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2009年2月24日 (火)

不条理なりんごたち

夕餉の買い物をすまして、マーケットの外の喫煙所の柱にもたれ、煙草をくゆらすと、まるで背中に建物の冷たさと重さを背負っているように感じられた。・・・と、いうふうな文章はダメだと思う。陳腐である。ここは、晩飯の買い物をすまして、マーケットの外に設えられた粗末な喫煙所の柱にもたれながら煙草をくゆらした。背中が冷たく重かった。とすべきだ。というか、そこまでしか私の文章力はナイ。こういうことをいままで書いたすべての短編について、いわゆるナオシを入れるカタチでやっている。それからワードに変換してCDにファイルする。べつに発表するアテも出版出来る保証もナイ。そう思うと、なにやら自分がカミュの『ペスト』の登場人物である医師の一団で、ペストに対して不条理な闘いをしているようにさえ思えてくる。不条理というのも科学哲学教宗派の一派にかかれば、単にストレスというふうになってしまうことは間違いない。ご近所に旧オウムの連中の修行場が出来たので、大慌てで引っ越した帝京大の科学哲学経済学の准教授を心底笑う。何が「確率」だ。なにが「ゲーム理論」だ。あほらしい。マーケットは100年に一度の大不況にあって打ちひしがれている様子はなく、なおも抗う活気がある。これがあるうちはまだ大丈夫なんじゃないかと肌で感じる。・・・演劇はスポーツでも教育でもナイ。文化であるのかどうかなど与り知らぬところだが、それは慰みであり、玩具であり、遊びである。春から中日新聞本紙で始める『エンタ目』の書き出しはそうすることに決めている。| 

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