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2009年3月 1日 (日)

本音ほんとね

何度でも書くが、まだバブリーな季節、企業メセナなんてのもあった頃、企業が文化創造芸術娯楽に対して投機(投資ではナイ)するてなことがあった時代。とはいえ演劇にはなかなかそのおこぼれがまわってこない。あるとき、演劇支援、助成についてのセミナー・イベントのようなものがあった。もちろん、芝居をやってる側としては、企業に銭を要求する。企業側からは広報担当の者が答弁した。「企業が演劇に対してお金をまわさないのは、簡単なことなんですよ。つまり、身も蓋もないことをいいますが、演劇はハズレが多いんです」で、音楽や舞踏、演劇はせいぜいファミリー・ミュージカルというあたりまでとなる。演劇にハズレが多いというのは、いや、そもそもハズレというのは、たとえば『劇王』の場合、たかが20分の舞台を観ても、つまらないものは退屈で苦痛で、ストレスになるのだ。今日なんか、わずか1時間10分の芝居を観て(というよりほんとをいうと劇場と客席の物理的な具合を観に行ったのだが)それでもストレスで血圧の下が急上昇した。こういう芝居の場合、演じているほうはやってて面白く、観客もそうに違いないと錯覚してしまっているのである。『孫子』に「彼を知り己れを知れば、百戦殆(あや)うからず」というのがあるが、その『孫子』がまたこうもいっている。「百戦百勝は善の善なる者に非ず。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」演劇にあてはめれば、前者が仕手の錯覚であり、後者が正しい(ハズレでナイ)仕手と観手との関係であることはいうまでもナイ。同様のことを唐十郎氏はこう表現している「懐手してひとを斬るがごとき演劇」

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