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2009年1月

2009年1月31日 (土)

日間賀島

日間賀島に河豚とタコを食いにいってきました。いっぱい出てきてたいそうおいしゅうございました。ピッチを機種変更しました。反動というのでしょうか、鬱。ゆんべは朝の5時まで希死念慮と格闘でした。明日のブログはわかりません。

2009年1月28日 (水)

やりくり三年

タイトルに意味はナイ。昨年の雑多な上演料が報告されてきた。23万円ということで例年の半分である。ちとショックだが、これは三朝温泉に三泊四日(二人)で13万円。10万円がアメリカンショートヘアーということになると帳尻はあっている。うまくしたもんでげす。三朝温泉は7月。そこで、ラドン放射線を吸い込んで(ミストサウナのある宿にした)内臓を癒す。帰ってから、ネットでペットショップのところをお気に入りに入れたので、猫を捜してココロを癒す。どの道賃仕事もなさそうだから、固定年収は120万円。内閣府によればこれワーキングプアであることは以前も述べた。しかし、作家てのは、わりと名のあるひとでも売れてないと年収200万そこそこだっちゃ。初刷り五千部だからなあ。筒井康隆さんが断筆していたとき、タレント稼業で稼いでらしたが、とある芝居コンクールの審査員をお願いしたら、ギャラは100万もしたもんなあ。まあ奥さまの弁では私は定年退職、開店休業なんだけど。必殺仕事人ですから、戯曲の仕事なら吉野屋作家だし、早い安いうまいよ。90分30~60万だ。いまならお買い得だよ。なんかブログで宣伝してるのって情けないもんだね。

 

2009年1月27日 (火)

ももたろうの10年

このあいだ塾で、10人の塾生に順繰りに『桃太郎』の話をやらせた。途中で私が質問を挟むのだが、まず一人目はお爺さんは芝刈りにお婆さんは洗濯に、で桃が流れてきて切ってみると赤ん坊が、とここまで。ここまではたいていは話せるのである。そのアト、桃太郎はスクスクと育っていきました、というところで、鬼退治に行くのだが、子供だから15歳以前、およそ10歳程度である。この10年、桃太郎はナニをしていたのか、について話せる者がなかなかいない。たいていの絵本でもここはハショッテある。桃が邪気を祓う果物であったとか、丑寅の方角が鬼門で、鬼が牛の角に虎のパンツをはいていたとか、お供の犬猿雉(酉)は方位であるとか、いろいろいわれているのだが、生まれたアトの10年、桃太郎がナニをしていたのかは、あまり知られていない。これはものの本に依ると、家でゴロゴロしていたらしい。しかも、近所の子供とは遊ばなかったとある。そこでみかねたお婆さんがお爺さんと一緒に山で働いてこいという。桃太郎は芝刈りなんか面倒臭いので、松の木だか杉の木だかを根こそぎ抜いて、ひょいと投げたら爺婆の家に落ちて壊滅したらしい。つまりそうとうな力持ちであったようだ。しかしまあ10年、ゴロゴロしていたことはたしからしい。金太郎は大江山酒呑童子を退治した仲間の一人であるから歴史上の人物なのだが、こっちはゴロゴロとはしていなかった。ま、そんだけのことだけど。| 

めずらしく二日酔い

かなり呑んだようだ。26日は二日酔いで胃の具合が悪く、昼飯は明太子と壬生菜ですました。夜は豚ステーキにしたが、白米は食っていない。夜、今日も休肝日にしてしまおうかとも思ったが、けっきょく呑みだした。テレビは『ネプリーグ』というのに女子東大生チームが出るというので、お手並み拝見と観たが、漢字の書き取りも私と五十歩百歩だったので、漢字が書けないこともそう意識しないでもいいか、と思った。そういや、帝京大学の准教授もメールのやりとりをしているときにけっこう漢字を間違えてきたもんなあ。映画興行ベスト10はいまのところまだ『K-20』は4位をキープしている。これから『007』なんかが入ってくるんだろうなと思いつつ、『感染列島』は来週あたりは落ちていると予想。しかし『ウォーリー』って強いねえ。・・・『ナビ、光速の天使』という殺し屋の小説が書き出したままになっているので、ここんところはそれにかかっている。呑みつつ、2004年出版の『吉本隆明』(河出書房新社)から、呉智英センセのいわゆる『異論』を読む。半分はいいと思ったが、半分は誤読だなと感じた。で、誤読なんかいくらやってもいいんじゃないかなとも思った。私なんかそればっかだもんな。間違ったら誰かが正してくれるさ。

 

2009年1月25日 (日)

まあ、いいんではナイか

昨日は、急遽、休肝日になった。具合が悪かったからではナイ。一日根ツメテ書き物仕事だったからマッサージにいって(最近は指名制にして、揉み返しの殆どナイ上手いお姉さんにやってもらっている。これで、90分5700円だからまずまず)身体もタラタラしていたし、アルコールを欲求する気分もなかったから、ヒルナミン1錠、レキソタン4錠、メディポリン2錠で、寝てしまった。(ふつうはそれだけ服用してもダメなのよね)休肝日をつくると、次の日の昼のビールが美味いのなんの。これなら週一回ペースでいけそうな雰囲気。・・・いつものように民放で『世界遺産』を観て、つづきの『夢の扉』を観る。どちらも好きな番組だ。(前者は国民から銭を徴収している放送局も似たのを創っているが問題にならない)後者の今日はまさに夢のような話であった。ALAと略されるアミノ酸の話で、これ、化粧品(クリームで『花の露』だったか)としてまず今年から売り出されるらしいが、株を買っておいたほうがいいぞ。今後、食料から医療へと広がっていくのは間違いない。なんしろ、いまやんややんやのヒアルロン酸とコラーゲンをミトコンドリアの力をもって体内からどんどんつくってしまおうというスグレもの。この物質、間違いなく世界を変えまっせ。

演技論メモ・役を創る

自らを知る(心身ともに)ことをそれがたとえ不完全だとしても「自体識知」ということができれば、他の一切は「対象化識知」ということになる。(これは、『心的現象論本論』の概念のまんまである)ここで、役者が役を知る、認知することについて考えてみたい。これは「自体識知」と「対象化識知」の奇妙なというか、本質的な混在である。順序だててみる。まず台本なりを役者は手にする。そこに自分の役(詳細にいえば、せりふ)が書かれてある。これを認知するということはどういうことなのだろうか。書かれているのは役であって他人であるから、一種の対象化の認知であるともいえる。しかし、演じるのは自分自身なのであるから、演者はここで自身を対象化しなければならない。とはいえ、自身はこの世に二人とナイ、自己自身なのだから、それは自体識知の変容だということになる。と同様に対象化識知の変容でもある。演者(役者)が役を想定(創造)する場合、必ずこの道程を引き受けねばならない。ここが最も演技の上で難度のレベルが高いところのような気がする。しかし、この演技のテクニックさへ手中にしてしまえば、役者としての仕事は殆ど終わっているといっていいと思う。昨今はそれを〔スタイル〕として造形するのが最も手っとり早いということで、演技というのは、演技スタイルの造形のように把握されているようだ。ほんとうにそうなのかどうか、この種のメモは、気がついたらとっていくことにしたい。

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