り抜けたと思う。敵方のキャラクターを描き込んだ労の成果だと思う。もう何年ものあいだ、推薦人として手塚治虫賞に推薦を繰り返してきたが、こっちは労、報われずだった。あだち充『クロスゲーム』は新刊を読む度に、主人公の樹多村光(きたむらこう)の名は、私から拝借してんじゃないかと、独り善がりの憶測。こちらはやはり野球というイチバンのグラウンドで、余裕綽々の展開である。ただ、その余裕がやや退屈に変じてしまっているのは否めない。2巻までの緊張感をどうにかとりもどして頂きたいものである。かわぐちかいじ『ジバング』は雑誌のほうは知らないからどうなっているのか39巻めまでは不明だが、私は原爆は爆発させるべきだと、で、どうすんだ、のほうが面白い気がすんだけど。沙村広明『無限の住人』はちょっともたつきすぎだろう。主人公の不死を暴くあたりのグロテスクから株価は下がっていると思える。つまり、そんなことに(ものに)読者は興味なんかなかったんじゃないのか。・・・さてまた呆然と夜がくる。

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